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余剰倉庫は明日の五輪選手の練習場所に/論説

2021年8月3日 (火)

話題五輪関連の物流ニュースがめっきり少なくなってしまった。それについては「なんだかなぁ」という後味の悪さと「まぁ、支障なくてよかった」という安堵の入り混じった微妙な感情が湧くところだ。(永田利紀)

そんなことを想いつつオリンピック観戦している毎日なのだが、先日のスケートボード競技の快挙には新鮮な驚きと称賛を強く感じた。競技人口が少なく、一般メディアに取り上げられることの少ない競技に注目が集まることは、何よりの振興動力となるに違いないし、誤ったイメージや偏見などの払拭にも有効だろう。

ただ、メダル獲得者をはじめとする競技者や関係者のインタビューを心嬉しく視聴するなかで、気になる内容の発言に幾度も引っ掛かりを感じてしまった。そしてそのたびに「倉庫を使えばよいではないか」と声に出してしまうのだった。

練習場所はあるが、圧倒的に足りない

「引っ掛かった点」の第一は、競技者たちが日々練習に励む「場所」の不足だ。スケートボード種目「ストリート」の女子優勝者の本拠地は前事務所の最寄りであり、その場所もよく知っているが、近隣にある類似施設まで含めても、決して充分とは思えない練習環境だと察する。

(イメージ画像)

スケートボードについては、公園や緑地の一角に専用練習場が設けられている例は極めて少なく、多いのは高速道路の高架下や何らかの廃施設跡地に、にわか仕立ての傾斜版や階段・手すりなどを設置して転用したものが多いのだと聞く。スポンサー契約もままならないマイナースポーツに携わる人々にとって、活動費用や練習場所の確保は、活動を続けるための重要な問題だ。

奇しくも以前に物流業務の委託を請けていた企業は、日本に初めてスケートボードを紹介した国内の先駆者であった。今から10年ほど前の当時は、縮小するスケートボード市場の灯を消さぬように努力されていた。さらには、やはり縮小基調ながらも関連分野であるスノーボード、それに付随するスノーアパレルなどを事業項目として並べ、競技団体や競技者個人への商材や役務提供をしていた。

各種ボードや周辺部品の入荷・検品・整備・加工・保管・出荷前調整などの倉庫業務を打ち合わせる中で、スタッフ各位から聴いた言葉は「何よりも練習場所がない」だった。正確には「あるにはあるが、圧倒的に不足している」というのが実態で、そのしわ寄せが本来は練習禁止であるはずの公道や公園内での練習光景につながる。結果的には周囲のひんしゅくや苦情を招き、競技特有の服装もあいまって、漠然としたマイナスイメージを抱かれることも少なくない、というものだった。

余剰倉庫の再生手段の一つに

(イメージ画像)

その時も荷主企業の経営者に進言した覚えがあり、その後、今に至るまで懲りることなく提案していることは「空き倉庫は借主候補の対象を拡げて募集するべき」であり、「スポーツや娯楽関連の事業者は、空き倉庫を運営施設の候補に加えるべき」であった。

たとえば大阪府下をはじめとする京阪神の倉庫エリアでは、200坪から300坪程度の古い平屋倉庫が屋内テニス場やフットサル、テニスコートや卓球場などとして化粧直しした姿で利用されている例は数多い。私の行動範囲だけに限って数えても、優に50は超える。

立地こそ倉庫や工場が居並ぶ場所で、必ずしも利便性が良いとはいえないことがほとんどだが、かつてのヤードは利用者用の駐車場として十二分な広さだし、単純な矩形の建屋は競技や設備の別を選ばない。通風や空調に投資が必要になる事案も多いだろうが、開口部の拡大や送風機設置、空調については低い天井を吊れば材工総額は抑えられるようだ。

最大の利点は雨天を含む荒天時でも利用可能な点と、ある程度の音の発生は支障ないというところだ。
当然ながら新規に用地確保して新築するよりもはるかに少額かつ短期間の工期で使用可能となるし、需給関係は互いに「渡りに船」となるに違いない。

国内津々浦々の状況を調査して書いているというわけではないので、ひょっとしたらスケートボードなどの練習場として倉庫建屋が充てられている事例がすでにいくつかあるのかもしれない。だとしたら素晴らしいし、どうか全国に拡がってほしいと願う。
競技者や娯楽・スポーツの参加者視点だけではなく、倉庫所有者や物流事業者の側に立っての切なる期待でもある。

新築倉庫とは違う生き方

私見だが、今後のわが国は娯楽やスポーツなどのエンターテイメント産業と、災害や犯罪関連のリスクマネジメント産業がより大きくなると予測している。したがって、巨大資本の建造する次世代型の物流機能に対応する倉庫建屋の増殖に圧されて、心痛める倉庫所有者や物流事業者は、視点を変えて別事業や別利用の方策を練るべきではないだろうか。

(イメージ画像)

空き店舗を再利用している小規模スポーツジムや、全天候型で駐車場付きの各種娯楽施設は、時間と一定の経済的余裕がある悠々自適な高齢者を中心に若年層にまで幅広く支持され、消費縮小の世にあっても堅調な成績を残している。

単純な方形で壁量が多く、軽量の屋根を載せる躯体は耐震性と防火性に優れている。そのうえ改築が容易く、道路付けもよい。徒歩でのアクセスという点では利便性が低いかもしれないが、それを補って余りある施設自体の付加価値を、利用者サービスの充実として追求しやすいのも大きな長所だといえよう。

大消費地に近い古い倉庫街を巡れば明らかだが、かつての〇〇倉庫や〇〇物流の看板は、〇〇インドアテニスや〇〇フットサル場に掛け替えられている。そのような看板の掛け替えが散見しはじめた当初、事業者の主たる動機は「背に腹はかえられぬ」だった。しかし今となってはたまたまなのか狙い通りなのかは別にして、時代に合った建物の転用や再利用として評価を得られるものとなりつつある。

大手ディベロッパーの中には、先見の具現として倉庫建屋を核とした街づくりに注力している事業者もある。広報される総合開発の流れが追い風となって、大開発の隙間を埋める、街の機能として既存の倉庫建屋が再利用されることは喜ばしい。

オリンピック観戦や報道でより深く、より詳細に、より広く知られるようになった競技の数々。それに携わる人々の要望と物流倉庫再生への希望の組合せが互いの明日につながるならば、まさに相乗効果といえるはずだ。