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新築倉庫の完成ラッシュに思う

「当たり前のハナシ」を知る多数派の沈黙/論説

2021年7月21日 (水)

話題先日、とある物流会社の現場を訪れた。運用する床は外資系ディベロッパーが供給した築浅の中規模倉庫内にあるのだが、やはり今回も見慣れたいつもの光景が目の前に広がっていた。それは異様で滑稽で、もの悲しくもある毎度の眺めだった。(永田利紀)

■ラッシュを招く需要はあるのか

(イメージ)

新築倉庫の完成ラッシュはもうしばらく続くようだが、同時に既存物件の余剰も重篤な状況となっている。いわゆる“相場”との乖離が甚だしい成約金額が二重価格化して久しく、さらなる下方への動きに衰えを見せない実態をなぜか誰も口にしない。

新築物件の実状が「60か月の最低契約期間の条件として、多少の値引単価と6か月から10か月のフリーレント」などというのがよくあるハナシなのだから、中古物件の値崩れは当然の顛末といえよう。むしろ値下げで決まるなら、それは多分に幸運かもしれず、建て替えや別利用の目途が立たない所有者は、廃業の二文字を頭によぎらせながらトンネルの中を進むような日々を過ごす。

かたやで、好調・堅調ということになっている数多出現の新築物件。しかし、その一つを一括賃貸した借り手による再販価格を聞けば、「いったいどのような条件で一括貸借契約が成約したのか」と勘繰りたくもなる。転貸者は仕入価格以下の条件提示などしないはずだから、完成時に満床スタートした鳴り物入り物件の内実は推して知るべしというものだ。ご想像通り、建値とはかけ離れた、たいして高くもない条件が「決めていただけるなら」という言葉の次に口頭で発せられる。

消費が横這いか減少を基調とするわが国では、流通する物量も増えることはない。EC興隆によって多少の荷役増加や保管効率の変容はあるにしても、物流倉庫が必要とする総床面積は、建築ラッシュを招くほど需要増となるはずがない。

実需以外の要因が大いに作用して生じた拙速な過剰供給は、「分不相応」「無用の長物」「羊頭狗肉」などの慣用句が似合う現場の光景を量産している。もちろんすべてを指しているわけではないが、少なくないことは確かだろう。

■倉庫内の様子もまたしかり

冒頭で述べた見慣れた光景とは、以下のような庫内の様相とよく似ている。5メートルを超える天井高の最新型倉庫に設けた新拠点では、広すぎる幅の通路が縦横に走り、高さ2メートル足らずの保管棚が整然と居並ぶ。壁面沿いにはネステナーが一段だけ…。底に置かれたパレットの上には10個足らずのカートンがちらほら、といった設えは、EC向けの現場では珍しくない。

(イメージ)

見渡す先の棚上部3メートル超の空間が空虚で、もったいないことこの上ない。区画ごとに設けられた専用バースも、両端部は不用品や什器類の保管場所としての利用が専らであり、日によっては作業台を設置して加工場や検品場になることもある。その入居テナント企業にとって、立派で幅広のバースは明らかにオーバースペックなのだが、賃借物件の評定に続く下の句は「将来、物量が増えた際を見越して」が常である。
「将来」が来年なのか2年後なのか、はたまたもっと先なのかは誰にも分からないようだ。

そんな様子を目にして「2段以上の積み上げなどほぼ無用で、重量物の荷役も少ないのだから、もっと天井高の低い作業倉庫のような建屋の方がいいに決まっている。空調だって効きが良くて安くあがるし」と思うのは、物流で食っている者なら当たり前の感覚だ。「上(中空)がもったいないなぁ。半分ぐらいでもいいからメザニンを…」なども、まともな倉庫屋や物流部員なら誰しもが思うだろう。

マルチテナント型なら、天井高や柱スパンは現在の常識とされている仕様での設計となるのだろうから、注文が多い入居希望者はBTS(ビルド・トゥ・スート)型の倉庫をオーダーすればよい──という議論は限られた事業者にだけ許されることだ。物流会社にしても事業会社にしても、大多数は賃貸借によって出来合いの倉庫を手当てするのが当たり前、というのが現実なのだ。

ゆえに、小さな子供が親のスーツを羽織ってズリズリと動き回るような様相になる。身の丈に合っていないから動きにくいし、なによりも奇妙で滑稽だ。普通の大人なら当然ながらそう感じるだろうし、自分の身内になら「よしなさい」と言うに違いない。
しかし現実には、子供がお仕着せの高価な吊るしスーツを羽織っているような倉庫内の光景は多い。多くの関与者が違和感を禁じえないにもかかわらず、その素直な感想やミスマッチの具体を言葉にしないまま沈黙している。否定も肯定もする気はないが、「なんだかなぁ」とやるせなくなってしまう。

■そんなことは「当たり前のハナシ」では

供給側にしても声を揃えて「今後有望なECビジネスに最新の倉庫と設備は必須です」とうたいながらも、前世紀からたいして代わり映えしない、堅牢で大空間の連なる旧態依然とした天井高の倉庫建屋を量産している。大空間の庫内では空調設備の設置に高額を要するし、高速道路が延伸・新設された山間部などの倉庫では、労働力の確保のための過剰コストや、欠員リスクが付いてまとう。

(イメージ)

自動化がEC事業者の物流現場で一般化するには、まだ相当な年数を必要とするはずだし、それまでの間は荷役の人員の絶対数は不可欠だ。その点も物件選定時の検証項目として、欠いてはならないだろう。

階高と床面積は、倉庫建設が許される用途地域がもたらす、容積率や建蔽率との兼ね合いからの設計であることは承知している。しかしながら、消費動向が要求する物流倉庫の機能と相応の仕様を満たす建屋供給に不都合がある法制ならば、業界として国に規制緩和や改変を働きかけるべきだ。

EC化する全産業の物流施設に、高い天井高や坪当たり5トンを超える床耐荷重は必要ない。要るのは明るいLED照明と、よく効いて省エネ機能の秀逸な低額の空調設備と、近隣から庫内作業者を募集できる立地である。

「そんなことは当たり前のハナシではないか」という読者諸氏の声が聞こえてきそうだが、このような内容のハナシはあまり見聞きしない。昨今流行りの自動化にしても、まずは導入可能な建屋を選ぶし、運用に際しての環境整備にはコストと手間が想定以上にかかることが多い。それに加えて、自動化を維持するためのアナログの極みたる補助作業が必要なのだ。

ペーパーレス化に際し、山のような印刷物が発行されたり、分厚いマニュアルが支給されたりした過去を思い出しもする。それは整然とした部屋を維持するためには、雑物や生活感に満ちた品々を視界から消し去ってくれる、豊富な収納スペースが不可欠な種明かしと同じ臭いがするし、結果として、その家の物の総量はたいして変わっていないのではないか、という疑念も強まるばかりだ。

きれいごとを貫くためのぼろ隠し、は大人の世界では当たり前なのだとしたら、あえて口にする者などいないのかもしれない。だとしたら、たまには童心に返って当たり前を声にすることも、必要ではないかと思う。