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走り続ける風雲児/松岡弘晃氏-フジホールディングス社長【TOP VISION vol.1】

フジHD松岡氏「失うものはないと開き直り攻勢に」

2021年9月21日 (火)

話題大型トラックによる都市間幹線輸送で業績を急拡大させている富士運輸(奈良市、フジホールディングスの中核事業子会社)。創業家の養子として育ち、2代目社長として27歳で専務として入社した松岡弘晃社長は、31歳で社長に就任すると、地場配送に従事していた保有トラック数十台を既存取引から引き上げ、収益力の低さが課題視されていた幹線輸送にあえて参入して業容を急拡大させるという離れ業をやってのけ、業界に衝撃を与えた。いまや、全国ネットワーク構築をほぼ手中に収めるまでに成長させた「業界の風雲児」の来し方と戦略には、決して譲れない「決意」があった。(編集部・清水直樹)

ビジネスは「100」か「ゼロ」

松岡には、絶対に変えたくない持論がある。「受注する仕事は100%、ウチの会社でやらせてもらうこと」。複数の会社で仕事を分け合うことはしない。それが富士運輸のスタイルだ。

——「単独受注」にこだわる理由は何か。

松岡 「富士運輸にしか担えない仕事」にこだわるからだ。例えば、医薬品や精密機器、各種冷凍品をはじめとする細かい温度管理を必要とする荷物の輸送について、富士運輸は温度管理だけでなく振動軽減にも対応できる専用車両を導入して、圧倒的な差別化を図っている。他社と仕事を分け合うことになれば、会社間で異なる車両や業務ノウハウの調整をせねばならず、結果として顧客ニーズに的確に対応した仕事につながらない。

——発注者からどうしても複数体制を求められたらどう判断するのか。

松岡 受注しないで断る、それだけだ。富士運輸の方針は、事前に発注企業にも明確に伝えている。「ウチで100%させていただきます、それでなければやりません」ということ。逆に言えば、仕事だけでなく責任も一手に引き受けるわけだから、プレッシャーもある。それが、いい仕事をしようとする使命感にもつながる。格好良く言えば、「プレッシャーをパワーに変える」ということかな。

——富士運輸だけでやり切る、失敗しない自信の源泉は何か。

松岡 富士運輸には、荷物の輸送という仕事をやり切ることのできる「全国ネットワーク」「従業員」「車両」をそろえている。富士運輸を中核とするフジホールディングスグループは、108拠点17社を抱える企業体だ。2700人の従業員が、2370台の車両を運用しながらビジネスを展開している。しかも、それそれが付加価値を常に追求しながら業務に当たっている。それを実現できるだけの機能を備えた車両ラインアップも整えている。そこに富士運輸の圧倒的な強みがある。

ゼロ「以下」からの出発

1997年当時の社屋(フジホールディングス提供)

国内を代表する幹線輸送企業として全国に名をとどろかせる富士運輸。しかし、松岡が足を踏み入れた四半世紀前の富士運輸は、まさに混乱の最中にあった。それは、松岡が「戦争」と形容するほどに熾烈(しれつ)なものだった。

しかし、この労働争議は富士運輸に革新の機会という思わぬ副産物をもたらし、その後の急成長の礎となっていく。運命は実に皮肉なものである。

——27歳で富士運輸に呼び戻された。

松岡 危機に陥っていた会社の立て直しを求められた。ちょうど、会社は地場の運送会社から、幹線輸送を主軸とする長距離輸送に舵を切る転機を迎えていた。業務量が激増し、昔からのドライバーの不満は頂点に達していた。彼らが奈良県内の産業別労働組合に入会する形で、労使交渉が始まると、その矢面に私が立つことになった。いわゆるプロの活動家も参入し、労働争議の様相となった。組合の一方的な要求が激しさを増すなかで、嫌気がさして退職する熟練ドライバーも相次ぎ、まさに事業継続を脅かされる事態になっていった。

——労働争議にどう対峙(たいじ)したのか。

若き日の松岡氏

松岡 こちらも意を決した。大切なトラックを安値で売却するしかないところまで追い込まれ、もう失うものはないと開き直って攻勢に出た。感情で訴えても無理なら理詰めで相手の逃げ道をふさいでいく。組合側は法廷闘争に方針を転換し始めたが、こちらも負けていられない。組合活動に疑問を抱き始めた従業員が、徐々に会社の考え方に共感し出すようになると、労働争議は一気に収束に向かった。入社して5年、2001年に社長に就任するまで、長い闘いだった。

(フジホールディングス提供)

——労使交渉を収束に導いた秘策は何か。

松岡 従業員が働きやすい職場作りに取り組んだ。結局のところ、組合を作って労働争議を行うということは、従業員が職場に不満を持っているからだ。それならば、不満を少しでも無くす努力をすることが、最終的な解決につながり会社を継続させていく最善の方法ではないかと考えた。決して、従業員におもねるわけではなく、会社を訴える要素そのものをなくしていく取り組みだ。つまり、一連の労働争議は会社を変革させるきっかけにもなったわけだ。それが今の富士運輸を作る源泉になったとも言えるだろう。

一匹狼の「オンリーワン戦略」

労働争議が収束した富士運輸のエネルギーは、幹線輸送を軸としたビジネスモデルの確立に向けた業容拡大に注がれていく。いわば「第二の創業」ともいうべき松岡の社長就任後の20年間は、地場運送会社からロジスティクス企業グループへの変革の歴史である。

——事業拡大に向けて本格的に動き出した。

松岡 決して簡単に進んだわけではなかった。中部国際空港や日本郵政公社(現日本郵政グループ)との業務を始めるまでには、さまざまな障壁があった。富士運輸は、既存の運送業界では新参者扱いだった。そもそも、幹線輸送を強化して奈良から全国へ事業を展開する動機の一つには、地場で富士運輸を排斥する動きが顕在化したことがある。既存の風習な縄張りを打破するには、何としても参入したいとの強い意志と突破力が必要だ。幸い、富士運輸にはこうした気概を持つ従業員が多く、労働争議を経験して社内の結束が強くなっていた側面もあったかもしれない。

——中部国際空港での荷物取扱事業への参画は、意外なところでチャンスを得たそうだが。

松岡 中部国際空港の運営会社の社長が、トヨタ自動車の元役員だった。当時、地元で権勢を振るっていたある地場の運送会社が、富士運輸の参画を妨げる動きをしていた。いわゆる嫌がらせだ。排他的な地域の運送業界の縄張りに困っていた私は、あるきっかけでその社長が奈良県出身であることを知った。同郷のよしみではないが、力になってもらいたい一心で直談判に臨み、話をつけていただいた。こうした政治的な動き方も、既成観念を打破するには必要な武器になるということだ。

——オンリーワン戦略の象徴が、富士運輸の商売道具であるトラックだ。

松岡 幹線輸送で他社と差別化を図るうえで、顧客ニーズにこまめに対応できるトラックの整備は不可欠だ。例えば、「スーパーマルチトラック」は、荷物の取り扱い方法に応じて別の車両を用意する業界の常識を覆す取り組みだ。さまざまな種類の荷物を混載することで、顧客を選ばない効率的な車両の提供を実現するほか、空車地から積載地までの最短経路での回送が可能となり、結果として輸送効率を飛躍的に高められる。ドライバー仮眠ベッドの設置や、専用の軽量パーツの採用による燃費向上など、労務面や環境面でのメリットも大きい車両だ。こうした業務全般に及ぶ効果を出すためにも、車両の機能向上は富士運輸の使命であると考えている。

全国ネットワーク完成へ

オンリーワン戦略の集大成とも言えるのが、全国ネットワークの構築だ。全国40を超える都府県に拠点を整備。北海道と沖縄を除いたほぼ全域をカバーできる幹線輸送体制を整えた。有効的なM&A(企業の合併・買収)を含めた、グループネットワークは、富士運輸の強みである中長距離の都市間輸送、主に大手企業を中心とした郵便や航空貨物から精密部品、医薬品、家具、飲料、冷凍食品などと幅広い商材を一手に担う輸送サービスを展開する強固な基盤となっている。

——ことしも富士運輸のグループメンバーが増えた。

松岡 関東トラック整備(埼玉県三芳町)と北陸トランスポート(富山県射水市)、サンコー運輸(和歌山県岩出市)、日向商運(宮崎県日向市)の4社が、新たにグループネットワークに入った。富士運輸の新規出店などを加えると、ことしだけで27拠点増加したことになる。幹線輸送にとって不可欠なのは、全国各地に拠点を置くことだ。それにより双方向の都市間輸送を実現でき、全国を舞台とした輸送網が整うことになる。こうした拠点網を効率的な業務運営につなげるのが、自社構築の基幹システムだ。全拠点の請求・売上管理、支店・便別採算確認など、多様なチェック機能を一括できる。こうしたDX(デジタルトランスフォーメーション)化が進んではじめて、ネットワークがうまく機能することになる。

——事業拡大を続ける一方で、富士運輸が受託しない業務を明確化している。

松岡 まず、超大型倉庫は建てない。倉庫のビジネスモデルは、もはや今後の物流事業に即していないと考えるからだ。経営多角化もしない。飲食や介護など、本業を脱却したポートフォリオの拡大を是とする企業もあるが、富士運輸はできる仕事を一括して受託するスタイルを貫くことで、収益を最大化できると考えるからだ。3PLや通信販売、海外ビジネスも考えていない。

——将来の成長を担う従業員の確保についても、富士運輸は差別化を進めている。

現在の富士運輸本社(奈良市)

松岡 明確なのは「ビジョンのない会社に人は来ない」ということ。人が来なければ成長もない。当社は2025年に3000台、30年に4000台、そして35年に全国200事業所体制で5000台のトラックを擁する日本一の大型幹線輸送グループ「幹線輸送のロジスティクス・プロバイダー」を目指すビジョンを掲げている。具体的な方向性をウェブサイトやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で公表することにより、「富士運輸で物流の仕事がしたい」との意思を強く持ってもらえるし、従業員も自身の業務の位置付けも明確になる。ユーチューブやティックトック(モバイル端末向けショートビデオプラットフォーム)を活用した番組提供も、少しでもトラックドライバーの仕事を身近に感じてほしいとの思いを込めた仕掛けだ。

■取材を終えて

とにかくアグレッシブだ。新しい仕掛けを常に考えている。地場運送会社から幹線輸送に打って出た「風雲児」は、まさに業界の「第一人者」の座を得るために着実に走り続けている。

飾り気のない気さくな人柄を「天性のコミュニケーション力の持ち主」と称する向きもある。しかし、その柔和な目の奥に歴然と鎮座する鋭い眼差しは、相手の本心を見抜く研ぎ澄まされた強い洞察力を映し出す。

フジホールディングスの2021年6月期のグループ売上高は413億円。しかしこれは通過点でしかない。企業の輸送ニーズの多様化・高度化は、幹線輸送ビジネスにさらに高い地平を期待する。百戦錬磨の交渉術は、今後の激変を続けるであろう物流業界で異色の変革を遂げていくだろう。決して平準化しないその発想と実行力。あくまでも「風雲児」であり続ける覚悟なのだろう。(編集部・清水直樹)