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論説/変わる総額表示と変わらぬ庫内作業者

2021年4月1日 (木)

話題いよいよ4月1日から消費税込みの総額表示が義務化されるが、それに応じて倉庫内の在庫品や入荷品のラベル、下げ札の変更が発生している。内製・委託の別を問わず、各社が具体的な実作業を検討の上、相当の期間を設けて対応に当たってきたと思う。すでに作業が終了した事業者もあれば、まだ途中の事業者もあるはずで、進捗には当然、バラツキが見られるだろう。(企画編集委員・永田利紀)

(イメージ画像)

在庫の全量を完全に表示変更するとなると、シールの貼り替えやPP袋などの入れ替え、タグの取り換えかシールの上貼りなど、選択肢はだいたい決まりきっていて、過半の倉庫では、手作業での処理が主流に違いない。営業倉庫なら荷主からの作業要望に対して、約定単価か特別単価(もちろん安値)を充てる。

察するに、売上が取れる嬉しさと、年度末の繁忙期にイレギュラーでかつ数量多大のスポット業務を行う不安が入り混じった、複雑な気分ではないだろうか。「できません」や「間に合いません」が通らないのは国内共通であるし、メイン倉庫や自社倉庫としては必達業務でもあるのだ。

対応方法のあれこれ

読者諸氏なら、どのように対応するのが最上とお考えになるだろうか。もしくはどのように処理したのだろうか。

ECや実店舗での小売り、もしくは卸や製造業などの業態次第で対応が異なることもあるはずだし、それ以前に気になるのは「売り手」の在庫回転率だ。滞留率が高ければ、引当までに一定時間の猶予があるので、表示変更に充当できる時間は確保可能だ。

しかし、保管倉庫側は在庫の奥行きが浅く、しかもサプライヤーが旧表示のまま納品してくるような中小零細事業者ならば、まさに入荷時の水際での勝負になるはずだし、さらに切羽詰まれば、出荷時にギリギリで対応することになる。ということを書いていて怖いのだが、現実に今日もあちこちの倉庫内でそんな作業が行われている。

教科書的には「面倒事は入荷時に済ませる」べきだが、現実にはそうならないのも世間というものだ。「ずっと前からそれで済んできたし、今日も明日も多分何とかなる」といった割り切った内心の声が聞こえてきそうだ。

実態は不明

(イメージ画像)

果たして実態はどうなのだろうか。在庫全量の表示変更を済ませた倉庫が圧倒的多数なのか、逆に少数派なのか。それとも、表示変更がなされていない新規入荷物と、業務フローの終点に位置する出荷物だけを手当てし、既存在庫は手付かずのままとするのか。

つまり「入」と「出」だけに手間をかけることで総額表示義務に対応し、最低限の作業コストしかかからない状態を維持する。一見、最も合理的な気がしないでもないが、危なかっしいし、ミスの温床となりそうでもある。

新入社員研修やセミナーの講師を務める際には、「そういう手順はよろしくない」と説いているのだが、そうは言ってもキャパシティ不足の切羽詰まった現場を思えば、「目をつぶり、口をふさいで見守るしかない」という気持もある。「背に腹は代えられない」という事情が道理を抑え込むのは、やはり今回も何ら変わることがないような気がする。

販売の前線で顧客と相対するのならまだしも、物流現場では表示価格は業務に全くと言っていいほど影響しない。というか、業務の対象物の価格表示の仔細には、誰一人関心を待たないはずだし、それは間違いなく「正」である。

入出荷品や在庫品に対して「欲しい・欲しくない」「高価な貴重品」「人気の品」といった見方をしてはならないし、管理者は教育の第一義としてそう諭す。ピッキングリストなども、数字と記号で極限までデフォルメ・短縮し、商品名や色柄などの属性を消しているはずだ。ロケの前で立ち止まって、じっくりと中身を眺めたり、あれこれ検分したりする余裕などないようにして生産性を高めるのも当然である。

健常な庫内作業者の意識とは

(イメージ画像)

したがって、庫内各所では「丁寧に扱わねばならない在庫という名の物体」が居並んでいるに過ぎず、それ以上でもそれ以下でもないというのが、健常な庫内作業者の意識となる。消費税込みの総額表示は、自分自身が働く倉庫現場では他人事であるし、興味もないのだ。

ただしその人が終業後、帰路の途中でスーパーマーケットなどに立ち寄って、店頭の陳列商品を品定めした途端、消費税込みの総額表示は自分事になる。つい今しがたまで何百という総額表示シールを貼り倒してきたにもかかわらず、改定の実感が訪れるのは庫外なのだ。

かように、物流現場の実務者たちにとって表示変更はあくまでもイレギュラーな作業であって、スポット業務の範を出るものではない。ゆえに「まぁ、4月中にはなんとか…」「当面は必要な分だけでやり過ごす」「出荷分だけでも支障ないのでは」などといった言葉がよく聞かれるのだろう。荷主企業のコストアップで潤うのはいつも…というのは、愚痴ややっかみにしか聞こえないだろうから、よしておく。

「外税の方が、税負担が明確になっていていいんだけどなぁ」という個人的な呟きは、重い負担や増税を強いる側には不都合なのかもしれない。今後の消費税率アップも、「値上げ」の外観になりそうで気がかりだ。

小売業者のことだけを言っているのではない。物流業界でも、請求書面に消費増税を反映しただけなのに「値上げ」と誤解されたり、嫌気されたりする可能性が大いにある。そのあたりの啓蒙と広報を、大々的にやってほしいと願う年度初めだ。