フード人口減は食品業界にとって避けられぬ現実だ。生産者も中小企業も危機感を抱きながら、海外という選択肢の前で立ち尽くす。規制、言語、販路と壁は高い。何より初期投資の重さが足を縛る。だが、ひとりの起業家が、この硬直した構図に風穴を開けようとしている。
リクルート出身のITエンジニア、加藤慶之氏が2024年に立ち上げたCoxin(コクシン、東京都渋谷区)は「月額10万円から台湾への食品輸出を支援するサービス」を開始した。規制調査・市場調査から現地営業提案、契約事務、輸送手配まで、台湾市場への販路開拓に必要なすべてのプロセスを一気通貫でサポートする。注目すべきは価格の安さだけではない。このビジネスモデルには、業界の垣根を越えて考えるべき、ビジネスの核心が凝縮している。
課題解決の出発点は「自分ごと」から
加藤氏がこの事業を始めたきっかけは、妻の実家が営む茨城の農業だった。祖父母が細々と続ける米作り。高齢化で規模を縮小せざるを得ない現実。「ITエンジニアとして、技術で社会課題を解決したいという思いは常にあった」と加藤氏は語る。それが具体的な形を取ったのは、この「家族の課題」と向き合ったときだった。

▲coxin代表の加藤慶裕之氏。「海外のニーズを引き当て、本当に良いものが正当に評価される構造作りが重要」と語る
加藤氏がまず着目したのは農業の自動化だ。だが、壁は思いのほか厚かった。「日本の農地は区画が小さく、大型機械を入れても採算が合わない。人手でコストを抑えて日本の農業は進化してきた。不用意な自動化はむしろ、コスト増につながる」。既存の解を疑い、彼は視点を変えた。「海外のニーズを引き当て、本当に良いものが正当に評価される構造作りが重要だと考えた」と加藤氏。生産現場ではなく、売り先を変える。縮む国内より、伸びる海外へ。視点を変えた瞬間、道が開けた。
「できない理由」を「できる方法」に変える
「人口減は食品業界の宿命。市場をどう広げるかが、生き残りのすべてだ」と加藤氏。この認識が軸となり、COXINは生まれた。縮む国内を嘆くより、伸びる海外へ。だが、輸出という言葉は簡単でも、実際は規制の迷路、人脈ゼロ、そして「売れる保証なき先行投資」という三重苦が待つ。中小が躊躇するのは当然だ。
「売れるかどうか分からない段階で大きな投資をするのは、初めて輸出する方にとってしんどい。だから、営業提案のテストを10万円だけでできる設計にした」と加藤氏は説明する。「必要かどうか分からない費用を先に払わなくていい。それが10万円という価格設定の意味だ」
「翻訳」ではなく「再創造」という視点
加藤氏が心血を注ぐのが「ブランドストーリー」の構築だ。「輸出品は嗜好品。現地品より高い分、その価値を語る物語が要る」と加藤氏。「味は食べるまで分からない。食べる前は想像が全て。想像力にどれだけ火をつけられるか。そこに財布のひもが緩むかが決まる」

▲サービスのフロー図
「食べてもらえば分かる」という生産者の言い分は分かる。だが加藤氏は「その一口にたどり着くまでが険しい」と苦笑する。台湾の棚に並ぶ日本製品。中身は同じでも、装いを変えれば値札が跳ねる。「見せ方ひとつで財布の紐が緩む」と言う。その現実を目の当たりにし、彼は確信した。
言葉を置き換えるだけでは芸がない。「感覚としての翻訳、現地の方がどういう点に魅力を感じるかを理解して表現することが重要だ」と加藤氏。蟹なら「カニ」の一言で済ませない。日本海のどの海域か、清浄な水質、漁師が磨いた何十年の技。そうした物語を、現地の人々の琴線に触れる言葉で紡ぐ。
「輸出品は現地品より高い。その差額に納得してもらうには、物語が要る」と加藤氏。「良いから高い」「ここだけ」という価値を、どこまで伝えられるか。そこに財布の紐が緩むかが懸かっている。
データ駆動型の継続的改善という視点
加藤氏が語るもう一つの要点は、データの循環だ。「売って、学んで、次を作る。データが循環すれば、利益も循環する」と加藤氏。販売実績は自動で蓄積され、市場の反応が見える。そこから次の一手を練る。作って終わりではなく、売って学ぶ。この回転が止まらない限り、商売は続く。
月額10万円。この価格を支えるのは、IT技術による徹底した効率化だ。「個人が手弁当でやる輸出コンサルはある。だが、会社として仕組みに落とし込んだ例は少ない」と加藤氏。自動化できる部分は機械に任せる。人の手が離れた分、価格は下がり、良品が海を渡る。「ITで仕組み化する」と、加藤氏の発想は明快だ。市場分析、翻訳、規制情報の整理。かつて人海戦術だった作業を、テクノロジーが肩代わりする。

▲同社のホームページから無料で相談できる
ただし、すべてを機械任せにするわけではない。「消費財は生み出し続けることが肝心。そのエンジンになりたい」。規制調査やブランドの骨組みはIT技術で効率化する。一方、現地での営業提案や商談は、豊富な知識と経験を持つ、信頼できる現地パートナーと組むことで実現する。
「最後に残るのは人間にしかできないこと」
加藤氏の武器は、台湾に張り巡らされた人脈だ。「百貨店など大手の棚を、ネットワークなしで開くことは難しい。現地で信頼を積み重ねてきた企業と組んでいる」
「AIが何でもできる時代だが、最後に残るのは人間にしかできないことだ。何を買うかだけでなく、誰から買うか、なぜ買うか。そうした購買理由を、AIやIT技術で強化できるかが重要だ」と加藤氏。目指すのは、単にAIを使うことではない。「お客様の製品の力をいかに倍増させ、市場で戦える状態にするか。その過程で生じるハードルを一緒に乗り越えていく伴走者になることだ」。機械と人間の境界線を見極める眼差しが、そこにある。
加藤氏の眼差しは、食品業界の枠を超える。「日本の良いものが正当に評価される構造を作りたい」。その一言が、縮む国内市場を目の前にして立ち尽くす企業へ、静かに問いを投げかけている。
■「より詳しい情報を知りたい」あるいは「続報を知りたい」場合、下の「もっと知りたい」ボタンを押してください。編集部にてボタンが押された数のみをカウントし、件数の多いものについてはさらに深掘り取材を実施したうえで、詳細記事の掲載を積極的に検討します。
※本記事の関連情報などをお持ちの場合、編集部直通の下記メールアドレスまでご一報いただければ幸いです。弊社では取材源の秘匿を徹底しています。
LOGISTICS TODAY編集部
メール:support@logi-today.com
LOGISTICS TODAYでは、メール会員向けに、朝刊(平日7時)・夕刊(16時)のニュースメールを配信しています。業界の最新動向に加え、物流に関わる方に役立つイベントや注目のサービス情報もお届けします。
ご登録は無料です。確かな情報を、日々の業務にぜひお役立てください。


















