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日野自動車の「失敗の本質」【提言】

2022年9月30日 (金)
LOGISTICS TODAYがニュース記事の深層に迫りながら解説・提言する「Editor’s Eye」(エディターズ・アイ)。今回は、「日野『選ばれる会社に』、不正認証問題受け新理念」(9月27日掲載)を取り上げました。気になるニュースや話題などについて、編集部独自の「視点」をお届けします。

荷主「日本軍の戦略策定が状況変化に適応できなかったのは、組織のなかに論理的な議論ができる制度と風土がなかったことに大きな原因がある」「空気、気分が支配し、戦略的判断に関わる議論が行われないままに終わった」

▲「失敗の本質 日本軍の組織論的研究」(戸部良一、野中郁次郎ほか著、中公文庫)

これは、大東亜戦争(第二次世界大戦)での日本軍の組織論を分析した「失敗の本質 日本軍の組織論的研究」(戸部良一、野中郁次郎ほか著、中公文庫)の一説だ。先の戦争でいくつもの重大な誤りを犯し、多くの犠牲者を出した日本軍。その組織特性を検証することで、戦後社会にも残る日本の組織特有の性質を明らかにした経営論の名著である。 私は先日、久しぶりにこの本を開いてみた。理由はほかでもない。日野自動車のエンジン認証不正問題。経済界を大きく揺るがせている大手トラックメーカーの不祥事が、20年前、経済記者として駆け出しの頃に読んだこの本を思い出させたからだ。

8月2日午後、東京都内で日野が開いた記者会見は予定を大きくオーバーする3時間に及んだ。この会見で元検事や工業技術の専門家らでつくる特別調査委員会は、排出ガスと燃費に関する不正行為の調査結果を公表し、次のように指摘した。「この問題の真因は、日野社内の風土にある。上意下達が強すぎ、『上にものを言えない』『できないことをできないと言えない』という風通しの悪い組織となっている」「批判的精神に基づいた自由かっ達な議論をしていない」――。問題点を指摘した社員が解決を指示されるため、指摘することを自粛する「言ったもの負け」の風土もあったという。

自社の技術がまだ国の新たな環境規制値に達していないにもかかわらず、幹部は現実離れした開発目標を指示していた。開発担当者はその無理を知りながら指示に抗う努力を放棄し、「達成見込みである」と逆の報告をした。そして国に示す数値の不正な操作に走ってしまった。調査委も社長もパワーハラスメントの存在を認めた。

権力を持つ者の独善と集団の同調圧力が支配し、冷静で合理的な判断を誰にもできなくしてしまう日野の風土は、「失敗の本質」が明らかにした大本営や陸海両軍司令部の組織体質と重なる。補給に致命的な欠陥があったインパール作戦を容認した大本営、戦闘機の援護がないのに戦艦大和を沖縄に出撃させた連合艦隊司令部。それらと、調査委が指摘した日野の風土は根が同じと思える。トラックの本当の性能を運送会社をはじめとするユーザーに偽っていた日野自動車。太平洋や大陸各地での敗北を国民に隠していた日本軍。いずれの先にも悲劇が待っていた。

▲8月2日の記者会見で謝罪する日野自動車の小木曽聡社長

国から是正命令とエンジンの型式指定取り消しを受けた日野は、いま全社的な反省と謝罪を続けており、社内改革も矢継ぎ早に打ち出している。しかし、ここで注意しなければならないのは、同社の一連の行為を許容できないのは当然として、この会社を非難するだけでは問題は解決しないということだ。同社の社内浄化と抜本的再生が行われ、国が出荷再開を認め、トラックの製造・販売が正常化しても、済まない問題が残っている。

日野は特殊な例で、自分たちの組織や業界に同様の「空気の支配」がないと言い切れるだろうか。終戦から77年が過ぎ、「失敗の本質」の初版の発行からも38年がたっている。それだけの時間が経過してもなお、似たような企業不祥事が後を絶たない。「空気の支配」から物流業界だけ無縁ということもおそらくないだろう。われわれメディアも然り。大きな不祥事が明らかになるたびに「失敗の本質」は買い求められ、ロングセラーになっている。

冷静で合理的な議論をしているか。異論を力で封じ込めることはないか。問題に気付いた者がそれを口にできる環境はあるか。もちろん、悪弊を克服した企業や、もともと自由かっ達な文化を持つ会社も多いだろう。そうした企業にはその優れたものを外に発信し、集団の和を大事にし過ぎてしまう日本組織の変革につなげていただきたい。メディアはその手伝いをする。

日野の問題を奇貨として、自分や周囲を謙虚に見つめ直す態度が、この社会の宿痾(しゅくあ)を治すことにつながるのではないだろうか。(編集部・東直人)

「脱パワハラ」日野が風土改革へ、中堅社員が推進役