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緊急提言/ワクチン配送「多重下請け」の本質は何か

2022年2月2日 (水)

ロジスティクス新型コロナウイルスワクチンの高齢者への3回目接種が本格化するなかで、ワクチン配送をめぐる「多重下請け」問題が浮上している。ワクチン接種は、都市部での大規模接種センターを除いて地域の医療機関が担っており、地方自治体から受託した民間運送会社が配送している。自治体の多くは、輸送品質の適正化の観点から再委託を認めていないが、運送業界ではこうした多重下請けが公然と行われているケースもあるようだ。

しかし、ここで考えてみたい。ワクチン配送業務に求められる最大の使命は何か。ミスなく配送を完遂するための最適な方法とは何なのか。そして、自治体はどこまで配送業務委託のルールを厳格化すべきなのか。感染症対策として命さえも守るワクチンの配送のあり方について、二つの焦点から検証する。

前提 最大級の配送品質の確保

感染症の予防に用いる医薬品であるワクチンは、極めて厳密な温度管理が必要だ。専用の冷凍庫でマイナス75度前後で保管され、冷蔵した状態で配送される。

厚生労働省は、診療所の立地などの関係で冷凍せずに運ぶ場合は、ワクチン収納容器を政府の指定した保冷バッグに入れて固定したうえで、原則として3時間以内に配送するとの指針を策定している。

(イメージ)

輸送の際に留意すべき事柄は、温度管理だけではない。政府は、振動による品質の低下への懸念から、可能な限り安定した状態での輸送も求めている。通常の荷物とは比較にならない精度が、ワクチン配送業務には要請されていることが分かる。

そんな高精度な配送を担える運送会社は、どの程度存在するのか。一般的に国内の物流企業の輸送品質は、ラストワンマイルの段階においても世界でトップクラスにあるとされるが、「それでも担える事業者は限られる」(大手物流企業)という。

さらに、安全性を確保できる立地や機能面の条件を備えた配送拠点から、確実なスケジュールで配送できる仕組みを整備できる事業者が選ばれる。自治体から事実上の打診を受けて配送業務を受託する事業者も少なくないのはそのためだ。

配送品質の確保。それはワクチン配送の最大の要諦だ。

焦点1 多重下請けは「最適な業務分担」だ

配送品質確保の手段として、多重下請けは必要なのか。この課題については、大きく二つの「解」があるだろう。

一つは、下請けによる適切な業務分担で最適な配送を実現できるとする発想だ。自治体から直接受託した事業者は、失敗の許されない配送業務を一手に引き受けるために相当な準備と陣容が必要なのは、想像に難くない。冷凍冷蔵機能を搭載した倉庫や車両が潤沢にある大手事業者と言えども、「通常業務と並行してのワクチン配送は、綱渡りの状況だった」(大手物流企業)のが実情だ。

具体的には、倉庫のワクチンスペース確保やドライバーの選定、他業務への影響回避のための人材充当など、現場業務のオペレーションで頭を悩ませている課題は多い。慣れないモノを失敗せずに運ぶドライバーの精神面のケアも重要な管理業務だという。

こうした観点で考えると、自治体からの最初の受託事業者が業務を共有する「配送協力会社」の起用は、ワクチンの最適配送を実現するために必要な取り組みと言える。いわゆる丸投げは論外としても、受託事業者の管理下で再委託事業者が業務に携わるのであれば、むしろ負荷平準の意味合いでも現実的な対策ではないか。こうした現場で編み出した課題解決策を、一律にルールで否定するのは、本末転倒な結果をもたらしかねない。

焦点2 多重下請けは「責任の所在を曖昧にする」

下請けとは本来、「個人や企業などが受託した仕事の全部または一部を、さらに引き受けて実施する」ものだ。うまく機能すれば業務を円滑に完遂できるのだが、仕事を任せる際に明確な責任・管理を怠ると、たちまち「丸投げ」となってしまい、結果として自律的で責任ある業務が成り立たなくなる。運送業界など現場業務だけでなく、事務職でも同様のトラブルはしばしばみられる。

(イメージ)

それがワクチン配送業務で起こるとなれば、さすがに見逃すことはできない。しかし、こうした多重下請けの問題の本質は、輸送品質の課題だけでなくトラブル発生を未然に防ぐ観点で論じられるべきだろう。

さらに、残念にも配送事故が生じてしまった場合に最初の防止策を講じるうえで、業務委託の経緯を追跡し課題を検証できることが重要なのだ。「誰の責任かわからない」ようでは、再発防止も覚束ない事態に陥るからだ。

帰結 問題は多重下請けではなく委託時の「責任の共有」だ

多重下請けをめぐる対立する二つの焦点の検証で見えてきたのは、「責任の共有」の有無という命題に行き着く。「多重」そのものが問題なのではなく、たとえ自治体からの一時的な委託であっても、そこに明確な責任の共有がなされなければ、同じ事態が予見されるのだ。

もちろん、下請け階層が多重になればなるほど業務の共有の精度が下がってくるのは必然だとの観点から、未然に禁止するルールを作ってしまうのは、消極的な解決法ではあるが一定の効果があるのかもしれない。

ここで強調したいのは、ワクチン配送における「多重下請け」が問題なのではないということ。多重下請けはあくまで表層の現象なのであり、業務の引き継ぎが透明化され責任の所在が担保されているならば、むしろ業務の最適化にさえつながるのだ。多重下請けを槍玉にあげて、肝心な責任の共有を怠っているのであるならば、それが自治体であれ一時的な受託事業者であれ、命を守るワクチン接種業務の一端を担う立場として、それこそ無責任ではないだろうか。(編集部・清水直樹)