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「うちの倉庫はダメだよな」第11回

2021年4月12日 (月)

話題企画編集委員・永田利紀氏の連載「うちの倉庫はダメだよな」の第11回を掲載します。

「うちの倉庫はダメだよな」第10回
https://www.logi-today.com/428428

今日がテレワークで助かった。昨夜というより、今朝寝付いたのは5時前だった。起床したのは8時過ぎ。慌ててPCの電源を入れ、カメラをオフにしたままウェブ会議システムにログインした。8時半には、部長と3人の係長と5人の主任がモニターに映っていた。

■その理由

(イメージ画像)

寝不足で髪もひげも整えていない顔を見られたくないという気持ちにもまして、モニターごしとはいえ部長と対面するのはさらに気が引けた。「ウェブカメラの不調」でやり過ごして、定例のミーティングは20分程度で終わった。部長から個別に電話かウェブ会議の声がかかるかと緊張して身構えていたが、終了後30分以上経った今も音沙汰はない。

コーヒーをすすりながら今日の現場出勤状況や入荷データの最終確認を終えたら、つい数時間前に倉庫で起こった出来事が思い出された。あの人…社長は常人ではありえない気力と体力の持ち主だ。それと語調や言葉遣い、集中力の変わらなさは圧巻を通り越して、超人的だと感じた。

社長とB課長が倉庫を後にしたのは午前2時過ぎだった。現場入口の脇にある手洗い場で顔を洗った後、にこやかに「遅くまで悪かったね。ではお疲れさま」と来訪時と同じ口調でさっそうと車の助手席に乗り込んだ。裏門から出た車が先の角を曲がると同時に緊張が解け、途方もなく疲れを感じてその場に座り込んでしまった。悲鳴に近いかすれ声とともに立ち上がって、帰り支度ができたのは3時頃だった。

社長からは改善提案書を頭越しで独断提出したことへの非難や叱責はなかった。退職願の件にしても、まだ部長が役員に直接報告しておらず人事にも回していないのか、一切触れられることはなかった。

ほっとした反面、拍子抜けするようで、落ち着かない気分が今も続いている。こんな宙ぶらりんの状態は、居場所の定まらない漂流者のようで気分がすぐれない。早く引き継ぎ作業に入り、最後の仕上げを済ませてしまいたい。

(イメージ画像)

それにしても…部長が商品部時代に改善提案書を作成し、提出していたことには驚いた。しかも、私の書いたものとほぼ同じ内容だと社長が話していた。

現場改善の必要性と早急な着手について、何度か部長にかみ付いたことがあった。言い始めた当初は一から丁寧に説明して、プレゼンソフトで業務フロー図や小分けパッケージ規格や台紙などのデザイン案に加えて、何通りかのサンプル下書きまで用意していた。

その度に感心し、褒めたたえてくれるのだが、最後はいつも「もう少し部内で現場改善の工夫を練ろうよ」で終わる。そんなことが続いて、「どうせ承認してもらえないのでしょうけれど」という斜に構えた物言いをにじませて、部長に皮肉交じりの言葉を吐いた事も一度や二度ではない。

商品部長から物流部長への左遷ともいえる異動を経て、もはや摩擦承知で矢面に立つ気力など持ち合わせていないのだろう――と理解しつつも、軽蔑に近い感情を抱いていたことは事実だ。よくよく考えてみれば、商品部からの異動は「改善提案」などという出過ぎた真似をしたがゆえか…。しかし、部長が商品部時代に改善提案書を作成した当時は、まだ課長職だったはずだ。

つまり、決裁の可否が保留された状態で商品部長に昇進している。うちの会社では盤石の役員コースだし、現に過去の商品部長には、全員が執行役もしくは取締役執行役員の肩書がついている。しかしながら、歴代の商品部長が就任1年後にはもれなく冠してきた執行役とはならず、さらには在任2年余りでの物流部長への異動だったので、あちこちであらぬうわさが流れた。

昨夜の出来事で最も引っ掛かっているのは「私が営業にいたころには取り置きは禁止だった」という社長の言葉だ。当時はバラ販売などめったにない。特注対応できる製品数は現在よりもはるかに少ない。取扱SKU(最小管理単位)は半分程度だった──とはいえ、それと取り置きの発生は関係しない。

今以上にお客様の無理難題を喜んで引き受けて叶えていたはずなのに、いかにして「禁止」がまかり通ったのか。新人だった私は、部署間の取り決めや順守状況について見聞きする立場ではなかっただろうし、たとえ耳にしたとしても「上席者たちの会話」として右から左に抜けてしまったのかもしれない。

いわゆる体育会系で職人気質の強面が多かった当時の物流部では、入社して2、3年程度の若造が上の者たちの会話に口を挟むことはおろか、興味をもって聞き耳を立てることすらはばかられる空気が漂っていた。

営業部・商品部は物流部の規定に従って、顧客対応や仕入調整をしたのだろうか。専務の力だけによるものではないと社長は断言していた。ならばどうやって規定順守を維持していたのだろう。

(イメージ画像)

重ねての疑問は、そんな状態なのになぜ部長は改善提案書を書いたのかだ。今とは全く状況が異なる正常な業務進行中に、無用の波風を立てるような行動に出た理由は何なのだろう。

それについても、結果的には同じ道を先に歩いた本人に訊くのが最も確実で、社長も現場でそう勧めていた。辞めるとはいえ、やはりそれだけは知っておきたい。モヤモヤが晴れぬまま午前中を過ごし、昼食後に思い切って部長の携帯電話にかけてみた。

「Aです。お疲れさまです」
「はい、お疲れさま」
「少しよろしいでしょうか」
「もちろん大歓迎だよ。テレワークは結構ヒマを持て余すもんだねぇ。普段大して仕事してないことがバレバレで焦るよ」
「はい、私も同じような状態です。ところで、あの、私の退職願と独断提出した書類の件ですが…」
「うん」
「申し訳ございませんでした。お叱りは覚悟しております。しかし最後にどうしても…」
「どうしても…なんだい?」
「自分の責任としてやるべきことをやっておきたかったのです。それが会社内でのルール違反であることは承知していました」
「そうか」
「実は昨夜、現場に社長と管理部のB課長が見えられました」
「そう」
「社長からたくさんの質問があり、私はほとんど紋切り型の受け答えしかできませんでした。自信過剰で思い上がっていたことを痛感しました」
「……」
「その際、商品部時代に部長が私の作成した改善提案書とほぼ同じ内容の書類を作成し提出されたと、社長から教えていただきました」
「うん」
「どうして今まで言っていただけなかったのでしょうか?」
「聞いたらどうした?」
「再度決裁判定していただくよう上申しましょう、と強く部長に言い寄っていたと思います」
「そう思っていたよ。だから伏せておいた」
「だから…ですか?」
「私が伝えなくても、君はきっと似たようなものを作成するだろうと思っていた」
「しかし、それは時間の無駄です」
「そうかな。決して無駄ではないと思っているのだけど」
「なぜですか?」
「君の物流技術と全体業務フローの観察力・分析力・判断力は私のはるか上であることが実証されたし、業務正常化を目指す道で私と同じ轍を踏んだことも同様だったからだよ」

いつの間にか部長の声は語尾が強くなっていた。ただし、機嫌が悪いとか突き放している気配は微塵もなく、ただ単に落ち着いた口調で明確に言い切るというものだ。いわゆる「貫禄ある」口調という種のものだ。

気おされそうになりながら、食い下がりつつも心の片隅には「何かが違っている。自分はとんでもない勘違いをしていたのでは」という動揺が拡がっていた。電話の相手はいったい誰なのかさえ怪しくなってゆく。自分が知っている昼あんどんと陰口をたたかれている人物とは別人のような気がしてならないまま、やりとりは続こうとしていた。