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連載「うちの倉庫はダメだよな」第12回

2021年4月19日 (月)

話題企画編集委員・永田利紀氏の連載「うちの倉庫はダメだよな」の第12回を掲載します。

「うちの倉庫はダメだよな」第11回
https://www.logi-today.com/428428

エアコンの音が低く響く部屋で、部長との電話は続いていた。今しがた部長の口から出た言葉は怪訝であり、意味が解らなかった。いったい何を説明しているのか皆目見当がつかない。

■うちの倉庫はダメじゃないよ

「同じ轍、ですか?」
「そう、合理的で最短時間と最少ロスを目指すあまりの利器依存。現場力の限界を勝手に作り上げて、それを既成事実にしている」
「それは…そうかもしれませんが、部長も同じことを過去になさったんですか?」
「もっとひどかったはずだ。商品部課長の権限の威を借りての独断専行だったし、営業部への当てつけもあった。物流部のことなんか下請け程度にしか感じていなかったよ。口癖のように『うちの倉庫はダメだよな』と吐き捨てるように批判していた。それを穏やかな口調でたしなめるのはO…現社長ぐらいのものだった。『うちの倉庫はダメじゃないよ』とね」
「社長がですか…」
「私は現社長のことが嫌いだった。いつも冷静で、誰の責も問わず、面倒や困難には率先して取り組んで、最後は解決してしまう。まさに絵に描いたようなヒーローのようで、鼻について仕方なかった。苦手で煙たかった、といったほうが合っているかもしれないが」
「折り合いが悪かったんですか?」
「いや、むしろ逆だったよ。社長は何でも私に相談しに来てくれたし、仕事内容についても褒めてくれたよ」
「なのに嫌いだったんですか?」
「嫌いだと思うようにしていたんだろう。コンプレックスと嫉妬の成れの果てだよ」
「…」
「彼は全部お見通しだったはずだが、それを一切口にしなかった」
「…」
「正面切って怒鳴ったり問い詰めたり、頭から依頼を拒絶したのは私の方だよ」
「え?」

若き日の部長が、同じく若き日の社長に怒鳴る姿が想像できなかった。控えめで穏やかな物腰が常の部長、明晰で鋭敏な社長、というイメージが邪魔して、違和感が拭いきれない。

(イメージ画像)

「F専務が引退した後、社内にうるさ型がいなくなったから、いっぱしにその代わりを務める気になっていた。Oとは違う畑で突き抜けようとしていたんだ」
「その当時なら部長も、同様に出世頭だったのでは…」
「いつの時代にも社内には、その手の話をまるで競馬新聞の予想記事みたいに面白おかしく言って回る連中がいるものだよ。私自身は、内心ではとても敵うとは思っていなかった。彼は圧倒的に仕事ができたし、人間的にも数段上だった」
「…」
「同期だけでなく、誰もが認める存在だった」
「はい、そう聞いています」
「うらやましかった。だから何とかして自分も実績を上げ、彼に大きく水を開けられない位置にいなければ、といつも焦っていた」
「それが改善提案書の作成につながったんですか?」
「結果的にはね。もちろんかなり前、係長の頃から必要性は感じていたし、断片的ではあるけど、ほぼ全工程の改善方策を考えついてもいた。長年書き溜めて、こまめに手を入れてきた数冊のノートや、束になったスクラップ帳をまとめたのがあの書類だった」

私も同じだった。入社して数年後から、現場で走り書きしたメモや、日報から抜粋した箇条書きのノートが数十冊ある。試作分まで数えれば、改善関係の提案書や企画書は100以上ある。部長に提出してきたのは、それらの中から抜き出してまとめたものだ。

■なぜ部長は改善提案を

「上司は…当時の商品部長は賛成だったんですか?」
「誰よりも評価してくれたはずだし、こちらが照れるほど褒めてくれたよ。当時の商品部長だった常務、つまり先代の社長は役員会に諮る前に、隠居したFさんを訪ねて内々に相談したんだ。というより根回しだったと思うよ。自分も賛成していたんだから。仕入・物流・管理統括として君臨した大功労者であるFさんの評価があれば、役員連中は有無を言わずに頷くに違いないと考えたんだろう」
「でもそうはならなかったのですね」
「その通りなんだ。Fさん曰く、総論賛成だが時期尚早。一見には緻密で合理的だが、掘り下げれば現場改善からの逃避と怠慢のすり替えだらけで、基本事項の徹底と現有機能の限界までの追求が感じられない。利器依存の果てに、機材やシステムでは解決しきれなかった残存課題や、隙間に隠れている業務欠陥が明らかになった時、その倉庫内には解決できる環境と人材が無くなっているだろう。それは長年にわたって数多の人間が耕してきた肥沃な土壌に、劇薬をまいて畑の生命力を死滅させるようなものだ。提案書の改善案とその具体化については、やるべきことをやってからとするのが真っ当である、とさんざんだったらしい」

聴いていて苦しく、電話にもかかわらず伏目になり、うなだれてしまう。専務の声がよみがえって、心に突き刺さるようだった。

(イメージ画像)

「それは今の私にとって身のすくむ言葉です。自分の浅はかさが知れて情けないです。しかし、素朴な疑問として、当時は今ほどの物量もないですし、バラ出荷や同類の返品なんかもほとんどなかったはずです。なのに、なぜ部長は改善提案を主張されたのですか」
「私は販売が小ロット・多頻度化し、仕入れはそれに応じて変わらざるをえなくなると確信していた。その際のコスト転嫁を協力工場に強要するのではなく、自社でも生産管理・在庫管理と販売管理をいっそう緊密化してコスト抑制し、かつ各項目の一元管理のためにデジタル化を進めなければならないと考えた。その際の最重要機能は物流だと結論付けた」
「すでに今の状況が見えていたんですね」
「すべてを一人で考え、予見や予知したわけではないよ。今の社長…Oがそんな時代が必ずやってくるはずだから、G君は仕入れの再編とルール変更、物流機能強化で営業を支えてほしい。自分は顧客のコスト一部負担を徹底的にやる。諦めず曲げることなく本当のことをそのまま顧客に伝えて理解してもらう。そう言ったんだよ。私は唸りながら感心して、感動していた。それで来る未来に必要な構えと仕組みを提案したんだよ」
「なのにF専務はダメだと? 僭越ですが内容以前に、専務らしくない言葉だなと感じます。たとえ正解が分かっていても、ひとたび身を引いたら口を挟まないタイプの方だと思っていました」
「私もそう思っていたし、事実そういう人となりの方だよ」
「なのに、ですか?」
「部長から顛末を聞かされた私は、ショックと憤慨でOに愚痴をこぼした。というより旧態依然としか感じなかった専務の言葉や、そのまま真に受けて退散してきた気概ない部長に対しての文句だ」

■「大きな人事があるだろう」

私も同じように感じただろうし、現に最近の行動は本質的に同じだ。それにしても、部長と社長の盟友関係には意外さと好感が入り混じって、小さな驚きが嬉しさにもなっていた。

「しかし、じっと黙って聞いていたOは小さな声でこう言った。『あの提案書は誰が読んでも素晴らしいと評価するものだよ。的確で緻密だし、合理的で低コスト化にも成功しているのだから、万人が称賛するに違いない。なのにFさんは提案以前の深いところにまで言及して、あえて不備を挙げた。僕は君がうらやましいよ。きっとFさんは君を後継者だと考えているんだろう。隠居の身でわざわざ憎まれ役まで買って出るんだから。そして会社の将来のために、甘んじてその役を引き受けたとも言えるよ』と」
「…」
「そう聞かされて、やっと自分の短絡さや愚かさを恥じる正気を取り戻したんだが、ではFさんのいう『基本事項の徹底と現有機能の限界までの追求』の具体的な中身とはいったい何なのか?これには困ってしまった」
「今の私がその状態です」
「うん、分かるよ。私も何年もかかって最近やっと道筋が見えてきたよ。物流部で毎日現場の情報を見聞きし、疑問が湧いたらその都度、倉庫内を歩けるようになったことが大きかった」
「ひょっとして、部長はその具体的な中身を実行しようとしていらしたのではないですか?そんな矢先に私が騒ぎを起こして…」
「そうだね、下期から着手する予定だったし、稟議も通してあるよ。役員会外秘扱いとなっているけれど」
「秘密裡に進んでいるんですか?」
「そうだ。社内での毒出しと掃除が必要なことでもあるからね」
「しかし、そのためにはおそらく…」
「それはO…社長が引き受けて処理したよ。下期前に大きな人事があるだろう」
「…」
「私は今期限りで退職するつもりだ」
「え?」

ハンズフリー通話しているスマートフォンごしに次々と知らされる事実に、動揺が収まらなかった。今や自分自身が退職願を出したことなど意識の外側に追いやられていた。(続く)