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論説/新年度の物流経費の本音と建前のハナシ

2021年4月2日 (金)

話題最近は3月決算ではない企業も多くなっているが、官公庁と同様に、4月から新しい年度となる企業はいまだ多数派ではないだろうか。新年度や新学期など、何かと「新」が付く今月だが、企業活動においては「新たな予算」という最も重要な数字との戦いが始まる時期でもある。(企画編集委員・永田利紀)

(イメージ画像)

営業予算、つまり売り上げの目標設定と同様に、物流費に関しても相当な締めつけや削減要求が、経営陣から下りてくる。「対前年で売上比を下げることが必達要件」という具合にだ。

荷主企業の物流部門はコストセンターとしては上位の予算額を計上するのだから、風当たりが強いのは致し方ない。しかし普段は無関心も甚だしいのに、予算策定時と期初だけは全社を挙げる勢いで全方位から責め立てられ、予算を削ったり絞ったりされる。それが物流部門のいつもの年度初めであることは、憎まれ役を買って出てでも書いておく。

■「対前年」の舞台裏

そのことに関して、さらに書き進めてみたい。上述した「対前年」はあらゆる経営指標の比較において最も用いられているが、反面、それが企業にとって本質的な数字の把握を妨げている原因であることが多い。

対前年というのは相対比較であって、売り上げにしても利益にしても経費にしても、「なぜそうなるべきなのか」「なぜそうなったのか」は、一歩踏み込んで解析しないと判明しない。環境・事情・社員・顧客・商品が何もかも昨年度と全く同一、といったありえない状況でしか純粋な比較はできないのだが、「それは置いといて」「とりあえず便宜上の」「まぁ世間一般そうだから」「じゃあ代案あるのか」「これでいいのではないか」などがまとめの言葉として吐き出される。

物流経費予算も同様で、売り上げや予算が上位から下りてくる場合、「すでに各種経費も確定されている」なんていう正論はなかなか通じない。実際にはもっと雑だろう。

「売り上げから原価を引いて、営業利益目標を引いたもんが経費。各コストセンターは会議して総額に収まるよう考えるように」

こんな感じでざっくりと始まる。全部が全部とは言わないが、少なくとも中堅や中小零細企業ではとても多い。

(イメージ画像)

それでも何とかなるのは、前年比という言葉があるからなのだが、そいつを前面に出して、「発展成長を続けるわが社」といった錦の御旗の下に当期予算を検証すると、売り上げも利益もすでに達成不可能としか思えない。「いつからそんな数字を達成できるすごい会社になったのか?」という心の声は、多くの社員が等しく聞く。

しかし、大きな掛け声と精神論に逆らうことは許されない。「毎年の恒例行事みたいなもんだから」という人が圧倒的多数。起承転結整った物流経費予算が期初に設定してあるなんて、夢のまた夢。対売上比率か対販管費比率あたりがざっくり出ていれば、まだマシなほうかもしれない。

■ 期中の変化にどう対応すべきか

ざっくりの二段重ねで恐縮だが、私見では「まぁそんな感じでもよいのではないかなぁ」というのが正直なところだ。あくまでも「物流予算に関しては」のハナシだが。運賃が高止まりの状態からさらに上昇基調にある現状では、一定の歩率設定しかやりようがない。とはいえ予算を設定し、期中に運賃などの値上げが発生した場合、そのしわを人件費や資材費に寄せるのは禁忌の極みだ。

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売上比なら、0.3%から0.7%程度の歩率を上積みし、業務工数を徹底的に削減する。地道だが、それが近道でもある。計画と方策は人件費削減ではなく、総労働時間削減に絞って進める。結果的には業務コストが削減されるので、利益圧迫を回避する枠内に収まる、というのが理想形だといえる。

中堅・中小零細なら売上・利益計画の期中修正は当然のことで、近年は大企業も細かく修正するようになってきている。どっちみち、期中の緊急セールやら販売強化商品の入れ替えやらで、入出庫費と運送経費が追加されてしまえば、物流部門の当初予算などなかったも同然になる。どこの会社でも内実はそんなもんである。

しかし、この手の話を書いたり話したりするたびに、頭に浮かぶ言葉は決まっている。

「在庫を見切って換金しつつ、仕入れや製造の体質を変えてゆくことはできんもんか」

■ 本当に二択しかないのか

例えば、ある程度の市場認知を得ているブランド持つアパレルメーカーなら、前述の「見切り」のハナシは具体的だ。商流の中に存在するステークホルダーへの配慮を欠くことなど言語道断、というわきまえや商道徳は、もちろん心得ている。

何も全てを既存市場で、とは言わない。ブランドホルダーこそ、越境を含む選択肢を並べて、検討するぐらいしてもいいのではないか。一体誰がどんな理由で、誰のために検討しないのか分からないが、それ以前にちゃんとテーブルに載せてすらいない。

最近はブランド品を破格値で買い漁る専門業者も台頭著しいらしい。新手のバッタ屋みたいなものだが、バッタになる(決済期日をとばす)のが嫌な企業や、表に出ていない別名義の子会社や、ブランド屋の息のかかった問屋がこぞって利用している。「ぴょんぴょん跳ぶぐらいなら、ずりずり這うほうがマシ」というわけだ。

いずれにしても歩行障害に陥っていることは自明であるが、認めない石頭は多い。社員の生活や未来を人柱とするような、報われぬ殉死者の山を恐れない経営者が大勢いるとは考えたくない。

在庫を埋めたり燃やしたり、切り刻む時代は終わりつつあるのだろうか。それとも頑なに値崩れ防止やブランド価値の維持を夢想し続け、「裸の王様病」の進行に気付かないまま終末の到来を待つのか。市場で敗れ去った自社ブランドが、また一つ荼毘に付される光景を見つめながら。

「定価販売」「プロパー商品」「定番」「ブランド価値」などの言葉は、過剰と断言できるところまで膨らんだ在庫を見切り処分することと二律背反なのか。工夫次第で「あり」とできないのだろうか。帳簿上は粗利でも、キャッシュフロー上は純益に近い売り上げなのに。

社員の潤いを二の次にしてでも、純益の溜まった井戸の禁忌を犯す選択をしないのは「信念の貫徹」なのか。「禁忌を犯せば、会社が未来を失い、結果として従業員が路頭に迷う」といった言葉は、多くの経営者からあまた聴いたが、二択しかないのだろうか。その辺りが私には見えてこない。誰か私に正解を教えて欲しい。