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「うちの倉庫はダメだよな」第9回

2021年3月30日 (火)

話題企画編集委員・永田利紀氏の連載「うちの倉庫はダメだよな」の第9回を掲載します。

「うちの倉庫はダメだよな」第8回
https://www.logi-today.com/425478
物流部にとって最大の社内ストレスである「取り置き」と「特注品の未納品放置」について、社長からの素朴な疑問があった。包み隠さず、直截に説明するうちに、実は自分自身にも、優柔不断で放置してきた怠慢さがいくつもあったのだと気付き始めていた。

■ わが社の掟

(イメージ画像)

しかし、今は反省や自己分析をしている場合ではない。目の前の質問者への回答を、淀みなく正確にしなければならないのだ。予断や別事を考える余地を与えることなく、社長の問いは続く。

「君は提案書の中で、部門間調整こそ不明瞭さや複雑な業務実態を育む諸悪の根源だと主張していたし、私も全く同感だよ。しかしたった今君が言った『商品部と営業部間での調整が必要』は矛盾していないかい?」

「…はい、申し訳ありません」

「叱責しているのではない。質問しているんだよ」

「矛盾のまま今に至る、です。恥ずかしい限りですが正解を教えていただけないでしょうか」

「その前に、君は本来どうすべきだったと考えているのかを聞かせてくれないか」

「入荷情報の修正幅にルールを設け、売り越し受注の引き当てに際しての納期情報のコントロールを、物流部で行えば改善すると思います」

「修正幅を設ける理由は?」

「製造工場によっては生産キャパが小さく、繁忙期には納期管理が不安定になるからです」

「それで?」

「従って、規定在庫ラインを大きく超える受注とタイトな納期については、商品部経由で工場に確認が必要です。できれば回答日から後ろに数日間の余裕を持たせて、納品予定を立てるべきです」

「その通りだね」

「はい。物流部でそのようなガイドラインを設けて、各部署に通知すべきでした」

「それはずいぶん前に通知されているし、私が営業部にいた当時は取り置き禁止だったよ」

「え?」

耳を疑う言葉だった。確かに社長は「ずいぶん前に通知されている」と言った。取り置きは禁止だった、とも。そんなはずはないし、現に庫内は真逆の状態だ。誰もそんな「ガイドライン」のことなど知らぬだろうし、順守以前の問題だ。社長の言葉はさらに補足されてゆく。

「通知内容を無断で違えて、営業や仕入担当が倉庫現場に取り置きや、先入先出を無視して次回入荷品の実取り置き指示なんかを出そうもんなら、Fさんが鬼の形相で文句を言いに乗り込んでくるので、商品部や営業部は震え上がっていたからね」

社長はおどけるようなしぐさで、専務のいかり肩とへの字の口元を真似ていた。

「どの会社でもいつの時代でも、営業は自分の顧客優先で行動するものだよ。商品部は製造工場の事情が分かっているから、どうしても杓子定規に是々非々を押し付けられないものだ。協力工場は身内同然だから、不正ではなく斟酌はあってしかりだ」

「それを理解しながら、専務が両部署にルール徹底を?」

「そう、そういうルールだったはずだし、当時は恒常的な欠品も取り置きも客注キャンセル品の放置もなかったはずだよ」

「そんなはずは…それは専務だからこそ他部署を抑えることができたのだと思います」

「そうだとしても、それはFさんの役職権限がなせる力技なのだと思うのかい?」

「いえ、役職だけでなく、人望や説得力が私とは雲泥の差です」

「うちが正義や正論が役職や人格に影響される会社なのだとしたら、私は社長失格だ」

「誤解です。私が申し上げたいのは、保身や対面を優先して本筋を曲げたことへの自責です」

「君だけの責任ではないし、そういう意味なら最高責任者が一番断罪されるべきだろう」

「……」

いかに返しても、ことごとく封じ込められてしまう。しかも一瞬で明快になり、犯人捜しを無用とする達人業に抗えなくなっていた。もとより相対して説得しようとしたこと自体、分をわきまえていなかったこと甚だしいし、まさに役者が違いすぎる。

「B君が管理部に異動した理由は、そんなことが社内に増えてきたから、一番全体を見ることができる部署で実態を把握してもらうためだ。現在の社内で最も多くの顧客に近く、最多数量の商材を販売しているから、適任だと考えたんだよ。彼自身も課長職に就いて以来、営業部内でのいびつで不穏ともいえるいくつかの動きの根元を探り当て始めていたし、その確証と原因の全容を明らかにするために、管理部か商品部への異動希望を内々に受けてもいた」

(イメージ画像)

「実態把握とは、どういうことでしょうか?」

「なぜ仕入商品の入荷と在庫計上に時差があるのか? なぜ取り置き品が多発しているのか」

「それから特注品や番外品のキャンセルをそのまま受けていますが、なぜ顧客負担を交渉しないのか、もです」

わが意を得たりとばかりに追従する私。

「そのとおりだね。それがいつからなのか? 誰が指示して誰が認めているのか? なぜなのか? そこを明らかにすべきだ」

「詳しくは分かりません」

「それは私の仕事だから、君は現場が正しくあることを徹底してくれればいいんだよ」

「はい」

うなずきながら、社長は続ける。

「わが社の掟、というのがあってね。君は聞いたことがあるかな?」

「はい、専務に教えていただきました」

「あぁそうか、君はFさんが育てた最後の管理職だったね」

「新入社員時代から3年目まで部下として働かせていただきました」

「そうか。だから“うちらしい”立居振舞なのだね」

「…?」

「では尋ねるが、わが社の掟とは? B君は知らないだろうから、この機会に教えてやってほしい」

B課長に視線を向けつつ、社長は言った。

私は即答した。

「本当のことを貫く、です」

その答えの後、庫内は無言になった。体温が下がっているのは、汗が渇き始めているからだけではないように感じた。熱帯夜の庫内は、変わらず静かだった。

―第10回(4月5日公開予定)に続く

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コハイのあした(連載9回)
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