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論説/「電鉄系」という名の新たな勢力

2021年6月15日 (火)

話題コロナ禍の長期化によって、交通と宿泊の需要は激減したままだ。特に旅客と観光に携わる事業者による、巨額の赤字計上を報せる記事は後を絶たない。在宅勤務の促進や不要不急の移動規制による、需給ギャップの拡大はまだ継続するだろうし、事業者によっては存続の危機や基幹事業の廃止などに追い込まれている。

そのような中、最近のニュースで気になったのは、ヒガシ21が大阪府茨木市に設ける物流施設についてのニュースだった。日本生命系のヒガシ21が地元である大阪で新たな拠点を増やすことには、何の疑問もないのだが、引っかかったのはその場所と開発事業者だ。(永田利紀)

私鉄とトラックターミナルの関係

開発予定地は北大阪トラックターミナルの隣接地で、施設事業主は泉北高速鉄道で、つまり南海電鉄。ちなみに北大阪トラックターミナルの運営者も泉北高速鉄道である。

そもそも大阪府の第三セクター事業だったトラックターミナル運営と泉北高速の係わりについては、同社ウェブサイトの沿革や巷の解説記事などをご参照いただければ分かるので詳細は割愛する。要は南海電鉄が泉北ニュータウンに路線延伸するにあたり、多大な投資額を担うには不安な事情を酌んでの官民連携(鉄道事業者への公的救済というのが実態だったが)で、その受け皿となったのが大阪府によるトラックターミナル設置事業だった。

かくなる経緯が「私鉄によるトラックターミナル運営」という微妙な違和感のもとになっている。しかしそのような補足説明は脇に置いて、ここで踏み込みたいのは、鉄道事業者による物流施設建設や用地提供の事情が、決して前向きな要素や動機によるものばかりではないという点だ。

旅客の減少を埋め合わせる手段に

ご承知のとおり、鉄道事業者は本来の業務である旅客運送と、その沿線を主とする開発事業を行っている。不動産開発や施設運営は、娯楽事業や宿泊・観光事業などに積極的な投資を行ってきた甲斐あって、今や本業をはるかにしのぐ収益源となった。

商業施設や観光地の開発と、そこに至る交通手段の提供、周辺でのホテル経営や遊興施設の運営などは、単なる収益事業にとどまらず、地域振興への寄与にも重要な役割を担ってきた。ただし誰もが悟りながら口にすることが少なかったが、インバウンドの恩恵は、到来必至の人口減少による内需縮小への危惧と対策への取り組みを先送りさせてきた。

(イメージ画像)

確かに人口動態統計からは、まだ10年程度の猶予があるように思えた。しかしここにきて突然、コロナ禍によって「近未来が前倒しで目の前に現れた」状況となっている。覚悟していた数年後の市況を、まるでヴァーチャル・リアリティのように見せられている。

予測していたとはいえ、未来の自分自身が立つ足下の狭さや、不安定さに愕然としている場合ではない。本業たる鉄道、稼ぎ頭となってきた宿泊や観光、商業施設などの関連事業の不振を埋める新事業の拡大と収益化は、累積する赤字の補填に充てられる含み資産の売却が底をつく前に、軌道へと乗せなければならない。

まさに待ったなしの緊急事態を凌いで、次の段階へと移行するには、資産を換金するばかりではなく、既存の設備や不動産を従来とは別の視点で評価し、切り口を変えた事業投資に向かわせなかればならない。その一環として、時流に乗って拡大基調を維持する物流施設への投資が注目されてきているのだと考えている。

短期の高収益よりも長期の安定

物流倉庫と鉄道の相性の良さは今さら説明するまでもない。近年の消費動向を思えば、その事業主体が私鉄各社なら、なおさら好適だと言えよう。

(イメージ画像)

需要旺盛なEC事業者や、新規参入者による物流機能への需要は、すそ野を広げながら多様化している。沿線開発を手掛け、駅前や住居エリアに不動産を保有する電鉄各社が、物流倉庫事業に本気で取り組めば、個配市場の選択肢は間違いなく増加する。また、商業施設との連携や協業によって、まさに「生活物流」と呼ぶにふさわしい最終配達網や、受領方法が成熟するだろう。

経営の本質として、短期的な高収益率を求める必要がない鉄道会社にとっては、それらの物流関連事業は、短期的な高収益を見込める事業よりも、長期的に安定した収益を見込める事業である方が好ましいはずだ。何よりも、沿線住民の享受できる低廉で安定したサービスとなることが重要であるから、事業としては非常に取り組みやすいと思える。

今までは不動産関連の投資勘定だったものが、違うセグメントの事業名で、中期経営計画の数ページを占めるようになるとしたら、その中身はわれわれ物流事業者にとっても重要であり、注視しなければならないものに違いない。

鉄道各社と物流事業者の関わりは増す

JR貨物をはじめとするJR各社と、民間物流事業者の協業や相互乗り入れのニュースは、毎週のように誌面を賑わせているが、今後は私鉄各社の物流関連ニュースが増えそうな気配が濃い。ただしそれは連想にたやすい運輸関連ではなく、施設開発や都市計画の一端としての物流機能を、鉄道事業者が主体として担うといった向きの内容になると思う。

毎度の主張で恐縮だが「駅前に倉庫ができる」要因のひとつとして、流通施設の撤退やオフィスビルの過剰供給、合わせて衰退した駅前エリアの再開発による復興意欲が化学反応を起こせば、地域社会の生活物流を、相当に内製化できるはずだと確信している。鉄道各社が今後、物流事業者との関わりを深めることで、開発や新サービスのボトルネックとなっていた部分が解消できる可能性は大だ。

(イメージ画像)

今回のコロナ禍を発端とする、鉄道会社の事業環境の早送り的な変転は、前向きに考えれば、来るべき未曽有の人口減少に対する身構えに早期に取り組む機会となったと言える。それは似たような将来に不安を禁じえない他国にとっても、大いに参考となるだろう。

駅までの物資供給や、駅から各家庭などへの生活必需品の配送を第一に考えれば、その手段にこだわる必要はない。鉄道事業者たちへの説明や喚起は不要で、取り組みは粛々と進められているに違いないと信じている。