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郵便点呼問題が問い直す、安全の対価と現場起点DX

2025年12月10日 (水)

話題日本郵便で発覚した大規模な点呼不備は、単なる現場の怠慢ではなく、アナログ管理と組織風土に深く根ざした構造的な欠陥であったことが、同社の詳細な調査報告から明らかになった。

同社は4月、全国の郵便局の75%にあたる2391局で点呼不備があったと公表したが、その原因分析は、物流業界が抱える「管理の形骸化」を克明に浮き彫りにしている。

▲点呼不備事案にかかる調査結果(クリックで拡大、出所:日本郵便)

最大の問題は、「実態」を見ずに「書面」だけを整える管理体制にあった。調査報告書によると、郵便局の管理者は虚偽記載された(適正に実施されたように装われた)点呼記録簿の「帳票を確認するのみ」で、日常的に自局の点呼実施状況を直接確認し、是正する意識が希薄だった。

本社・支社もまた、定点的な実査や書面確認にとどまり、長期間にわたり現場の実態を把握できていなかった。 現場においては、「自分は飲酒しないのでアルコールチェックは不要」「周囲もやっていない」といった順法意識の欠如に加え、「業務繁忙時は行わない」「管理者がいるときのみ実施する」といった、安全よりも業務効率や都合を優先する風潮が蔓延していた。

さらに驚くべきことに、一部のマニュアルには誤った点呼実施方法が規定されていた事実も判明しており、組織全体で安全管理の基本動作が崩壊していたと言わざるを得ない。

この「書類さえ整っていれば発覚しない」というアナログ管理の限界とガバナンス不全が、国土交通省による車両停止などの行政処分、そして65億円もの代替輸送コストという甚大な経営ダメージを招いた。同社は現在、全集配局へのデジタル点呼システム導入や、管理者研修の徹底を進めているが、これはマイナスをゼロに戻すための「止血処置」に過ぎない。本質的な課題は、人の意識やアナログなチェックに依存しない、持続可能な安全管理の仕組みをいかに構築するかにある。

点呼の煩雑さ解消につながる国交省の規制改革

国土交通省は、日本郵便の事案を「輸送の安全を揺るがしかねない」と厳しく断罪。処分を通じてコンプライアンスの徹底を求めた。しかし同時に、国は「物流の2024年問題」による人手不足という現実的な課題にも直面している。厳格な管理を求めつつ、現場の負担を軽減するという相反する課題を解決するため、国交省が提示している解が「ICT活用による規制緩和」である。

4月には、運行管理者の負担軽減の切り札として「業務前自動点呼」が解禁された。これは、認定機器を用いれば、運行管理者の立ち会いなしで運転者が自ら点呼を完了できる仕組みだ。先行実施に参加した事業者のアンケートでは、90.6%が「点呼執行者の深夜・早朝・休日の労働時間削減」に、78.8%が「点呼の確実性向上」に効果を感じている。

(クリックで拡大、出所:国土交通省)

点呼問題を解決する新しい技術と「現場起点」のDX

日本郵便のような問題を二度と起こさず、かつ業務効率を高めるためには、単にデジタル機器を導入するだけでは不十分だ。本誌が11月7日に開催した物流イベント「LOGI NEXT 25」における議論からは、現場の実情に即した「攻めのDX(デジタルトランスフォーメーション)」のあり方が見えてくる。

運送会社向けの業務支援ソリューションを提供するアセンド(東京都新宿区)の森居康晃COOは、日本郵便の問題に触れ、「データを本部に集め、本部が判断する中央集権型の考え方はDXと相性が悪い」と指摘する。

現場と本部が異なるデータを見ている状態では、迅速な判断も改善もできない。重要なのは、現場がリアルタイムでデータを参照し、状況に応じて即座に判断できる仕組みだ。本部はあくまでモニタリングに徹し、現場が自律的に安全管理を行える環境をデジタルで構築することこそが、DXの真価である。

複雑化する点呼手法の最適解について、点呼システムを開発するテレニシ(大阪市中央区)の吉田寛之部長は、同じイベント内で、対面、電話、IT点呼、遠隔点呼、自動点呼と手法が増えたことで、現場が混乱するリスクもあると指摘した。すべてを自動化すれば良いわけではなく、対面によるコミュニケーションの価値も依然として高い。業務特性や時間帯、現場の順応性に合わせて最適な点呼手法を組み合わせる「ハイブリッドな運用」が求められる。

例えば、ヤマト運輸はドライブレコーダーを刷新し、運転データをクラウドで可視化することで、乗務後点呼での振り返り指導に活用している。これは、データを「監視」のためではなく、ドライバーとの「対話」と「納得感のある指導」のために使う好例だ。また、ヤマトマルチチャーター(京都市伏見区)は、クラウド型点呼システムを導入し、遠隔拠点を含む点呼データの一元管理と、運行管理者の不在時に他拠点へ点呼を転送する機能を活用して、管理者の負荷を軽減している。

導入コストに関しては、例えば自動点呼は月額数万円台から利用可能。日本郵便が支払うことになった「65億円の違反コスト」と比較すれば、これらの投資は極めて安価で合理的だ。さらに、先行実施事業者の多くが実感している「労働時間の削減」や「確実性の向上」は、人手不足解消や事故リスク低減という形で、確実なリターンをもたらす。

今後の展開:防戦から「攻めの物流」へ

今後の点呼管理は、法令順守のための「守り」の姿勢から、企業価値を高めるための「攻め」の姿勢へと転換すべきだ。

同じくイベントに登壇した、運送会社のNBSロジソル(大分県日田市)河野逸郎社長は、「安全投資やDXを進める会社ほど良い荷主に囲われる」と断言する。荷主が安さだけで運送会社を選べば、結果的に安全がおろそかになり、事故やコンプライアンス違反による輸送停止リスクを抱え込むことになる。

輸送力不足が深刻化するなか、「安さ」で選ぶ荷主はトラックを確保できなくなり、「安全と品質」に対価を払う荷主だけが安定した輸送網を維持できる時代が到来している。つまり、点呼システムへの投資は、単なるコストではなく、優良な荷主とパートナーシップを結ぶための「営業ツール」であり、企業の存続をかけた「戦略投資」である。

先進点呼やAIドラレコは、管理者の目を補完し、客観的なデータを提供する強力な武器となる。しかし、最終的な安全の担保は「人」にある。システムが検知した疲労の兆候やバイタルデータを基に、運行管理者がドライバーの顔色を見て声をかけ、体調を気遣う。そうした「データに裏打ちされた人間味のあるコミュニケーション」こそが、プロ意識を醸成し、事故を未然に防ぐ。

アセンドの森居氏が述べるように、点呼データやデジタコデータを配車・請求システムと連携させれば、仕事ごとの原価管理や適正運賃の交渉材料としても活用できる。点呼DXは、安全管理の枠を超え、経営全体の高度化へとつながる可能性を秘めている。

日本郵便の教訓は、「形だけの管理」の脆さだ。物流事業者は今、デジタル技術を武器に現場の判断力を高め、安全への投資を惜しまない姿勢を示すことで、荷主や社会からの信頼を勝ち取る「攻めの安全管理」へと舵を切るべき時が来ている。

>>特集トップ「『運行管理・点呼』改革の波に乗り遅れるな」へ

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