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腰や腕の動作を補助して現場作業を軽やかに

物流支援で社会貢献、イノフィス「マッスルスーツ」

2022年11月16日 (水)

話題物流倉庫のバースに大型トラックが到着した。待ち構えた作業員が、荷台に積み上げられた荷物を下ろして次々とコンベアで流す。仕分け担当の作業員が横から荷物を引き上げると、今度は台車に載せ替えて運んでいく。こうした作業は深夜まで続く--。

(イメージ)

新型コロナウイルス感染拡大に伴う宅配需要の高まりも後押しする形で、急速に拡大するEC(電子商取引)サービス。店舗から宅配へと購買スタイルが移り変わるなかで、物流倉庫における取扱量は増加の一途だ。少子高齢化で新規採用もままならない状況で、現場従業員の負担はこれまでになく高まっているのが実情だ。

社会を支えるインフラである物流の現場を支える作業員の負担を、少しでも軽減できないか。先進機器の開発技術の活用をとおして、こうした問題の解決に挑む企業がある。東京理科大学発ベンチャーのイノフィス(東京都新宿区)だ。

「現場作業員の体を守りたい」創業者の思い

大正時代に一世を風靡(ふうび)した花街の名残を今に伝える東京・神楽坂。その閑静な一角にあるオフィスで出迎えたのは、イノフィスの折原大吾社長CEO(最高経営責任者)だ。イノフィスの創業者である小林宏・東京理科大学教授(工学博士)らとともに、2020年より経営を指揮している。

▲イノフィス社長CEO(最高経営責任者)の折原大吾氏

「世の中の問題から開発をスタートする」「『人のためのロボット』を創り、人を支える何事も正面から取り組む」。イノフィスが掲げる経営ビジョンだ。人工筋肉を使って腰や腕といった運動機能を補助するウェアラブルロボット「マッスルスーツ」の開発・提供を軸とした機器開発に注力している。

とはいえ、こうしたイノフィスの取り組みの礎となる小林氏によるマッスルスーツの開発は、2000年に始まった。「動けない人を動けるようにする」目的から、肉体的だけでなく精神的な観点で行動を支援するロボットの開発に着手した。

当初は腕の動きを補助するものだったが、工場など労働現場の声を反映して対象を腰に変更。06年には労働現場向けの腰補助用マッスルスーツの開発をスタート。小林氏はマッスルスーツの実用化のめどが立った13年に本格的な事業化を決断し、イノフィスを設立した。

「現場に配属された作業員が、仕事に慣れたころに体を痛めてしまう。それでは就労者と事業者の双方にとってマイナスになってしまいます。持続的に働ける環境を作りたい、それが創業の思いだったのです」(折原氏)

高かった「物流現場」のハードル

イノフィスの腰補助用マッスルスーツは、タンク型からエアコンプレッサー型を経て、現在のスタンドアローン(パッシブ)型へと進化を遂げてきた。ただし、当初は主に製造現場における作業員支援を目的としており、物流現場へのマッスルスーツの納入実績はほとんどなかった。イノフィスが19年に発売した「マッスルスーツEvery(エブリー)」の領域別納入先は、製造現場が30%、介護と農業がそれぞれ25%を占めており、物流業界への浸透は途上にあるのが実情だ。

▲「物流現場における作業員の『動作』の特徴に着目した」と話す折原社長

なぜか。折原氏は、製造と物流の現場における作業員の「動作」の違いに着目する。「作業員の腰への負担について、製造現場では重さのある製品や部品を扱うことで生じるのに対して、倉庫など物流現場では荷物の上げ下ろしによる腰の前後の動きとともに歩き回る頻度の高さが要因になりうる。こうした違いが見えてきたのです」

イノフィスの開発メンバーは、ある物流現場におけるマッスルスーツの試験導入の際に、肉体的な負担の軽減効果は評価されたものの、「しゃがみにくく、狭い場所の作業も難しい。特にフォークリフトとの干渉による事故にもつながりかねない」との指摘を受けてしまった。マイナス面がプラス効果に勝るとの判断から、最終的に採用は見送られたという。

物流に見い出す「大きなビジネス機会」

しかし、イノフィスは物流という市場への挑戦を諦めなかった。なぜなら、そこには大きなビジネスチャンスが広がっているからにほかならない。

「ECサービスが今後、国民生活にさらに浸透していくことは間違いありません。それは『モノ』の動きがより活発化することを意味します。とはいえ、すぐに物流現場の業務が完全に自動化されるわけではないでしょう。それならば、マッスルスーツの『力』でこうした物流現場を支える作業員の負担を軽減できる余地は十分にあると考えています」(折原氏)

いわゆる「物流DX(デジタルトランスフォーメーション)」による現場業務の効率化が叫ばれているとはいえ、物流現場における人的な作業が解消することは、現実的に困難と言わざるを得ない。一方で、少子高齢化が急速に進む我が国で人材確保がますます厳しくなるのは目に見えている。業界だけでなく政府までが物流DXの推進に躍起なのは、こうした問題がすでに顕在化しているからだ。

▲「体を痛めて現場業務を離脱せざるを得ない作業員をなくしたい」との使命感こそが、イノフィスが物流に市場を見い出す理由だ

「今後は、物流現場で荷扱いに携わる女性や高齢者がさらに増えてくるでしょう。若手の人材が少なくなるなかで、肉体的な負担を軽くする取り組みは持続可能な社会の創出に欠かせない存在になるでしょう」(折原氏)。こうした時代だからこそ、体を痛めて現場業務を離脱せざるを得ない作業員をなくしたい。イノフィスが物流に市場を見出す理由は、こうした「使命感」に由来するのだ。

物流業界に最適化したマッスルスーツで市場獲得へ、ポイントは「適度なパワー」

物流業界を注視するイノフィスは、物流現場により適したマッスルスーツの開発を強化。こうして生まれたのが「マッスルスーツGS-BACK(ジーエスバック)」だ。

「ことし8月に発売した新製品です。Everyと異なる点は、動作を支援する『パワー』です」(折原氏)。パワフルさが強みであるEveryに対して、GS-BACKでは「物流現場での作業に適した力加減」を実現することにより、重さよりも繰り返しの上下動や歩行に対応したスーツに仕上げた。

▲ことし8月に発売した「マッスルスーツGS-BACK(ジーエスバック)

「『手荷役(てにえき)の、荷を下ろす。』をキャッチコピーに、荷さばきや運搬作業といった手作業の荷役をより軽やかにする仕様が特徴です。『歩く』『しゃがむ』『立ち上がる』といった動作をより自由にすることで腰への負担を軽くします」(折原氏)

倉庫管理や積み込み・積み下ろし、ピッキングなど物流現場における多様な業務に共通する行動を研究した、まさに「物流仕様」を明確化した製品と言えるだろう。

イノフィスが開発する、物流を意識した製品群はこれだけではない。小林氏がマッスルスーツ開発の第一歩を踏み出す契機となった腕の動作を補助する技術を活用して21年に発売した「マッスルスーツGS-ARM(ジーエスアーム)」。腕を上げる作業の支援に特化し、腕を下から支える補助力で重さや疲れを軽減することで、作業に集中できるようにした。「広い稼働域が強みです。様々な作業ツールと併用することにより、メンテナンス業や製造業など多様な場面で活用できるようにしています」(折原氏)

海外展開も加速し業容拡大を推進へ

物流現場における作業負担の軽減を意識した製品群を続々と展開するイノフィス。現場の反応も上々で、今後のさらなる事業展開にも手応えを感じている。今後はドライバー向け製品のラインアップも検討するほか、海外展開も加速。現在は東・東南アジアや欧州など17の国と地域に展開しているが、新たに米国とカナダでも早ければ年内の進出を目指す。

「国内で起きている現場業務を取り巻く問題は、いずれ海外でも顕在化すると考えています。それを見据えるならば、もはや我々の目指す市場はグローバルで広がっているのです」(折原氏)

ただパーツを組み合わせた集合体ではなく、それぞれ求められる要素をすり合わせて最適なバランスを見出すことで初めて完成するというイノフィスのマッスルスーツ。物流現場の抱える最大の懸念材料でもある人手不足への対応を”アシスト”できるか。今後のイノフィスの取り組みから目が離せない。