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M&A、新法、10年後の経営と人材採用──トップランナーの本音が交錯

西濃田口社長らトップ激論「トラック運送の未来」

2025年11月9日 (日)

イベントトラボックス(東京都渋谷区)の設立25周年を記念し、11月8日に大手町三井ホールで開催された特別セミナー「トラック運送業界の未来」では、業界をけん引するトップランナーによるパネルディスカッションが行われた。登壇したのは、セイノーホールディングスの田口義隆社長、国土交通省の鶴田浩久総合政策局長、フジトランスポート(奈良市)の松岡弘晃社長という、日本の物流を動かすキーパーソン3氏。モデレーターは、この日をもってトラボックス会長を退任する吉岡泰一郎氏と、LOGISTICS TODAYの赤澤裕介社長兼編集長が務め、M&A戦略からトラック新法の本質、10年後を見据えた経営戦略、そして人材採用に至るまで、忖度のない本音の議論が90分間にわたり繰り広げられた。

M&A戦略、西濃田口氏「シナジー」フジ松岡氏「実践と失敗」

最初のテーマは「M&A戦略」。まず口火を切った西濃の田口氏は、資本提携において重視するのは「比較優位」と「シナジー」の2点だと強調。西武運輸との統合では「面の強化」「拠点の統合」「路線の効率化」という物理的なシナジーが生まれたとし、最近の三菱電機ロジスティクスのグループ化については、「工場内の在庫管理ノウハウ」を獲得し、サプライチェーン全体の価値提供を目指す戦略的M&Aであったと説明した。

▲セイノーホールディングスの田口義隆社長

一方、年商4億円からM&Aを重ねて798億円まで事業を拡大したフジトランスポートの松岡氏は、より実践的な持論を展開。2007年のJALカーゴサービス事業譲受を皮切りに、現在では「月1社ペース」でM&Aを進めていると明かし、「シナジー効果のある会社しか買わない」と言い切る。特に、大型トラックによる長距離輸送という自社の中核事業とかけ離れた事業内容の会社は対象外だとした。

さらに、「買収後は給料体系から就業規則まで、一気に(フジトランスポートの)文化に変えてしまう。中途半端に引きずると必ずどこかでもめる」と、統合プロセスの要諦を語った。また、赤澤編集長から「手痛い失敗例」を問われると、「事業譲渡した元社長が裏でお金を出し、別会社を作って従業員と仕事を引き抜いていったケースが過去に何社かあった」と衝撃の事実を告白。「決算書を全部信じちゃだめ。嘘はわかるようになる」と、M&Aのリアルな実態を赤裸々に語り、会場の注目を集めた。

▲フジトランスポートの松岡弘晃社長

トラック新法、「原価割れ事業者は退出を」 鶴田局長が踏み込む

議論が熱を帯びるなか、モデレーターの赤澤編集長が、業界の喫緊の課題である「トラック新法」の5つのポイント(事業許可更新制、適正原価、下請け次数制限、白トラ対策、ドライバー処遇改善)を解説。これを受け、国交省の鶴田局長が補足に立った。鶴田氏は、米国の禁酒法を例に、厳しすぎるルールも、緩すぎるルールも意味がないとし、「適正原価」の在り方について踏み込んだ。

「一回ごとの運送で原価割れすることはあり得る。だが、一定期間をトータルして、ちゃんとした人件費も払えないような事業は続けていただくわけにいかない」と強調。さらに、「合理的な価格形成を阻害する、あまりにもあり得ない低い価格で仕事を取る人には、もう出て行っていただくしかない」と述べ、新法が単なる努力目標ではなく、業界の構造改革を本気で促すものであると強く訴えた。

▲国土交通省の鶴田浩久総合政策局長

10年後への備え、「知恵と逆算」「徹底した内製化」

人口減少が加速する「10年後」にどう備えるか。この問いに対し、田口氏は「知恵を集めること」と「バックキャスト(逆算)」の2点を挙げた。「知恵を集めれば、成功事例が必ず見つかる。そして、今の延長線上ではない未来から逆算し、AI(人工知能)のような新しい道具をどんどん使うべき」と、オープンな連携とDX(デジタルトランスフォーメーション)の重要性を説いた。

松岡氏は徹底した「内製化」によるコスト削減と生産性向上の具体策を提示。自社給油所を設置して燃料費を月3%削減、高速道路会社との直接契約によるETC割引、整備の内製化による工賃・部品代の圧縮など、利益の源泉を自社の手の内に入れる経営努力を詳述。さらに「トラックのマルチ化」を進め、1台のトラックで航空貨物、飲料、郵便など多様な仕事に対応できるようにすることで、「ドライバーの労働生産性が上がり、給料を上げることができる」と、独自の経営哲学を披露した。

人材採用の鍵は「理念」と「SNS」

最後のテーマは「社員の採用・教育」。田口氏は「会社を発展させて従業員を幸せにする」という創業者理念を掲げ、「人間尊重」の経営を貫いていると語る。また、都市対抗野球への出場などを通じ、「コミュニケーション」「プライド」「バリュー(価値観の共有)」という3要素から成る「一体感」を醸成していると述べた。

松岡氏は、この半年で407人を整備士やドライバーとして採用した実績を挙げ、その鍵が「SNSの活用」にあると明かす。Facebook(フェイスブック)やX、TikTok(ティックトック)などを駆使し、認知度を向上。さらに、特筆すべき例として「YouTuber(ユーチューバー)ドライバー」の公認を挙げた。「(YouTube活動を)副業として認め、就業規則を変えた。そしたら、他社でYouTubeを禁止されて辞めたドライバーがうちに入ってくるようになった。公認ユーチューバーの活動によって、会社の認知度が上がり、ドライバーの採用につながっている」と、時代に合わせた柔軟な採用戦略を語り、会場を驚かせた。

セッションの最後、各登壇者は「譲れない思い」を語った。赤澤編集長は「ドライバー中心の物流を明確にしていく」。松岡氏は「お客様より従業員を大切にする。従業員を守れない仕事は受けない」。鶴田局長は「頑張っている人が報われる社会に。未来は変えられる」。そして田口氏は「人間尊重と挑戦。仲間とコミュニケーションをとり、世の中の役に立つ挑戦を続けたい」。

立場の異なるトップランナーたちの言葉は、時にぶつかり合い、時に共鳴しながら、会場に集まった500人の聴衆に「トラック運送業界の未来」を真剣に考える重い問いと、確かな熱量を残して幕を閉じた。(特別取材班/鶴岡、林、福崎)

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