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【第3回】運送業を席巻するスモールM&A最前線

失敗事例から見るM&Aの「ここがポイント!」

2023年11月24日 (金)

M&A物流業界のM&Aスペシャリスト、山本夢人氏のインタビュー第3回。今回は、コンサル界でも高い成約率を誇る山本氏が体験した失敗事例を伺い、企業譲渡の現場で重要になるファクターを腑分けしていく。

赤澤(以下A):山本さんと言えば物流関係のM&Aコンサルタントとしては第一人者といっていい方。年間最大17件の案件をまとめたこともあるとのことですが、最近はどのくらいの案件を扱われているんでしょうか?

山本(以下Y):最近は年に5~10件程度ですね。

A:山本さんが扱われる案件だと、成功率はどの程度になるんですか?

Y:50~60件扱って80%くらい。

A:一般に、M&Aの成功率はそのくらいの割合なんでしょうか。

Y:公開されている企業IR情報などを見ていただけるとわかりますが、成約率は一般に50%切ってるというのが実情です。

A:自分の会社をなんとかして売りたいと思っても半分も成功しないというのは、これはとても不幸なことでしょう。譲渡できないと悲劇的なことも起こりえるわけですから。経営者が自分の会社を売るという決断をすることは、従業員にとっても重大事。経営者が意を決して社員に譲渡を伝えれば、従業員は不安を感じるだろうし、腹をくくらないといけない部分もある。みんなが大きなストレスにさらされてつらい思いをしても、失敗したら悲劇が待っている。できれば100%のM&Aが成功してほしいものです。うまく譲渡できるようにするには、やはりミスマッチを無くすのが重要なのでは?

Y:スタート時点で大事にするべきことは、譲渡したい時に相手がいそうなのかどうかを確認すること。それから価格は適正かどうかよく検討すること。値付けが間違っていると相手が見つからなくなってしまいます。

A:1991年の規制緩和で運送会社は4万から6万社に増えました。24年問題の到来とともに、日本中で合従連衡が起き、M&Aがたくさん行われるかと思います。しかし、実例を聞いてみないとなかなかピンとこない部分もあるので、リアルな失敗例を知りたいですね。

Y:ではいくつかお話ししたいと思います。ただ、どの失敗事例も、事前の対策を怠らなければいずれも防げることではあるんです。やるべきことを順序だってやればM&Aはうまく行きます。

A:ちゃんと準備をすれば必ず譲渡できるといういことですか?成功率50%を下回るのが現状ですが、それを山本さんのように80%まで持っていくというのは非現実的ではないということですか?

Y:そうです。なぜそういう結果になったのかをしっかり分析することが重要です。

失敗事例1件目

①必要な手順を省いてしまったせいでトラブルになった例

Y:ではまず1件目の案件をご紹介します。この案件は、譲り受ける側が焦ってしまったという例です。譲り受け側の事業規模は30億、譲渡側3億ぐらいというケースです。

A:このくらいの事業規模は、譲渡したいケースが多そうですね。

Y:はい。そしてまた、譲り受け側もあまりM&Aの経験がないことも多いです。このケースでも、知り合いのつてで事業承継をしたことがあったくらいでした。なので、どちらもM&Aの手順をよく分かってなかったんですね。その結果、買収監査を省略して話を進めてしまいました。買収監査は成約の一歩前にある手順で、最終確認資料を互いに自分の目で見て確認しあいます。最後は両者の直接契約になるので、本人同士がそれぞれ確認する必要があるわけです。

ところが、譲り受け側の社長が譲渡を急いで、この手順を省いてしまった。なぜかというと、この譲り受ける会社に担当させる仕事をすでに決めてきてしまっていたので、早く譲渡を終わらせてしまいたかった。

買収監査は会計士や弁護士を介して行うので、費用としては数百万円程度かかります。しかし、同じ運送会社だし、ざっとした資料を見ればどういう状態かはわかる、お金もそんなに掛けたくないし時間もないからということで、監査を行わず話を進めてしまった。

A:履行されるか確かめないで進めてしまったんですね。

Y:決算書などは渡していたので、それだけ見れば判断できると言うわけです。

A:そう思えるような内容だったというのもあるんでしょう。山本さんもそれでいけると判断した。

Y:その時はそう思ってしまった。

A:なのにつまずいた。

Y:契約して決済前引き継ぎの話をしていくわけですが、そのタイミングで一人の従業員が離反、つまり会社を辞めると言い出しました。自分の会社がよそに売られるということで、やる気を無くしてしまったんです。こうなると一人従業員が減ってしまうわけですが、それはどちらの責任になるのかという話になります。譲り受け側はもうその会社の仕事を取ってきてしまっているので辞めてほしくない。譲渡側は「従業員に対する譲り受け側企業の態度がよくなかったのでは?」という。

A:相手のせいにしたくなりますよね。

Y:買収監査では財務、労務などビジネス的な面のことのほか、従業員一人一人についても話を聞いていきます。従業員もそれぞれ事情や背景が違いますし、相手の性格次第で、伝え方も変えざるを得ない。しかし、買収監査を省いてしまったため、この辺りがおろそかになってしまっていたのがよくなかった。

A:従業員についてのヒアリングもするんですね。

Y:はい、従業員の人となりについても一人一人聞いていきます。売主側からすれば「買収監査で確認しなかったのが悪い」となりますし、買う側からすると「いやいやその辺はちゃんと教えてくださいよ」となり、責任の所在があやふやになってしまったわけです。税務、財務の問題も、買収監査をすれば、それまで見えていなかった車庫飛ばしが明らかになったりと言うこともあります。

A:後で瑕疵が見つかっても、買収監査していれば「なぜその時にいわなかったのか」といえる、ということですね。

Y:なので、買収監査しないと、後々もめる原因になってしまいます。

A:この場合、どっちが悪いんでしょうね。手を抜いてしまった譲り受け側がよくないようにも見えますが、譲渡側も成約しないと制困るんですよね。最終的には、お互いに誠実さが足りなかったということですかね。

Y:それが大きいですね。

A:ビジネス契約もそうだけど、相互の誠実さが過剰なくらい求められそうですね。

Y:杓子定規な、合理的な話だけで進められないのがM&Aですね。

A:このケースはどうやって収まったんでしょうか。

Y:結局、譲り受け側が人手を出して穴埋めをして解決という形になりました。従業員が一人辞めてしまいましたが、破談までは行きませんでした。しかし、M&Aでは成約することが成功ではなく、トラブルなく事業承継がおこなわれ、新たな経営が始まるというのが成功。なので、これはやはり失敗事例なんです。

A:なんとかなったとはいえ、後味が悪いですね。

Y:これから一緒にやっていこうという仲間なのに、本当にもったいないことですよね。

A:辞めてしまった譲渡側企業のドライバーも、必要なプロセスを踏んでもらえなかったというような気持ちになってしまいますね。このケースは、裁判だとどっちが勝つんでしょうか?

Y:なんともいえませんね。裁判となると当事者間の話になるので、私たちは関われませんし。

A:ともあれ、不幸な事例ですね。買収監査を省略したばっかりに、長いプロセスのゴール直前でのトラブル。掛けてきた時間もコストも失われる。M&Aは慎重かつ誠実に取り組まないといけないですね。この事例からはどんな教訓を得ましたか?

Y:必要な手順を飛ばしていいことはないってことですね。必要なプロセスを飛ばしてしまうと、ほとんどの場合トラブルになっています。

A:お話を聞いていると、第三者が介在することの大切さも感じますね。

失敗事例2件目

②譲渡側への謙虚さを忘れてしまった事例

●トップ面談時に譲り受け側が上から目線の態度、言動

●買収監査時に重箱をつつくような質疑

→いずれも譲渡側の気持ちが萎え、破談に

●従業員説明会での杓子定規な言動や説明

●従業員の士気の低下、場合によっては退職へ

●情報漏洩

→グループ会社役員への開示から取引再帰に知れ渡り、漏洩して破談へ

Y:二つ目の事例は、武闘派と言いますか、イケイケな社長にありがちな事例です。譲り受け側企業の経営者は、事業をやってきて成功体験も多く、腕一本で会社を経営して自信がある。そのために、譲渡側にいろんなことを強いてしまったという例です。

A:物流関係にいる方なら容易に想像できる社長像ですね。このケースは両者どのくらいの規模感でしたか?

Y:譲渡側が年商2億、譲り受け側が30億くらいの感じです。

A:そのくらいの規模はドライバーが確保しにくい感じがしますね。

Y:お互いに経営課題のある規模感ですね。

A:破談になる理由が上から目線というのがすごいですね。「買ってやる」みたいな態度だったんでしょうか。

Y:まさにそんな感じです。それが態度に出ちゃってた。

A:譲り受け側でそういう態度を取る人は、少なくないんでしょうか?

Y:結構いますね。トップ面談の時に「経営者なのになんでそんなこともやってないんですか」というようなことをいってしまったり。でも、譲渡側もここまでプライド持って経営をしてきていますからね。

A:譲渡側に説教してしまったり。

Y:譲渡側にしてみれば良い条件であっても、そういう物言いをする会社に自分らの従業員を預けられない、となってしまいます。一緒にはやれない、と。そのあたりは金額の問題ではないんですね。

A:事実かどうかという問題ではない。

Y:このケースでは、経営に対する必死さについて突っ込んでました。譲渡側は赤字で債務超過していたんですが、トップ面談で譲り受け側社長が「もし私があなたなら365日働く」と言うわけです。

A:譲渡側を責め立てちゃった。もちろん、経営者の態度としては正しいんでしょうけど、そういう場で言ってしまうのはいかがなものか。

Y:経営に思いがあってやっているというのはわかるんですが、それをここで言う?という感じですね。

A:その場で今までの経営スタイルを責めてもしょうがないですよね。

Y:このケースの場合、譲渡側のオーナーさんはM&Aの後もそのまま残って働いていくつもりだったので、攻められているように感じて居心地の悪さを感じてしまったんです。

A:山本さんはその場に居合わせたんですか?

Y:いました。聞いててもう気が気じゃなくて、すぐ休憩タイムにしました。これはダメだと思いまして。で、譲り受け側の社長を陰に連れて行って、「あんな言い方したらダメですよ」と釘を刺しました。

A:でもけっきょく駄目だった。

Y:譲渡側はもうすっかり気が萎えて、もう挽回できませんでした。一方、譲り受け側はうまく行くと思ってました。それどころか「言ってやった」くらいの感じで(笑)

A:それは不幸な話ですね。

Y:時には買収監査の時にお願いする弁護士が、この手の話を始めることもあったり。

A:当人たちはちゃんとわきまえているのに、第三者がやらかしてしまう。

Y:譲渡側が年商5億、譲り受け側70~80億というケースでそういったことがありました。

A:弁護士選びも、法律知識だけでなく、誠実な態度でいてくれるのかどうかも大事ですね。

Y:このあたりは、弁護士にどういう形で依頼するかによるのかな、という気がします。何も言わなければ、基本的にはクライアントサイドに立って立ち居振る舞ったり、四角四面に法律の話をしてしまうのも無理はない部分もあります。M&Aをうまくまとめることを考えて「あなたの会社には問題があるけれど、時間掛けて直していけば依頼主(譲り受け側オーナー)も納得してくれる」と言えるかどうかが腕の見せ所という感じでしょうか。

A:プロセスが先に進めば進むほど失敗が取り返しがつかなくなりそうですね。譲渡側で、一番気合いを入れないといけないのはどんな部分でしょうか?

Y:譲渡側は(企業)概要書・企業価値算定が一番重要です。これは大体40~50ページくらいの資料になり、読めば企業の姿がわかるような内容にまとめます。従業員一人一人の性格などについても、概要書の時点でヒアリングする。これをしっかり作り込んで、後になって言った言わない、認識してないなどがないようにする

A:40~50ページの会社の履歴書には、ドライバーの性格などにも書かれているいて、エビデンスになるんですね。譲り受け側にとって大事なのはどんなところでしょうか?

Y:相手のオーナーさんと接するトップ面談、基本合意、買収監査などですね。これら対面でのやり取りだと、資料に出ない感情的な要素が入り込んでくるので、気合いを入れて臨むようにお願いしています。

A:誠実さなども伝えていかないといけませんよね。両者が相思相愛になれるかのポイントはほかにもあるんですよね?

Y:まだまだありますね。

A:こういった、注意すべきポイントがたくさんある。それを全く知らないで相対でM&Aを行うというのはやはり怖いので、コンサルタントという第三者に入ってもらってアドバイスを受けるのは双方にとって大事なことに思えます。成否を分ける要素とも言えるんじゃないでしょうか。

物流業界ではM&A事例が増えて拡大していますが、今後の運送業のM&Aはどうなるのかにとても興味があります。24年問題まですぐですが、それを境にしてさらに加速する可能性があるのではないでしょうか。直近のマーケットの動向について、山本さんはどう見ていますか?

Y:M&Aについての問い合わせはとても増えています。2~3年前に比べると4~5倍に増えています。以前が月に10件だったのが、今は月に30~40件になってきています。

A:数が増えると同時に、コロナを経て未曾有の人手不足が到来しています。そうなるとロボットの導入など、やりたくなくても状況に迫られてやらざるを得ない。譲渡側、譲渡される側いずれも、相手に求める選択肢、条件も変質しているのではないでしょうか?値段だけではないのではないか。判断のポイントも変わるのではないかという気がしています。

Y:2024年4月前後は中間拠点を増やしたりといったことを、M&Aで解決していく。でも、その後は拠点があるだけでは駄目で、3PLができるとかの得意分野がないと生き残れないんじゃないでしょうか。

A:その通りだと思う反面、中小零細が多い運送業で、ロボットや自動化ソリューションを導入したりといった経営戦略をとれるんでしょうか?できないなら、どうすればいいのか?このあたりが運送M&Aを変質させていく要因のような気がしています。

Y:実はこうした変化はすでに、調剤薬局業界で起きつつあります。薬局であっても薬を出すだけでは駄目で、ロボット導入やIT化も求められています。求められている薬局像も変わってきていて、今時点では、地域の連携に関わっている薬局が評価されています。逆に、病院の横にあって薬を売るだけという薬局は評価が下がるルールになっています。薬局がその地域にどんな付加価値を付けているのかを官庁が評価するので、イベントをやったりしているところもあります。そういうことをしないと稼げないシステムに変えるという通達が、2年に1回出されています。

A:運送業だと、その時点での経営や過去の経営でもなく、財務諸表に出ないものが価値を持つというのと似ていますね。

Y:なので、今はどういう潮流になっているのかを注視しないといけません。

A:以前は路線会社(特別積み合わせ貨物運送事業)が物流の上位だったのが3PLに取って代わられました。しかしその3PLも荷主から丸投げされた仕事を、さらに下請けにといったことをやっていて配車機能を十分に発揮できていない。であれば、今後また業界の構造変化が起きるのではないか。そのきっかけが24年問題になるんじゃなかろうか。だとすれば目前に迫ってる業界再編はどうなるんでしょうか。

Y:過去に日本の多くの産業で業界再編というのが起こっていて、実は私も研究していたことがありました。なので、何かお伝えすることができるものはあると思います。

A:業界内での業態の変化などもあるかと思いますので、そのあたり、次回またお話をお聞かせください。

【第2回】運送業を席巻するスモールM&A最前線

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【第1回】「迫る24年問題、変容する運送M&A」

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