話題創業2か月のスタートアップ同士の出会いから、グレース社長の肉声が響くシリウス拠点での実験、そして100倍以上の事業拡大へ。前編では、シリウスジャパン(東京都中央区)とSTOCKCREW(ストッククルー、同)が二人三脚で歩んだ、常識破りの成長の軌跡を追った。後編では、その急成長を支えたシリウスAMR(自律走行型搬送ロボット)の核心、「アウトオブボックス」コンセプトの真価に迫る。ネット回線すら間に合わない現場で繰り広げられた驚愕のロボット活用術、そして両社が見据える「物流のインフラ化」という壮大な未来とは。
<<【特別対談・前編】STOCKCREWとシリウス両トップが語る躍進の原点
第5章:核心コンセプト「アウトオブボックス」の真意
前編の最後に、STOCKCREWの急成長を支えた秘密が「アウトオブボックス」というコンセプトにあると語られた。シリウスジャパンのグレース社長は、その意味を「PCやスマートフォンのように、専門家でなくても箱から出して誰もが使えるものにする、ということ」と説明する。これは単なる比喩ではない。シリウスのAMRは、その言葉通り、専門知識のないユーザー自身の手で、驚くほど短時間に、そしてシンプルに稼働準備を完結できる仕組みを備えているのだ。

▲シリウスジャパンのグレース社長
まず、AMRを動かす上で不可欠な“倉庫マップ”の作成。これは、AMRを1台、倉庫の通路や棚の間を隅々まで押して歩くだけで、自動的にバーチャル空間上に精緻なマップが生成される。次に、そのマップ上に「一方通行」や「追い越し」、ピッキング待機時の整列といった“交通ルール”を加えていく。これも、複雑なコーディングは一切不要で、マウス操作だけで直感的に設定が完了する。

▲マウス操作だけで倉庫マップにAMRの導線を引き、“交通ルール”を設定できる
さらに驚くべきは、その後のシミュレーション機能だ。実際の出荷データなどを読み込ませ、作成したバーチャル倉庫上で「何台のAMRと何人の作業員を配置すれば最適か」を、ユーザー自身がマウス操作だけで検証できる。本来、専門家が行うような高度な分析が、現場レベルで可能になるのだ。中村社長が対談の中で「(STOCKCREWの)スタッフでもできる」と言い切るのは、この驚異的なシンプルさを指している。

▲AMRの台数と作業員の人数、出荷データを入力すると、バーチャル上でAMRと人の動きが再現され、その出荷効率が数値と動きから見て取れる
そして、物理的な起動も文字通り「アウトオブボックス」だ。AMRが入った段ボール箱から機体を取り出し、棚パーツを差し込んで電源を入れる。あとは、起点となるQRコードの前に運んでいけば、わずか5分ほどでクラウドからのタスクを受信し、自律走行を開始する。まさに、購入したスマートフォンを箱から出して使い始める感覚と同じだ。
この一連のシンプルさが、ビジネス現場で絶大な価値を生む。突発的な出荷増に対し、繁忙期に合わせて手配したロボットを即座に戦力化できる。不確定要素の大きい「人手」とは違い、ロボットの戦力は計算できる上、その増減を現場レベルで迅速にコントロールできるのだ。他社のロボットのように、1台追加するのに数週間、数か月といった設定期間を要するのでは、目まぐるしく変化するECの現場では話にならない。必要な時に、必要な台数を、すぐに。この圧倒的な現場対応力を実現してこそ、初めて「アウトオブボックス」は真価を発揮するのである。

▲慣れた手つきでAMRを設定していくSTOCKCREWの社員
第6章:ChibaDockで証明された驚異の柔軟性
この「アウトオブボックス」の思想と技術は、STOCKCREWの急成長するビジネスの現場で、劇的な形でその力を証明することになる。
その柔軟性を象徴するのが、通信インフラに縛られない導入の手軽さだ。「拠点の拡張速度に、ネット回線の敷設が間に合わないこともあった」(中村社長)。そんな時、STOCKCREWの現場では、なんとポケットWi-FiやスマートフォンのテザリングでAMRを動かしたというから驚きだ。前述の通り、シリウスのAMRは走行中の常時通信を必要としないため、大規模なネットワーク工事を待たずとも、まさに“その日から”稼働を開始できる。この常識破りの導入スピードが、「3日後に、新たに450坪で立ち上げたい」といったSTOCKCREWの要求に対応し、顧客を待たせることなくサービスを提供し続けることを可能にした。中村社長が「拡張する時にロボットの設定が、と言われても僕は全然興味ない。どうせ動くでしょう、と思ってしまう」と言い切るほどの信頼感は、こうした数々の実績から築き上げられてきた。

▲(左)シリウスジャパンのグレース社長(右)STOCKCREWの中村慶彦社長
第7章:人に投資するためのロボット活用術
シリウスAMRの導入は、STOCKCREWに単なる効率化以上の価値をもたらした。それは、「人への投資」という、新たな経営戦略を可能にしたことだ。「ロボットの比率が高まれば、実際に働く人間の絶対数が減っていきます。そうすると、この人一人ひとりに払える予算が増えていく」と中村社長は語る。
そのロジックは明快だ。「ロボットは優秀ですよ。税金も社会保険料もかからないんですから。ロボットが働けば働くほど、本来、人にかかるはずだったそれらの費用を、実際に働いてくださっているパートさんのお給料に還元できる。結果として、当社のセンターは周辺の相場より高い時給単価で運営できています」(中村社長)
高い時給は、従業員の定着率向上につながる。そして、長く働いてもらうことで、ロボットオペレーションへの習熟度も高まり、生産性がさらに向上するという好循環が生まれる。これはまさに、創業時に両社が共鳴した「人間の能力拡張」という思想が、経営レベルで結実した姿と言えるだろう。
第8章:オープンな「物流インフラ」を目指して
対談の最後に、両社は今後の展望を語った。STOCKCREWは、現在の拠点を1万2000坪規模へと拡張し、無人フォークリフトとAMRを連携させ、倉庫の3次元空間利用を最適化していく計画だ。一方のシリウスジャパンは、自社のOSをプラットフォームとしてさらに進化させ、将来的には他社製のロボットやマテハン機器も「アウトオブボックス」のコンセプトに巻き込んでいくことを目指す。
両社の話から見えてくるのは、個社の成功にとどまらない、壮大なビジョンだ。中村社長は、その覚悟を衝撃的な言葉で表現する。
「大手EC事業者は、自社のプラットフォームを強化するために物流機能を持っています。我々がやりたいのは、特定のプラットフォーマーに依存しない、誰もが使えるオープンな物流インフラを作ること。もし、あの世界的な大手EC事業者が自身の物流網を完全にオープンなインフラにする、と宣言したら、我々は次の日に廃業届を出しますよ。我々の存在意義はなくなるわけですから」(中村社長)
その思想は、シリウスジャパンが目指す「ロボットのインフラ化」と強く共鳴する。「アウトオブボックス」から始まった両社の挑戦が、今まさに、物流を誰もが当たり前に使える「インフラ」へと昇華させようとしている。スマートフォンが世界を変えたように、この小さなロボットが、これからの物流の“当たり前”を創っていくのかもしれない。両社の挑戦から、ますます目が離せない。
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