話題トラック運送業に義務付けられている「点呼」。長らく対面実施が原則とされてきたが、ICT(情報通信技術)やAI(人工知能)の進展を背景に制度は大きな転換期を迎えている。2025年春には事業者間遠隔点呼や業務前自動点呼が正式に制度化され、運行管理の姿は一変した。トラック運送事業者には、新制度をどう受け止め、どう活用していくのかが問われている。
安全輸送の要である「点呼」とは…
トラック運送業における「点呼」とは、運転者が安全に運行できる状態かを確認し、必要な指示を与えるための仕組みだ。貨物自動車運送事業法などに基づき、事業者は必ず点呼を実施しなければならない。酒気帯びの有無や健康状態、日常点検の実施確認など、安全に直結する項目が対象となる。
点呼には「乗務前点呼」と「乗務後点呼」があり、前者はこれから運行に出る運転者に対して安全確認を行い、後者は運行を終えた運転者に異常がなかったかを確かめるものだ。点呼結果は必ず記録し、運行管理者はその内容に基づいて乗務の可否を判断する。
点呼は「対面実施」が原則である。これは単なる形式ではなく、運転者の表情や声の調子から体調不良や疲労の兆候を察知できるなど、直接対話ならではの安全確保効果があるからにほかならない。
現場を苦しめる煩雑さと改善を求める声
点呼は輸送の安全を確保するうえで欠かせない仕組みである一方、事業者や運行管理者にとって大きな負担となってきた。特にトラック運送業界は、深夜から早朝にかけての出発便が多い上に、休日や祝祭日も関係なく運行が続く。運行管理者はその都度営業所に待機し、運転者に対して点呼を行わなければならず、長時間労働や不規則勤務につながるケースが少なくない。人材不足が深刻化するなかで、点呼要員の確保は大きな経営課題のひとつになっている。
こうした背景から、業界団体や事業者からは「点呼の柔軟化」を求める声が長年寄せられていた。例えば「深夜や早朝に限って遠隔で行えるようにしてほしい」「ICT機器を活用すれば、対面と同等の安全性を担保できるはずだ」といった声だ。特に中小零細事業者では、限られた人員で24時間体制を維持することが難しく、点呼制度の負担感は一層大きい。
一方で、点呼の形骸化を懸念する声もある。対面点呼であれば、運行管理者が運転者の顔色や声の調子から異常を察知できるが、非対面方式ではそうした微妙な変化を見逃す恐れがある。安全確保と業務効率化をどう両立させるかが、大きな検討課題となった。
国土交通省はこうした現場の声を踏まえ、ICTやAIなど新技術を点呼に活用する方向で検討を開始した。その第一歩が、2021年3月に設置された「運行管理高度化ワーキンググループ」だ。ここで有識者や事業者の代表が集まり、点呼制度をどう緩和しつつ安全を確保するかを議論し、制度改正に向けた実証実験が本格的に動き出した。
制度改正が描くロードマップ
まず22年4月には「同一事業者内遠隔点呼」が制度化され、完全子会社や複数拠点を持つ企業内でICT機器を使って点呼を行うことが認められた。これによって運行管理者不足に悩む事業者は人員配置の柔軟性を高めることができた。
| 実施年月 | 「点呼」をめぐるアクション | 改正ポイント |
|---|---|---|
| 2021年 3月 | 運行管理高度化ワーキンググループ発足 | ICT活用による点呼の柔軟化を検討開始 |
| 2022年 4月 | 同一事業者内の遠隔点呼を制度化 | 子会社や支店など同一法人内で遠隔点呼を容認 |
| 2022年 12月 | 業務後自動点呼を制度化 | 夜間帯などにおける点呼をAI機器で代替可能に |
| 2023年 4月 | 点呼告示(国交省告示第266号)を交付 | 遠隔点呼や自動点呼の要件を整理・統合 |
| 2024年 4月 | 制度拡充 | 宿泊地や社内などでの実施可、運用範囲を拡大 |
| 2025年 4月 | 告示改正を交付 | 事業者間遠隔点呼・業務前自動点呼を制度化 |
| 2025年 8月 | 通達発出 | 事業者間遠隔点呼における受委託の基準を明確化 |
次に同年12月には「業務後自動点呼」が制度化された。これは、運行を終えた後の点呼を情報通信機器が代替する仕組みで、アルコール検知や体調確認を自動化する。深夜や早朝に運行管理者を常駐させる必要が減り、労務負担の軽減につながった。
23年4月には、遠隔点呼や自動点呼の要件を整理した「点呼告示」が公布され、制度運用が一層明確化された。さらに24年4月には制度が拡充され、宿泊地や車内での点呼が可能となり、現場の実情に即した柔軟な運用が広がった。
そして25年春、大きな転換点を迎えた。国交省は4月30日に告示改正を公布し、事業者間遠隔点呼と業務前自動点呼を正式に制度化したのである。営業所単位での受委託契約ルールや、バイタル測定機器の認定要領も整備され、点呼制度は「対面一辺倒」から「遠隔・自動を組み合わせた柔軟な制度」に生まれ変わった。
さらに同年8月には通達が発出され、事業者間遠隔点呼の受委託運用の詳細が明確化された。これによって制度運用の実務面が整い、現場での活用も始まりつつある。
段階的に進む点呼改革に対する事業者の評価は?
制度改正が段階的に進むなかで、現場の事業者の受け止め方は決して一様ではない。大手企業では早期からデジタル点呼の導入が進み、ヤマト運輸の「スマート点呼」や、佐川急便のIT点呼システム活用など、運行管理をデジタルで一元化する取り組みが成果を上げつつある。
データの自動保存や異常時の即時通知といった機能は、ヒューマンエラーを減らし、運行管理者の長時間拘束を避ける効果が期待されている。また、先行実施に参加した事業者の間では、「点呼執行者の労働時間が大幅に削減された」「点呼の確実性が高まった」といった評価も聞かれ、労務管理の改善効果を実感する声が多い。
一方、中小事業者の間では導入コストが大きな壁として立ちはだかる。業務前自動点呼のロボット型機器では、月額9万円台のレンタル費用に加え初期費用も発生し、「必要性は理解しているが投資負担が重い」という声も根強い。とはいえ、アナログな運行管理や記録の形骸化が重大事故や行政処分につながり得ることを踏まえると、デジタル化は避けて通れない。
国交省が制度整備を急ぐ背景には、こうした現場の逼迫感がある。今後は補助金制度の活用や荷主企業による支援など、業界を横断した取り組みが必要だとの認識が広がりつつあり、制度改革は「現場主導型」の進化に向けて新たな局面を迎えている。
日本郵便の不祥事でクローズアップされた点呼
そんななか、一連の規制緩和推進に水をさすことになりかねない事件が発覚した。日本郵便の点呼未実施問題だ。今回の問題は、単なる個社の不備ではなく、物流業界が抱える構造的な脆弱性を露呈した点で衝撃が大きい。同社は25年4月、全国3188の集配郵便局のうち実に2391局(75%)で四輪車の点呼に不備があったと公表。およそ57万8000回のうち15万1000回(26.1%)で点呼が適切に実施されず、記録簿の不正記載は10万2000件に上った。さらに8月には二輪車でも57.5%の営業所で不備が判明し、組織全体におけるガバナンス不全が浮き彫りとなった。
背景には、「書類さえ整っていれば問題ない」という誤った認識や、アルコールチェックを不要と勘違いする現場の風土があったとされる。運行管理者が点呼の本来目的を十分に理解していなかった事例も多く、点呼を「業務のルーティン」としか捉えていない意識の低さが問題を長期化させた。本社・支社レベルでも実態把握が不十分で、紙媒体中心のアナログな点呼体制が不正を容易にした点も見逃せない。
国交省は特別監査を実施し、82事業所で不実記載等を確認。関東運輸局は一般貨物自動車運送事業許可の取り消し要件に該当すると判断し、およそ2500台の貨物車両の許可取り消しという極めて重い処分を下した。この結果、日本郵便は代替輸送として他社委託や軽車両への切り替えを迫られ、外部委託費は年間65億円増加する見通しとなった。黒字化直後の郵便・物流事業にとっては痛烈な打撃である。
こうした事態を受け、日本郵便は「意識改革」「職場環境整備」「ガバナンス強化」を3本柱に再発防止策を策定し、25年11月までに全国3190局でデジタル点呼システムを稼働させる方針を示した。今回の不祥事は、業界全体に「アナログな安全管理の限界」を突きつける結果となり、点呼制度改革の加速を促す象徴的な事件となった。
次世代型運行管理へのシナリオ
点呼制度は今後、運行管理業務全体の効率化と安全性向上を両立させることが焦点となる。国交省は25年度以降、事業者間での運行管理一元化の実証実験を本格化させる予定だ。これまでは同一事業者内の集約に限られていたが、今後は事業者をまたいで管理業務を共有できる仕組みの検討が進んでおり、人員不足に悩む中小事業者の支援につながることが期待されている。
また、点呼そのものにとどまらず、運行中の動態管理をDX(デジタルトランスフォーメーション)で高度化する議論も進んでいる。例えば、車両の位置情報やドライバーのバイタルデータをリアルタイムで把握し、異常があれば即時にアラートを発するシステムの導入が想定されている。これにより出発前・到着後だけでなく「運行の最中」にも安全確認を行える環境が整い、点呼の概念そのものが拡張されていく可能性もある。
さらに、こうした制度の普及を後押しするため、国交省は周知・啓発活動にも力を入れる。導入事例を紹介するリーフレット作成や優良事業者の調査、公表を通じて、現場に根付かせる工夫が進められる見込みだ。
スケジュール面では、25年4月30日の告示公布を節目として、今後数年間は実証から本格運用への移行期となる。点呼は、対面を原則とする従来型から、遠隔・自動・一元化を組み合わせた「次世代型運行管理」へと進化しようとしている。業界にとっては、省人化と安全性強化を両立できる仕組みとして、今後の展開に大きな期待が寄せられている。
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