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「うちの倉庫はダメだよな」第10回

2021年4月5日 (月)

話題企画編集委員・永田利紀氏のコラム連載「うちの倉庫はダメだよな」の第10回を掲載します。

「うちの倉庫はダメだよな」第9回
https://www.logi-today.com/427504

わが社の掟を口にしたとき、久々に胸が熱くなった。同時に自身の今が恥ずかしく、情けない心情に息苦しいほどだった。とうの昔に「わが社の掟」を口する資格など無くなってしまった――ずっと抑え込んできた自責の念が、急激に膨張して止まらない。

■もう一つの改善提案書

(イメージ画像)

お前は掟を継ぎ伝える者としての道を踏み外したのだ――そんな私の心の声が聴こえたかのように、社長は質問してきた。

「君は掟を守っているかな?」
「私は…私は破ってしまいました」
「なぜ?」
「保身と体面のためです」
「保身と体面? それは誰でも同じように持ち合わせているよ。わが身かわいく見栄っ張り、なら私の右に出る者はいない」
「しかし私は…」
「保身や体面にこだわることと、掟を破ることは別物ではないのかな」
「……」
「君の説明を聴くと、商品部や営業部の専横が思い浮かぶが、今までに何度ぐらい掛け合ったのだろうか?」

少し間を空けて、考えをまとめてから返答する私。

「数年前まで、事案が発生する度に私からメールで依頼するのが常でした。まとまった改善提案書として、部門名での要望申し入れを行いましたが、それはある時期から前部長の許可が出なくなりました」
「直接のメール申し入れは数年前まで? それは何年までか覚えているかな?」
「はい…およそ3年前までです」
「それ以降は、直接メールもしくは会議などはしていないんだね?」
「はい、そうです。提案書は部長名で部門として申し入れるべきだと考えました。ですから私の名で起案し、部長が承認、という書面は久しく発行していません」
「理由としてはそれだけかな?」
「いえ。商品部からうちの部長に、メールに対するクレームが申し入れられたことと、常務からも直接咎める内容の言葉があったと聞いたことが最大の理由です」
「部長に迷惑がかかるから?」
「そう思いましたし、それ以上に役員からの不評や部門間摩擦は避けたかったからです」
「後任のGさん、、現物流部長は一連の件について君に何か?」
「いえ、一切ありませんでした」
「怪訝に感じたのでは?」
「怪訝というより『さもありなん』と思いました」
「なぜ?」

(イメージ画像)

一瞬ひるんだが、ここまできたら中途半端に言葉を選ぶ必要もないだろうと思い直した。思いの丈を余すことなく口にしようと腹をくくった。後悔はしたくなかった。

「誰にも物申さず、つかず離れず、差し障りなく、が部長のスタンスだからです」
「ずいぶん手厳しいね。君が課長、つまり部内のナンバー2になってから部門長は二人目だが、両名とも商品部や営業部への要望申し入れを認めなかったわけだね?」
「先代の部長は最終的にそう変節されました。今の部長は最初からです」
「理由は?」
「お二人とも『先にやるべきことがあるから、そのあとにしよう』でした。前部長は着任当初、私以上に改善提案の申し入れに積極的でしたが、突然態度を変えられて、今の部長と同じ内容の言葉を繰り返されるようになりました。それから間もなく異動されました」
「二人の部長が言う『先にやるべきこと』とは?」
「具体的な説明はありませんでした。私には他部署との摩擦回避のための先延ばしとしか思えませんでした」

再び社長が無言で考えを巡らせている。敷地の前面道路を走る大型車の排気音が近づいて、すぐに遠のいてゆく。やがてまた会話が始まった。

「先延ばしすれば、それだけ業務改善が遅れることになるわけだが…」
「はい、そう思います。ですから何度か食い下がりましたが、『もっと庫内の環境整備と作業手順の見直しを徹底しよう』という内容の返答でした。それが『先にやるべきこと』の全容なのかまでは、私にはわかりませんでしたし、掘り下げて質問もしませんでした」
「先に環境と作業の再考を、か。具体的には?」
「誤ピックや棚入れ時のミスが在庫差異の主要因になっているので、それを防止する方策。入荷情報を在庫表に紐づけて、実予定日から遅れる場合には赤字や網掛けなどで警告。既定の許容遅延日数が経過する前日には、営業部に個別通達、商品部に欠品警告、管理部には至急のマスター反映。その際の伝票処理は赤黒ではなく納期未定への変更でつなげること、などです」
「ならば、かなり改善効果があったはずだが」
「結論から申し上げると、アナログ作業が続く限りミス防止策は効果を望めないので、抜本的な改善案はなく、方策実施もできていません。入荷データのシステム反映には商品部と営業部の協力が不可欠ですが、まったく期待できません。やむなく他の方法を模索してきましたが、効果的な方策には未達のままです」
「それは結論なのかな?」
「はい、現状ではそうなります」
「だから君は改善報告書にあった、仕入れ時の製品パッケージの小分け化と完全デジタル化、商品部から各工場への納期厳守通達とキャパシティの事前確認の入荷システム反映、営業の受注引当時の特番や仮伝発行の部長決裁・本部長確認、営業担当者による実取り置き処理の現場事務と担当社員への個別交渉禁止、を提案したんだね」
「そうです」
「もう一度訊くが、改善案なくしては、現状の入出荷作業・在庫管理の品質が限界、は結論なのかな?」
「そう考えております」
「部長はアナログでの改善余地はまだ残っていると考え、他部署への申入れ前にやるべきことがあるという意味で君に話したのではないのかな?」
「しかし、現実には現場改善は万策尽きています。これ以上の検討や計画策定は、いたずらに時間が過ぎるのを見て見ぬふりすることでしかありません」
「万策尽きている…それは会社の明日を諦めた経営者が口にする方便だよ」

(イメージ画像)

穏やかな口調だったが、目は笑っていない。射貫くような視線が正面から私をとらえて、身動きできない錯覚に陥る。金縛りとは、このような状態を指すのだろうか。

「少なくともわが社の現状では、全部署内で万策尽きることなどないはずだ。いろいろ歪みや軋みや痛みが出始めているのは、長く優良企業の椅子に安楽なまま腰かけてきたツケが回ってきているだけで、内部にぜい肉化した利益の元が厚くなって放置されている。君も覚えているはずだが、ふた昔ほど前には、倹約のために工夫したり、将来への野心を内に秘めて我慢したり、正しいことを正しく続けるために歯に衣着せぬ物言いをしたりといったことは、社内の常だった。それが徐々に少なくなった成れの果てが、今の状況を生んでいる」
「……」
「君の提出した改善提案書だが、ほぼ同じ内容の素晴らしい書面がすでに社内にあるよ」
「えっ!?」
「今から10年ほど前に、商品部から業務改善提案書と予算稟議書が上げられていて、それは今も否認ではなく保留のまま、先代の社長から私に引き継がれている」
「……」
「そして引き継いだ私も『保留』という判断を支持しているよ。今のところは」

いったい何を言い出すのだ。いきなりすぎて社長の言葉がすぐには理解できなかった。そんなものは見たことも聞いたこともない。物流課長である私が、だ。しかも保留状態で10年も…。

「なぜなのでしょうか。なぜ改善案は保留されたままなのでしょうか?」
「それはおそらく君と同じ思いで、懸命に改善提案書を作成した本人に直接尋ねてみればいいと思うよ」
「商品部のどなたですか?」
「今は商品部ではなく、物流部にいる」
「えっ!」
「Gさん、つまり物流部長に直接訊いてみたらどうだろうか」
「部長がすでに改善計画を…。だったらなぜ…?」
「全ての答えは君の足下や目の前にあるのかもしれないね」
「そんな…」

「今日はこれぐらいにされた方がよろしいのではないでしょうか」

沈黙したまま、メモを取りつつ社長と私を交互に見つめていたB課長の声が庫内に響いた。

「もう日付が変わっていますので」

―第11回(4月12日公開予定)に続く

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