ロジスティクス物流業界はいま、改正された物流法対応の最終局面を迎えている。荷待ち・荷役時間削減、積載効率向上、さらにはCLO(物流統括管理者)設置など、現場の課題は山積だ。
だが、その陰で静かに進んでいるもう一つの制度改正を、どれほどの物流関係者が認識しているだろうか。それが2026年度から本格稼働する予定の「GX-ETS」(グリーントランスフォーメーション排出量取引制度)である。
これは、一定規模以上の事業者に温室効果ガス(GHG)排出量の上限を設け、余剰・不足分を排出枠(クレジット)として売買できる仕組みだ。欧州などで先行してきた排出量取引が、いよいよ日本でも制度として本格化する。これまで、企業の自主的な参加を呼びかけていた「第1フェーズ」から、取り組みが義務化される「第2フェーズ」へ移行し、割り当てられた排出枠を超過した場合、企業は市場で追加の排出枠を購入する案が示されている。さらに、排出枠の提出義務を履行しない場合、違反の態様や程度に応じて、罰則や課徴金が科される可能性もあるという。

当面は、経済産業省の主導でカーボンニュートラル(CN)実現と経済社会システム変革を目指す産官学連携「GXリーグ」下の取り組みとして、直接の対象となるのは製造業やエネルギー多消費産業の数百社程度に絞られる。しかし、物流業界も“他人事”ではない。電力価格や燃料費への影響、そして取引先からのGHG排出データ要求など、間接的な波及は確実に広がる。遠い世界の義務化というより、自分ごととして「炭素に値札がつく社会」への転換点と捉えるべきだ。
こうした動きに備える上で欠かせないのが、排出量の算定・可視化を支える仕組みである。精度の高いデータがなければ、削減実績をクレジットとして認証することもできない。“可視化”こそが、“価値化”への前提条件であり、今後のGX=グリーントランスフォーメーション戦略の出発点になる。
“守り”から“攻め”、価値創造のフェーズへ
これまで多くの荷主企業、物流事業者が排出量の可視化に取り組んできた背景には、「地球温暖化対策の推進に関する法律」(温対法)や、取引先企業からの要請への対応という“守り”の側面も大きかったのではないだろうか。まだ経営上の価値に結びつける“攻め”の効果を実感できる状況にはなく、環境取り組みに投資する意義は認めつつも「報われない」との思いを抱えたままでは、持続性のある事業活動として不安も残る。
GX-ETS制度は、その目的を理解していなければ、ただ対応企業の負担増加にばかり目がいくことだろう。しかし、GX-ETSの導入により、その努力が「環境価値」として市場で評価されるフェーズに入るということ、カーボンクレジットを活用したCN社会の実現、環境価値を創出する市場の確立のために必要な過程であるということを見過ごしてはいけない。
環境対策が“報われる”時代へ、まずはカーボンクレジットの理解を
カーボンクレジットは、CO2排出削減や吸収量を「価値化」し、取引できる仕組みである。日本では「J-クレジット」「JCMクレジット」により、省エネ設備導入や再エネ活用などで生まれた削減量を認証・販売できる。企業が“排出量を減らす”だけでなく、“削減努力そのものを経済価値に変える”手段として、その積極的な活用を検証すべき局面を迎えている。
中小事業者にも、実はクレジット創出の“宝の山”が眠っている。
照明のLED化、空調の最適制御、空きスペースでの太陽光発電などの取り組みは、単なるコスト削減策ではなく、削減実績としてクレジット化できるポテンシャルを秘めている。そのポテンシャルを生かすにはまず、カーボンクレジット自体への理解を深めておくことが必要なのはいうまでもない。
これまで「環境対策はコストがかかるだけ」と考えられてきた。カーボンクレジットの検証も、今は関係ないと後回しにしているのではないか。コストが報われる仕組みが現実味を帯びてきたことで、環境対策をただの負担から新たな価値創出へと攻めに転換する時代が来る。その第一歩に必要なのが、カーボンクレジットの理解と活用なのである。
見える化、そして価値化へ、GX時代の戦略構築を
GX-ETS制度では、クレジットを排出枠のオフセット(埋め合わせ)として活用できる仕組みが検討されており、その利用に上限を設ける方向で議論が進んでいる。上限を設けることは、特定の大企業が市場を独占することを防ぎ、より多くの事業者がカーボン市場に参加できる環境を整える狙いでもある。クレジットは特別な企業だけのものではない。削減量を可視化し、証憑化できる仕組みを持つ企業こそが、次の市場ルールの主役となる。
物流企業が自社で削減活動を証明できるようになれば、荷主企業のサプライチェーン全体のCO2削減に直接貢献できる。それはすなわち、「カーボン・バリュー・チェーン」の一部としての存在価値を高めることにほかならない。
単なる下請けではなく、「環境価値を提供するパートナー」として選ばれる時代が来る。
脱炭素まで手が回らないという企業は多いだろう。だが、物流法の改正が「人と働き方」の再設計ならば、環境取り組みは「エネルギーと環境価値」の再設計である。これからの物流経営を支える両輪として、いずれも蔑ろにすることはできない。今から少しずつ、まずは見える化、次に価値化の準備を進めておくことが、制度が拡大した際の「差」になる。CLO(物流統括管理者)の誕生と並行して、物流業界にとって“環境を経営の中心に置く時代”の幕も開いたのである。
炭素をコストではなく、新たな事業価値創出の経営資源として捉え直す発想の転換こそ、GX時代の物流業界が問われているテーマなのである。(大津鉄也)
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