
記事のなかから多くの読者が「もっと知りたい」とした話題を掘り下げる「インサイト」。今回は「コクヨ、物流現場の「空き資源」活用へ産学連携」(10月10日掲載)をピックアップしました。LOGISTICS TODAY編集部では今後も読者参加型の編集体制を強化・拡充してまいります。引き続き、読者の皆さまのご協力をお願いします。(編集部)
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産業・一般物流業界が今、深刻な人材不足に直面している。だが、問題の本丸は採用難ではない。そもそも学生たちの就職先候補リストに、物流という選択肢が載っていない現実だ。人気ランキングの圏外どころか、「視界にすら入っていないのではないか」との声も漏れる。就活戦線の圏外に追いやられたこの状況こそが、業界を蝕む根深い病巣なのかもしれない。
「コクヨに新卒で入社してくる若者たちは物流について、ほぼ知らない。残念ながら、物流を希望する者は皆無に近い」と語るのはコクヨグループの物流部門を担うコクヨサプライロジスティクスの若林智樹社長だ。国内有数の文具・オフィス家具メーカーのコクヨには、毎年多くの優秀な新卒社員が入社する。誰もが知る文具メーカーとしての華やかなイメージ、商品企画やマーケティングといったキラキラした仕事への憧れ。期待を胸に、新卒社員たちはコクヨの門をくぐる。

▲コクヨサプライロジスティクスの若林智樹社長
ところが、ふたを開けてみれば、配属先は倉庫や配送センターだったとしたら──カウネットをはじめとしたビジネスサプライ事業を展開する同社では、物流部門への配属も当然ある。
「物流現場への配属で新人たちはやめちゃうんじゃないの」と人事部門から10年ほど前にこう言われた時、若林氏は強い衝撃を受けた。華やかなキャリア形成を夢見ていた彼らにとって、青天の霹靂(へきれき)なのは想像に難くない。理想と現実のギャップに打ちのめされた優秀な人材が、早々に会社を去る憂き目も皆無ではない。こうしたすれ違いの悲劇が、物流業界の人材難の要因として見え隠れする。
「物流でずっとやってきた者としては、悔しいという言葉では足りない」と若林氏は語る。この声には、30年超を物流の現場に捧げてきた者だけが知る、忸怩(じくじ)たる思いが滲んでいた。
30年超の物流キャリアが生んだ使命感
若林氏がコクヨの門を叩いたのは1991年。バブルの余韻がまだ残る時代だ。配属されたのは物流管理部企画課。当時も今と変わらぬ人手不足に陥っていた。「人が足りないのなら機械で補おう」という発想で、機械工学科出身の若林氏は文具倉庫へのハイテク設備導入という、物流近代化の旗振り役を任されることになった。
98年頃、文具流通の変革という業界再編の波が起こった。それまでコクヨは、専門卸という中間業者を通じて全国の文具店に商品を流していた。ところが、プラスグループが満を持して投入した通販サービス「アスクル」が登場する。中間業者を飛び越えて直接顧客に届ける新たなサービスは、コクヨの牙城を根底から揺るがす衝撃だった。
若林氏はこの時期、系列卸との物流統合プロジェクトに参画。さらに2001年には、コクヨが通販事業カウネットを立ち上げる際、その物流部門の立ち上げに関わることになった。通販物流の基盤整備を主導し、現在では売上高836億円規模の通販事業を支える物流体制を構築した。
21年、若林氏は物流子会社であるコクヨサプライロジスティクスの社長に就任。最新技術導入を伴う拠点再構築に着手した。30年以上にわたり物流一筋で歩んできた若林氏は、ある時、自らの立ち位置を見つめ直したという。
社内という閉じた世界で完結することへの違和感。
それは長年現場を知り尽くした者だけが感じ取れる、静かな問いかけだった。コクヨという一企業の物流担当者という肩書きを越えて考える必要性を感じるようになった。物流という生業に人生を捧げてきた身として、業界全体の地位向上に乗り出す覚悟を決めた。「物流イメージ向上の一助となる」──この旗印を掲げ、社内外の垣根を越えて行動を起こし始めた。
千葉商科大学との出会いが開いた新たな扉
21年、若林氏と千葉商科大学の大下剛准教授の出会いが、産学連携という新たな一手を生むきっかけとなる。ただし、このプロジェクトは企業説明会でもなければ、倉庫内を案内するだけの見学会でもない。学生たちに実際の物流課題を投げかけ、頭をひねり、考えてもらうゼミ形式を採用した。
「小さい集団に対して何回か接点を持つ。課題を与えてゼミとしてその課題に取り組むという工程を含むなかで、理解というのは間違いなく深まる」と若林氏は語る。1対100の一方的な講義形式では学生の反応が薄い。しかし、少人数で議論を重ねることで、物流への理解の深まりを実感したという。座って話を聞くだけでは、学生の心には何も残らない。自分に関わる問題として頭を使ってこそ、物流という仕事の奥深さが見えてくる。若林氏はそう確信した。

▲産学連携で物流を学ぶ千葉商科大学の学生たち(出所:コクヨ)
この取り組みは着実に広がりを見せている。千葉商科大学での5年間の実績を基に、24年には近畿大学、25年には名古屋学院大学と久留米大学へと展開。全国4大学での連携体制を構築した。
「キラキラ」したイメージとの戦い
とはいえ、学生の心をつかむのは一筋縄ではいかない。流通経済大学で教壇に立つ若林氏が学生に就職希望を尋ねても、返ってくるのは「システム系」「データ分析」「マーケティング」といった華やかな職種ばかり。追い打ちをかけるように、24年問題をはじめ、過酷な労働環境や人手不足といった物流業界の厳しい現実ばかりが、就職を控えた学生たちの耳に届く。
ネガティブな情報ばかりが一人歩きしている」と、若林氏は業界全体の情報発信のあり方に強い危機感を抱く。華やかな業界の陰で、縁の下の力持ちとして経済を支える物流の真の姿が学生たちに見えていない。この情報の偏りこそが、優秀な人材を遠ざける元凶かもしれない。
だが、ここに来て風向きが変わってきた。「学生は我々が思うほど、物流に対してそこまでネガティブな印象を持っていない」と若林氏は言う。単なる運ぶ仕事だと思っていた物流が、実は戦略を練り、データを読み解き、システムを駆使する知的な作業だったと気づく学生もいないわけではない。「物流にはさまざまな仕事があると分かれば、これなら自分にもできそうだ、むしろやってみたいと思える分野が見つかるかもしれない」と話す若林氏の言葉には、長年の苦労が報われる予感が滲んでいた。
学問としての物流の確立が急務
さらに若林氏が歯がゆい思いを抱えているのが、日本で物流が「学問」として正面から扱われる機会が少ない現実だ。「欧米にはロジスティクスの学部が普通にある。お隣の韓国だって複数の大学で学べる環境に整っている。日本では教育体系の中に居場所がまだ少ない」。この学問としての不在こそが、学生たちが物流を進路候補にすら入れない根本原因かもしれない。若林氏の指摘は、あらためてその重要性を考えさせる視点でもある。

▲千葉商科大学の学生たちは物流現場の最前線を実際に見て学んだ(出所:コクヨ)
国土交通省は物流業界を所管し、物流学会とも連携している。未来の物流を担う人材を育てるという観点では、教育を管轄する文部科学省との連携が重要と若林氏は見ている。「国交省が物流業界をしっかり管轄しているのだから、文科省ともっと連携を深めていく」必要性を強調する。経済学部の中に物流学科を設置する。法学部に物流法の学科を作る。様々な学部で物流に触れる機会を増やすことで、学生たちの選択肢に物流が入ってくる可能性が高まるのではないか。そんな声もある。
自社のためではなく、業界全体に貢献
こうした若林氏の取り組みは自社の利益という狭い視界から完全に脱却しているのが特色だ。コクヨの看板は掲げず、「物流業界そのものを見てほしい」という思いで動いている。つまり、自社の人材確保とは無縁の、純粋な業界貢献だ。
「一人で頑張るより、同じ志を持つ仲間を増やしたい」との思いから、名古屋学院大学では取引先企業を巻き込んだ三者連携を実現。さらには化粧品ブランドの物流担当者にも声をかけるなど、業種の壁を軽々と飛び越える。まさに孤高の戦いではなく、仲間を募る旗振り役に徹している。
有名ブランドの看板を背負った企業を仲間に引き入れる取り組みにも熱心だ。誰もが知る化粧品メーカーやファッションブランドの裏側で、実は物流部門が縁の下の力持ちとして活躍している。その事実を知るだけで、学生たちの物流に対する見方は「あのブランドを支える、実はかっこいい仕事」へと変わる可能性が高い。若林氏はこのイメージの逆転劇こそが、業界全体の底上げにつながると見ている。
成果の可視化と今後の展望
もちろん、課題もある。成果を数字で示せていないのだ。若林氏は千葉商科大学の大下剛准教授に学生の変化を数値として可視化できないか、また研究テーマとしての検討をお願いしている。例えば「100人中5人しか物流に興味を持たなかったのが、最近では20人になった」といった数字があれば、説得力は段違いだ。また、物流現場で20年以上働き続けるベテランたちの誇りある姿をメディアに取り上げてもらい、ネガティブな話ばかりでない物流の真の姿を世に知らしめたいという思いもある。
若林氏の理想は明快だ。「就職の希望職種ランキングで物流が上位に食い込む。これが私の夢だ」。物流が若者の憧れの職業になる日を信じて、今日も地道な活動を続けている。
物流の未来を変えるために
物流はAIに丸ごと取って代わられる心配が少ない、人間の出番が残る業界だ。しかも、汗だくで荷物を運ぶだけが仕事ではない。生産計画を練る頭脳戦あり、ロボットの面倒を見る技術職ありと多彩な顔を持つ。SDGsが叫ばれる昨今、サプライチェーンの要として物流が果たす役割はもはや無視できない重みを持つ。
コクヨの産学連携プロジェクトは、まだ産声を上げたばかり。だが、1社の枠に収まらず業界の明日を見据えたこの試みは、物流業界が抱える人材不足という根深い悩みに対する、一筋の光明になるかもしれない。若林氏の胸に秘めた「このままではいけない」という思いが火種となり、やがて業界全体を覆う、大きな変革の波へと育っていく。そんな予感がする。(星裕一郎)
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