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アスクルロジストが「見える化」で物流センターの労働環境を整備

多様な人材が活躍するための「伝わる」現場安全対策

2023年7月3日 (月)

環境・CSR厚生労働省の統計によると、2022年の労働災害による休業4日以上の死傷者数は13万2355人。前年比1769人増と、過去20年で最多を記録した。一方で人手不足の加速に伴い、高齢者や外国人、障がい者など多様な人材の活用が進められている。労働災害の増加と多様な人材の労働力活用に因果関係がないとはいい切れないだろう。

これらの状況を見れば、物流現場においても安全対策の強化は急務といえる。これまでも5S活動(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)やKYT(危険予知訓練)などを安全対策として取り組んでいる現場は多い。しかし、トップダウンの指示により、責任者としては「とりあえずやっている」、スタッフとしては「やらされている」押し付けの取り組みになってはいないだろうか。これからの安全対策は真の意味で現場を巻き込み、誰も置き去りにしない取り組みが求められる。

そうした意味で巻き込み力が高く、参加しやすい安全対策の強化を図っているのが、通販事業を手掛けるアスクルの物流子会社、ASKUL LOGIST(アスクルロジスト)だ。今回取材したアスクルロジストの福岡物流センター(福岡市東区)は320人のスタッフが在籍している。年齢層は幅広く、このうち短時間勤務者が23%、外国人スタッフが10%、障がいのあるスタッフが15%を占め、多様な人材が活躍している。実際に現場を見てみると、言葉の壁や身体・知的能力による差は感じられない。リーダーの役割を担っている方がいるほどだ。

こうした多様な人材の活躍の裏に、誰にでも理解できる安全対策が際立った。

▲ASKUL Logi PARK福岡(アスクルロジスト福岡物流センター)

自動翻訳機能がついた動画マニュアルの活用

動画マニュアルを活用した安全教育の標準化はそのひとつだ。特に雇入れ時教育は人からの伝達では内容に差異が生じ、「教えた」「教わっていない」のトラブルにもなりやすい。口頭説明の代わりに辞書のように分厚い紙のマニュアルを新規スタッフに渡しても習得が難しいのが現実だ。どの企業でも感じる課題をアスクルロジストも抱え、動画マニュアル「tebiki」(テビキ)を導入した。

アスクルロジスト福岡物流センターの冨永善博氏は、動画マニュアルを活用した安全対策について次のように話す。「工程ごとに順を追って動画を確認できるため、教育の標準化が確立できている。教育者によって内容に差が生まれてしまうことがない。また、従来は会議室での解説が難しかったマテハン機器の取り扱いなども視覚的に説明できるようになった」。

▲福岡物流センターの冨永善博氏(左)、センター統括の新原雄大氏(右)

同センター統括の新原雄大氏は言葉をつなぐ。「特に大きく変化がみられたのは、外国籍スタッフの方の学習内容の定着度だ」。

▲字幕翻訳の設定画面(クリックで拡大)

tebikiの動画マニュアルには、自動翻訳機能がついている。日本語の文章、音声のいずれも多言語に字幕翻訳が可能だ。

「福岡物流センターには、ネパール、中国、バングラディッシュ…さまざまな国籍の方がいらっしゃる。これまで雇入れ時教育のあとに、外国籍スタッフの方に日本語で『わかりましたか?』と確認しても、うなずくばかりで、いざ現場に出るとルールが理解されていないこともあった。そこで動画マニュアルと字幕翻訳機能を活用することにした。これにより、再度説明する機会が減り、新しいスタッフ一人ひとりに教育スタッフがついて回る必要もなくなった。今では『ここの翻訳がわかりづらい』と外国籍スタッフの方が教えてくれる光景もみられます」(新原氏)

動画の作成は、長尺だったものを短尺にしたり、部分的に口頭説明を加えたりと、飽きさせない工夫に試行錯誤を繰り返しているという。スマートフォンで作業工程を撮影する際に、いつもより動きが機敏になる方もいて、それもまたいい影響だと思っている。コミュニケーションにもつながっている」と新原氏は笑顔を見せた。こうして楽しく、かつ自然に安全教育に参加することも現場の士気を高めるうえで有効だろう。

▲KYT(危険予知訓練)の様子

動画マニュアル「tebiki」の活用の取り組みは社内で評価が高く、先行した数拠点の事例をもとに、今では同社すべての拠点で取り入れられているという。KYTの安全対策でも写真より動画の方が理解しやすいと重宝されている。

「転倒」への対策は個別運動指導も

労災事故の型別として一番多いのは「転倒」だ。年齢が上がるほど、転倒事故のリスクは増す。2022年の厚生労働省調査で、20-24歳では転倒事故が872件だったのに対し、60-64歳では5859件と6倍以上の発生件数を報告している。安全対策として重点的に取り組めば、効果が出やすい項目だろう。

▲福岡物流センターが作成した構内のハザードマップ(クリックで拡大)

アスクルロジストの「転倒防止プロジェクト」では、準備体操や5S徹底による動線の確保、転倒リスクに対するハザードマップの作成・改善といった基本的対策のほか、リスクを体感できる取り組みを行っている。

▲個別運動指導の様子

それが専門家からの個別運動指導だ。「過去に転倒経験がある人」「チェックシートの診断で転倒リスクが高いと判断された人」「希望者」を対象に状態測定とアドバイスが行われる。

状態測定は、ボディバランスなどの分析結果をもとにウィークポイントを「見える化」するものだ。従業員は、それをもとに、からだを動かしながら専門家の指導を受ける。アスクルロジストでは、半年から1年後に再度状態測定をして、改善状況も把握する。

普段の生活では、なかなか知りえないからだの状態を知り、仕事を通じて改善できる。転倒リスクに不安が出始める世代にとって、自主的に参加してみたくなる取り組みといえるだろう。

ゲーム感覚、見せる化で楽しむ安全対策

見せる化を通じて、安全対策を楽しめる工夫も福岡物流センター内の随所で見られる。

掲示物や看板を用いた見える化は珍しくないと感じる方もいるだろう。同社が行っているのは、「見える化」ならぬ「見せる化」だ。見える化したところで、スタッフが興味を持って自分ごととして落とし込める状態でなければ意味がない。

しっかりと伝えるために、まず足を止めて注目させ、そして楽しく知識を吸収してもらおう、という意識が強い。

▲福岡物流センターの「見せる」掲示板の例

自然と目につく光る掲示板や、ルーレットやピンボールなどゲームに触れながら安全対策を意識できる掲示、改善に対して投票を行うトーナメント戦など、枠にとらわれない発想で参加型の安全対策が施されている。見る側をワクワクさせる取り組みであることはもちろん、掲示の作り手も楽しんで携わっている雰囲気が伝わる。これらの掲示は安全巡視の結果や改善内容を周知する目的で、スタッフが小規模チームを組み、持ち回りで行っている。

安全対策の鍵は誰にでも伝わるわかりやすさ

これらの安全対策を全体統括として、まとめあげてきた人物がいる。5月まで福岡物流センターの副センター長を務めていた坂井博基氏だ。現在は経営本部人事総務部人材開発課課長の職務についている。坂井氏に同社の安全対策に対する基本方針を聞いた。

▲経営本部人事総務部人材開発課課長の坂井博基氏

「労働安全衛生法にもとづいた行動が重要だと考えている。リスクアセスメントの対策をしっかり行う手段として、『危険源をなくす』『作業方法を変える』などが挙げられる。その中で必要になるのが、マニュアルの整備とKYTだ。福岡物流センターでいえば、外国籍の方や障がいのある方も多いため、わかりやすさを重視して取り組んでいる」(坂井氏)

▲動画マニュアルを用いて作業工程を確認する様子

同社は今後の取り組みとして、自動倉庫などのマテハン機器にエラーが発生した際の対応マニュアルの作成にも動画マニュアル「tebiki」を活用していくという。

労働災害の要因は「転倒」のほか「腰痛などの動作の反動、無理な動作」「転落」「機械などによるはさまれ・巻き込まれ」などが原因として挙げられる。物流現場とは切っても切れない関係にあるだろう。

7月5日にTebiki社とLOGISTICS TODAYが共催するオンラインイベントでは、アスクルロジストの坂井氏が登壇し、ここでは書ききれなかった安全対策への取り組みと動画マニュアルの活用方法を解説する。安全対策が正しく伝わっているか、改めて見直すよい機会になるはずだ。(文/田中なお)

「変化に立ち向かうASKUL LOGISTの挑戦」
日時:2023年7月5日(水)13時~14時30分
会場:オンライン(Zoomウェビナー)
定員:1000人
参加費:無料
詳細・申込:https://tebiki.jp/event/20230705