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ロジスティクス16日に可決・成立した改正下請代金支払遅延等防止法(下請法)および改正下請中小企業振興法(受託中小企業振興法)は、発荷主と元請運送事業者間の「運送委託」を新たに対象とし、長年の課題であった価格転嫁や不当な取引慣行の是正に大きな一歩を踏み出すものだ。
しかし、物流現場の「本当の声」に耳を傾ければ、今回の法改正だけでは解決しきれない根深い問題が依然として横たわっている。特に、着荷主と実運送事業者(多くは2次下請以降の中小・零細事業者)との間で発生する無償の荷待ちや荷役作業といった「不合理な負担」は、今回の法改正の直接的なメスが届きにくい領域であり、真の取引適正化と持続可能な物流の実現に向けた道のりはまだ半ばと言える。
「着荷主」起因の荷待ち・荷役、法改正の射程外か
今回の改正下請法の大きな柱の一つは、発荷主と元請運送事業者間の運送委託を規制対象とし、不当な経済上の利益提供要請などを禁止することで、契約外の無償の荷役作業や不当な荷待ちに対する運送事業者の交渉力を強化することにある。しかし、物流現場でより深刻な問題として指摘されることが多いのは、納品先である「着荷主」の都合によって発生する長時間荷待ちや、実運送事業者が一方的に強いられる荷役作業だ。
例えば、納品先の検品体制の不備やバースの混雑、一方的な時間指定などにより、ドライバーが長時間待機させられるケースは後を絶たない。こうした待機時間や、契約にない積み卸し・仕分け作業に対し、着荷主から実運送事業者へ直接的な対価が支払われることは稀だ。多くの場合、これらの負担は元請運送事業者を通じて曖昧に処理されるか、あるいは実運送事業者が泣き寝入りしているのが実情だ。
今回の法改正の議論の基礎となった公正取引委員会の「企業取引研究会報告書」(令和6年12月)では、「物流に関する商慣習の問題に関する論点」の中で、こうした着荷主側の都合による荷待ちや、実運送事業者による荷役作業の負担問題について議論が交わされた経緯が紹介されている。同報告書は、「独占禁止法や下請法は、取引関係がある当事者との間で適用されるため、取引関係がない当事者の問題には規律を及ぼすことが困難である」と、まず現状の法制度の限界を指摘。その上で、「解決の方向性」として、事業所管省庁が有する制度との連携の必要性を強調した。
改正貨物自動車運送事業法において、運送委託時には運送の役務の内容とその対価などを記載した書面の交付が義務付けられたことに触れ、「当該書面においては運賃以外に附帯業務の内容及びその対価を記載しなければならないこととされている」点を指摘。こうした事業法の枠組みと連携し、国土交通省や荷主の事業所管省庁が業界への働きかけを強め、荷待ちや附帯業務が生じた場合の費用負担などについて、サプライチェーンの各段階(着荷主-発荷主間、発荷主-元請運送事業者間、元請運送事業者-実運送事業者間)で適正な契約が結ばれるよう促す必要があるとした。
そして、その上でなお契約が不公正なもの(無償での荷役強要や不当な長時間荷待ちなど)である場合には、「買いたたき」や「不当な経済上の利益の提供要請」の問題として、独占禁止法や下請法による対応も「執り得るのではないか」との考え方を示した。
さらに同報告書は、研究会での議論として、「着荷主と運送事業者間に明示的な契約関係がなくとも、着荷主の強い指示や管理の下で実運送事業者に役務提供をさせている実態がある場合、着荷主と運送事業者間に取引関係を認めて規制対象と整理することも考えられるのではないか」との意見があったことも紹介。今後の課題解決に向け、公正取引委員会、中小企業庁、事業所管省庁が連携し、さまざまな可能性を追求していくことが求められる、と結んでいる。
この記述は、今回の法改正がゴールではなく、特に「着荷主」が関与する複雑な取引構造における不合理な負担の是正については、さらなる制度的対応や運用面の工夫が必要であることを示唆している。
「本当の声を聞かせておくれよ」報告書の“ブルース”に込めた思い
今回の法改正に至る議論を主導した「企業取引研究会」の報告書は、その「おわりに」で、異例とも言える形でTHE BLUE HEARTS(ザ・ブルーハーツ)の楽曲「TRAIN-TRAIN」(トレイン・トレイン)の一節を引用し、問題提起を行っている。
「弱い者達が夕暮れ さらに弱い者をたたく その音が響きわたれば ブルースは加速していく 見えない自由がほしくて 見えない銃を撃ちまくる 本当の声を聞かせておくれよ」
報告書は、この歌詞を引用した上で、「取引価格が十分に引き上げられなければ、コスト上昇分を吸収できない者(発注者)は、更に立場の弱い者(受注者)に取引価格を据え置くことなどを要請するインセンティブが働き、こうした状況が連鎖していく」と、サプライチェーンにおける立場の弱い事業者へのしわ寄せの構造を指摘。「このような『ブルース』を加速させないように、取引価格における『本当の声』が発注者に届き、受け止められるようにしていく必要がある」と強く訴えている。
このメッセージは、単に法制度の改正を求めるだけでなく、サプライチェーンに関わる全ての事業者が、立場の弱い者の「本当の声」に耳を傾け、公正な取引関係を築くことの重要性を訴えかけるものだ。改正下請法・受託中小企業振興法は、そのための重要なツールとなるが、法律だけでは解決できない「企業文化」や「取引慣行」の変革が伴わなければ、物流現場の「ブルース」は鳴り止まないだろう。
今回の法改正は、発荷主と元請運送事業者間の取引適正化に大きな進展をもたらすものと期待される。しかし、着荷主が関与する問題や、多層構造の下層に位置する実運送事業者が抱える「本当の課題」の解決には、さらなる議論と実効性のある施策が求められる。物流業界全体の健全な発展のためには、サプライチェーンの各段階における力関係の不均衡を是正し、全ての事業者が公正な条件下で事業を継続できる環境を整備していく必要がある。法改正はその第一歩であり、その趣旨が現場の隅々まで浸透し、真の「共存共栄」が実現されることを期待したい。(編集部・鶴岡昇平)