産業・一般「AIは人間の仕事を奪うのか」。物流業界でも繰り返し語られてきた問いだ。しかし今、より本質的に問われているのは、AI(人工知能)そのものではなく、誰が、どの立場で、何を教えるのかという問題ではないか。

▲東京海上ディーアール チーフデジタルオフィサー 大野有生氏
倉庫や輸送の現場では、AIやロボティクスが業務の一部を担い始めている。一方で、導入の方向性や活用のあり方を判断すべき経営層は、十分にAIを語れる状態にあるだろうか。物流×AIの議論は「教育される側」である現場の話に偏りがちだが、実は今、「教育する側」に立つ人材の姿勢こそが問われている。
東京海上ディーアール(東京都千代田区)の大野有生氏(チーフデジタルオフィサー)が発表した論考「AIは人間の仕事を奪うのか? ~過去の産業革命からの洞察によるAIリスキリングのすゝめ~」は、こうした問題意識に対し、感情論ではなく「歴史」という軸から向き合う内容だ。本記事では同論考を紹介しつつ、物流業界への示唆を考える。
なぜ今、「完成品」の保管場所が足りないのか
■歴史が示す「4つのステージ」
大野氏は、過去の産業革命(第1から3次)を振り返り、技術革新が雇用に与える影響には一定のパターンがあると指摘する。
19世紀初頭のラッダイト運動に象徴されるように、新技術の登場は常に「仕事が奪われる」という恐怖を伴ってきた。しかし歴史を振り返ると、技術革新で一時的に特定の職業が消滅しても、生産性向上が新たな需要を生み出し、結果として雇用は拡大してきた。大野氏はこのパターンを「4つのステージ」として整理する。
世界経済フォーラムの推計では、2030年までに1億7000万人の新規雇用が生まれ、9200万が消えるが、差し引き7800万の純増が見込まれる。IT革命期の米国でも、PC・インターネット普及で減少した雇用350万に対し、1900万超の新規雇用が創出された。
注目すべきは、大野氏がAIを「仕事を奪う存在」として単純化せず、企業の競争力を左右する人材戦略の問題として位置付けている点だ。
「教える側」と「教わる側」の二層構造
大野氏は、AI時代のリスキリングを「周辺施策」ではなく「事業戦略そのもの」と位置づける。そして、現場社員を対象としたボトムアップ型の再教育と、経営層を対象としたトップダウン型の再教育という二層構造で捉えている。
■社員に求められる3つの力
発見する力:自分の業務でAIが代替・補完可能なタスクを説明できる
実行する力:日常的にAIと組んで業務を実行できる
見定める力:AIの出力を検証・修正する癖を身につけている
■経営者に求められる姿勢
大野氏は「経営者の再教育で最もギャップが大きい」と指摘する。経営者には、「AI×自社事業」の具体的な絵を描く力、自らAIを使う経験、そしてガバナンス・リスク・倫理を理解した上での判断力が求められる。
「AI時代に強い企業は、トップが『学び直し』を率先し、それを組織の文化に変えていく企業である」──この指摘は重い。現場向けのスキル教育だけでなく、経営層自身が学び直す姿勢がなければ、教育される側と教育する側の間に認識の断絶が生まれる。
物流業界への示唆──CLO義務化を見据えて
大野氏の論考を物流業界の文脈で読み解くと、いくつかの重要な示唆が浮かぶ。
■「代替」ではなく「協働」の視点
24年4月に施行されたドライバーの時間外労働上限規制により、物流業界は深刻な人手不足に直面している。この文脈では、AIや自動化は「人間の仕事を奪う脅威」ではなく、「限られた人的リソースを補完する手段」として捉えるべきだろう。
国内でもMujinやAutoStoreといった自動化ソリューションの導入が進み、倉庫内のピッキングや搬送作業の省人化が実現している。重要なのは、これらが「人の代替」ではなく「人が担うべき業務への集中」を可能にしている点だ。
■CLO義務化と「教える側」の責任
26年に予定される物流統括管理者(CLO)の選任義務化は、この議論と無関係ではない。CLOは単なる調整役ではなく、物流戦略を経営レベルで設計し、社内に浸透させる責任を負う。その役割を果たす上で、AIやデジタル技術を理解し、人材育成と結びつけて語れないことは、大きな制約となりかねない。
AI活用を「現場の工夫」や「IT部門のテーマ」にとどめるのか、それともCLO主導で人材戦略に組み込むのか。AI時代の物流改革は、制度対応と同時に、教育を含めた経営判断の質が問われる段階に入っている。
■中小物流企業の現実
一方で、中小の運送・物流企業では、日々の業務に追われるなかで体系的な教育投資を行う余裕がないのが実態だ。従業員の高齢化や非正規雇用比率の高さという物流業界特有の課題もある。
大野氏が述べる「学ばせるだけでなく、業務に組み込む設計」は、現場の実態に即した形で具体化される必要がある。配車システムやWMS(倉庫管理システム)の操作研修を日常業務の中に組み込むなど、「学び」と「仕事」を切り離さない工夫が求められる。
問われているのは経営の姿勢
大野氏の論考は、「AIが仕事を奪うか否か」という二項対立を超え、歴史的な視座から人材戦略の方向性を示している。
AI導入を現場任せにするのか、それとも経営課題として真正面から向き合うのか。CLOや人事責任者、経営層自身が「何を学ばせるのか」「どこまで理解しているのか」を問われる局面に、物流業界はすでに立たされている。
歴史が示すとおり、変化に適応し続けた者だけが次の時代を担う。物流業界においても、学び続ける企業こそが、持続可能な物流インフラを支える存在となるだろう。
「AIは人間の仕事を奪うのか? ~過去の産業革命からの洞察によるAIリスキリングのすゝめ~」
執筆:大野有生(東京海上ディーアール チーフデジタルオフィサー)
掲載:Tokio dR-EYE(2025年12月12日)
https://www.tokio-dr.jp/publication/report/tokio-dr-eye/2025-07.html
※本記事は大野有生氏の許諾を得て、同氏の論考を紹介するものです。本テーマは17、18日にマイドームおおさか(大阪市中央区)で開かれる「第1回 物流&SCM 変革テックEXPO(LGX 2025)」 内の18日のセミナーでより実践的な観点から深掘りされる予定。
■大野氏登壇セミナー
12月18日(木)10時30分-11時10分
場所: マイドーム D会場(マイドームおおさか)
講演名:物流の“次の当たり前”を形にする生成AI活用戦略と実装ポイント
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講演タイムテーブル(17、18日全講演一覧)
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