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「うちの倉庫はダメだよな」第8回

2021年3月22日 (月)

話題企画編集委員・永田利紀氏のコラム連載「うちの倉庫はダメだよな」の第8回を掲載します。

「うちの倉庫はダメだよな」第7回
https://www.logi-today.com/424392

いったい何時間経ったのだろうか。腕時計をしない自分が恨めしかった。梱包ラインにしか掛け時計を設置していないので、このままでは時間を確認する術がない。スマートフォンは事務所に置いてきたままだ。汗で全身が湿っているし、喉が渇いて声が出にくい。

■ いつから・誰が・なぜ

(イメージ画像)

脚と腰がだるくて、静止したまま立っているのが辛かったのは、おそらく2時間過ぎたあたりのことだったと思う。今ではマヒしてしまったのか、かすかに体が浮いているような感じだ。しかし、社長の質問と指示は止まず、隣でB課長は録音しつつメモを取っていて、やはり汗みずくでシャツがへばりついている。

低いのによく通る声が、各棚やパレット、サポートの前から飛んでくる。一つ答えると、再びいくつかの質問が返ってくる。「なぜ?」という単純な問いに明確な理由を返せない自分の無能と甘さを痛烈に思い知った。今まで立ち止まったり、目をつけたこともないような場所や箇所で投げかけられる疑問や理由を問う言葉に、しばしの間、固まって「…」となる私。

こんな体験は初めてだった。社長から質問が飛び始めてからずっと、私は動揺していた。倉庫内で、自分よりも的確で矢継ぎ早に発言する人物を目の前にするのが久しぶりというだけでなく、これほど端的で、具体的に掘り下げた質問や指摘が続くのは初めてだった。恩師である元専務よりもさらに速く鋭い言葉がとどまることなく連続する。

丁寧に庫内を巡回視察し、あとは取り置き品や販促用の仕入れ添付品の保管スペースを残すばかりとなった。私はずいぶん前に気力が衰え始め、最後の休憩からいったい何時間経ったのかということばかりが気になっていた。

社長への直訴が叶う夢のような時間だったはずだが、現実にその時を迎えた今の本音は「早く終わってほしい」だった。そしてまた社長から質問が発せられた。

「どうしてこんなに取り置き品があるのかな?」

「入荷情報が不正確で、欠品回避のために営業が自衛しているからです」

「なぜ不正確になるのだろうか?」

「自社工場、外部工場ともに、納期の約束事が甘いからだと思います」

「なぜ甘くなるのか考えたことは? もしくは商品本部に質問したことは?」

「工場によって事情がさまざまだからやむを得ない部分がある、とは説明されていますが、それ以上は深掘りしていません。他部署のことなので」

「他部署? しかし今この場所で取り置き品が山積みになっている。ここは倉庫、つまり物流部内だよ」

ここが倉庫内であることなど言われるまでもなく、承知の上で答えている。揚げ足を取るような理屈に内心「ムッ」としつつも、努めて抑揚なく説明するように、と自制する私だった。

(イメージ画像)

社長の立場なら、部署間の透明な壁や暗黙の不可侵領域の存在は知って知らぬふりか、無視をはばからぬ体で話ができる――そうねじ込むわけにもいかないので、伏し目がちに返答するしかない私だった。正義や正論は普遍であるにしても、役職によって言い回しや言葉の長短が変わるのは仕方ないことだし、清濁併せ呑むように心がけるのは勤め人の宿命だ。

「仕入と納期管理は商品部、受注と納品は営業部がそれぞれコントロールしています」

「だから?」

「したがって、倉庫現場では取り置き品の解消や削減ができません」

「なぜ?」

「権限が与えられていないからです」

「物流倉庫内を正常な状態に保つ権限、という意味かな?」

「直接ではありませんが、結果的にはそうなります」

「いつから?」

「ずっと前からです。私が入社した時にはすでにそうだったと思います」

「それは違うはずだよ。そもそも物流倉庫内で起こる全ては物流部の責に帰すはずだ」

「…しかしこの10年以上、特にバラ販売が始まってからはそうなっています」

「なぜそうなってしまったんだろう?」

「分かりません」

「わからない? 知らぬ間にそうなっていて、気が付けば取り置き品が山積みになっていたと?」

「はい、そう言われても仕方ありません。少しづつ増えて、今ではこの有様です。ご指摘やご質問のあった他の区画と同じく私の責任です」

「誰の責任かは重要ではないよ。回り回って形を変えながら、お客様にも工場にも無駄や無理のしわを寄せているはずだ」

「それは…そうかもしれません」

俯いたまま声の調子が落ちてゆく私だった。じきに退職するのだから、相手が社長だろうが誰だろうが、自分の思いの丈をさらせばよいものを、現実にはそうはならない。若い頃に会議で上長からやり込められていた頃と、全く変わらぬ姿の自分がいるだけだった。

「お客様への商材やサービスの不備は、あらゆることに先駆けて解消しなければならない」

「はい、分かっております。申し訳ございません」

「欠品防止のために必要以上の仕入れを起こしたあげく、余剰在庫のリスクを経営に負わせ、契約工場への一方的な自己都合による返品という、不条理な負担を発生させる羽目になるのが、今のこの状態だね。君はそんな現状であっても、顧客サービスのためには不可抗力だと考えているのかな?」

社長の口調が強まり、眼光が鋭くなっていく。

「いいえ、決してそうは思いません。社長の仰っていることは私の本意でもあります。しかし商品部と営業部で調整してもらわなければ、解決できないことも事実です」

唾を何度も呑み込んでは、握るこぶしが固くなっていくだけの私だった。

不意に視線を逸らせた後、社長はメモをとるB課長の背後のネステナー前に移動して、中に積まれたカートンの腹に貼り付けられたラベルを凝視しつつ、何度か小さくうなずいていた。それが何に対してなのかは、私にはわからない。

ゆっくり振り向いた社長は、穏やかな表情と声色に戻っていた。そして再び言葉をつなぎ始めた。

―第9回(3月29日公開予定)に続く

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■連載
コハイのあした(連載9回)
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