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農産物流通効率化を阻む、荷主意識と情報共有の壁

2025年9月30日 (火)

ロジスティクスNX総合研究所(東京都千代田区)の試算によれば、何の対策もしなければ2030年には輸送力が30%不足するとされる農産物。農産物は、天候の影響で質・量ともに不安定になりやすいが、物流においても効率化、標準化が進んでおらず、勘と経験が頼りになっている。まだまだ解決すべき課題が多い農産物物流について、全国で調査、実証実験を行い事情に詳しい、流通経済研究所(同)の吉間めぐみ上席研究員に、現状と今後の展望を聞いた。

九州で始まった共同配送の試み

▲流通経済研究所農業・地域振興部門長兼沖縄営業所長、吉間めぐみ上席研究員

2019年頃から九州各地で共同配送の実証が進められた。背景にあったのは、産地から東京まで5-6か所に分散して荷下ろしを行う非効率な輸送構造である。吉間氏は現地で情報を集約し、実際にトラックの後ろをレンタカーで追走する形で調査を実施。収穫から積み込み、深夜の休憩、翌朝の荷下ろしまで同行することで、ドライバーの拘束実態を把握した。

働き方改革関連法に基づく「4時間走行ごとに30分の休憩」や速度規制が課されるなか、制約下での長距離輸送の困難さは一層際立った。こうした調査を経て、共同配送の導入に向けた合意形成が模索されたが、現場の抵抗は根強い。

「ベタ積み」文化と高齢化の現実

九州、東北の一部の地域などではパレット化が進んでおらず、依然として「ベタ積み」輸送が主流である。ドライバーが荷を一つひとつ手積み・手降ろしする、労力集約的なやり方だ。支えているのは60-70代のベテラン運転者。吉間氏は「業務ストレスも高く、新しい人材が入ってきていない。10年先には人材の空白期が訪れる可能性がある」と警鐘を鳴らす。

こうしたなか、柑橘類の輸送をパレット化し、効率化を推進。柑橘選果場の整備を機に11型パレットに合ったシステムを導入するJA熊本市のような動きもある。JA熊本市では併せてパレタイズをロボット化するなどの効率化、省人化を推進。また、特に農産物では同じ産地でも段ボール箱のサイズが異なることがあるが、11型パレットにぴったり載せられるようサイズの統一を図った。こうした取り組みにより、荷役作業の時間短縮と作業負荷軽減を実現。荷待ち時間も短縮されたという。

▲11型パレットに無駄なく積みつけられたJA熊本市の段ボール(出所:国土交通省)

しかし一方で、九州や東北の一部の地域のように、効率化がなかなか進まない地域もある。そういった地域で特に問題なのが共同配送が進まないことだ。吉間氏によると「共同配送で一方の荷物が集約されると、もう一方の車両が空いてしまう。代替の荷物があるかどうかで、共同配送に本腰が入るかどうかに差が出る」のだという。農業以外にも産業がある地域では農産物以外の貨物があるが、農業が主たる産業である地域では農産物以外の荷物を探すのが容易ではない。そのため、「1台減らす=事業喪失」に直結するため、共同配送への反発が強い。吉間氏は「共同配送は物流効率化のための有効な手段の一つだが、万能解ではない」と強調する。

モーダルシフトへの転換は各地で進んできており、宮崎県では神戸へのフェリー路線があり、ドライバーが船内で休息できることから重宝されており、2024年問題への対応策として一定の成果を見せている。ただしフェリー運賃は陸送より高いことから、宮崎から消費地である関西や関東行きの際活用されることが多いが、復路では陸路が多いと聞く。また吉間氏によれば、「定時定量で出荷が可能となる畜産物流では以前から利用は多いが、24年問題をきっかけにやっと青果物での利用は進んできている」というのが実情だ。

花き物流の特殊性と中継拠点化

花きは農産物の中でも特異な物流特性を持つ。少量多品種・特殊包装に加え、バケツ輸送や長尺品など規格外荷姿が多いため、パレット化が難しい。こうしたなか、新潟県はチューリップを対象に基準箱を導入し、産地からの統一規格出荷を試みるなど、パレット化・効率化の動きを始めた。

また、花き物流は基本的に「大田市場や大阪、名古屋などの大規模市場に一極集中」しており、産地から集荷した花が一旦これら中央市場に集まってから再分配されるという構造。そのため、新潟から仙台に花を送る場合でも、いったん東京・大田市場を経由してから仙台に回送されるといった「遠回り」の物流が常態化しており、日本海側や地方市場へ直行する仕組みは弱いのが実情だ。この集中構造はリスク要因ともなっている。災害などで大田市場が機能不全に陥ると花の流通が止まる懸念があるため、近年は新潟や仙台といった中継拠点の整備が模索されている。吉間氏は「花きは特に中継拠点機能が必要で、集荷・分散を繰り返す仕組みづくりが不可欠」と指摘する。

特殊な事情を持つ花卉流通だが、産地から市場まで流通データが共有されており、オンラインでの競りなどデジタル化が最も進んでいるのがこの分野。吉間氏は「農水産物で産地から消費者まで一貫したデータ管理を目指すとしたら、最も早く実現するのが花き流通だろう」との予測を語った。

情報共有が鍵

課題解決には「情報の透明化」が不可欠だと吉間氏は言う。現在も電話やファクスで荷物情報をやり取りする地域が多く、積載率の最適化は進まない。最低限「いつどの地域からどの方面へどれぐらい荷が向かうのか」程度の情報を開示できれば、共同配送や混載の可能性は広がる。

ただし物流事業者の間には派閥や競争意識も根強く、「他社に情報を渡したくない」という心理が障壁になるばかりか、荷主も競合他社にどこへいくらで出荷しているという情報を知られたくない、という状況がある。吉間氏は「競争領域と協調領域を切り分け、信頼できるネットワークの中で情報を共有することが、持続可能な物流の前提条件だ」と語る。

荷主の意識改革と情報共有の欠如が課題

農産物流通の効率化は単一の手段で解決できるものではない。共同配送、フェリーやモーダルシフト、規格統一、中継拠点化、そして輸出。いずれも部分的には有効だが、根底にあるのは「荷主の意識」と「情報共有の欠如」である。

吉間氏は最後に「課題は山積しているが、解決の糸口は現場の知恵と情報のつなぎ方にある。競争と協調を切り分け、プラットフォームを介して物流資源を共有できれば、農産物流通は持続可能な仕組みに近づく」と結んだ。(土屋悟)

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