
記事のなかから多くの読者が「もっと知りたい」とした話題を掘り下げる「インサイト」。今回は「台東区で観光回遊促進、新鋭4社が地域共創PJ」(2025年11月5日掲載)をピックアップしました。LOGISTICS TODAY編集部では今後も読者参加型の編集体制を強化・拡充してまいります。引き続き、読者の皆さまのご協力をお願いします。(編集部)
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話題いま、日本の観光地は「キャリーケース」という思わぬ難敵に手を焼いている。
京都の市バスは大型の荷物を抱えた旅行者で溢れ、浅草の仲見世通りではキャリーケースのゴロゴロという音が途切れることがない。2025年、訪日外国人客数は初めて4000万人を突破した。その一方で、地域住民の生活道路は旅行者に占拠され、特定の観光スポットだけが極度な混雑に見舞われる「オーバーツーリズム」という現象が起きている。これはもはやマナーや道徳の話ではない。目に見える「交通と物流の目詰まり」という、極めて物理的な問題として私たちの目の前に立ち現れている。

(出所:波屋)
そんななか、逆転の発想で勝負に出たのが「MACHI HOP PROJECT」だ。スタートアップ支援会社「波屋」(東京都目黒区)が音頭を取り、複数のスタートアップと手を組んで立ち上げた試みだ。宿泊税や入場規制など、オーバーツーリズムの解消に向けて議論が続く中、彼らが打ち出したのは「人を動かすなら、まず荷物を動かす」という至ってシンプルな原則だった。発起人で波屋の菅原拓実社長は「オーバーツーリズムの正体は、観光客が特定の場所にたまってしまう『一極集中』にある。その集中を生む張本人こそ、彼らが引きずり回している手荷物」と指摘する。キャリーケースが、街の風景を支配しているというのだ。
「荷物」という見えない鎖
観光客はなぜ、浅草寺や清水寺、京都駅周辺といった「点」にばかり吸い寄せられるのか。菅原氏らが足で稼いだ調査が導き出した答えは「荷物があるから、動けない」と明快だった。大型のキャリーケースを引きずる旅行者は、無意識に自らの行動半径を狭めている。石畳が続く風情ある路地、砂利が敷かれた古社、階段を上った先にある隠れた名店、エレベーターなど望むべくもない雑居ビルの粋なバー。こうした場所はいずれも、荷物を抱えていては立入禁止も同然だ。行き着く先は舗装の行き届いた大通り、もしくは駅に直結した有名スポットにとどまるしかないのだ。
「例えば京都では、大混雑する清水寺からわずか数百メートル離れた場所に豊国神社があるが、そこは静寂に包まれている。素晴らしい歴史的背景があるのに、だ。荷物という足かせが外れれば、観光客はこうした面のエリアへ滲み出すことができる。物流の力で手ぶらになれば、物理的に行ける場所の選択肢が劇的に広がる」(菅原氏)

▲MACHI HOP PROJECTの発起人で波屋の菅原拓実社長(出所:波屋)
この仮説を立証するかのように、台東区で実施した実証実験では、手ぶらになった外国人留学生が「普段なら行かないディープな居酒屋や、知られていない神社に行けた」と笑顔を見せたという。荷物を預けるという行為一つが彼らの動線を「点」から「面」へと書き換えたのだ。
スタートアップ連合で行動変容を描く
同プロジェクトの特筆すべき点は、単一の企業によるサービスではなく、課題解決のための「連合軍」を形成している点にある。配送を担う「Airporter」(エアポーター)、世界最大級の手荷物預かりサービス「Bounce」(バウンス)、魅力的な飲食店を可視化する「SASSY」(サッシー)、そしてガイドと即時マッチングする「Hello.Guide」(ハローガイド)。物流と情報のスタートアップが手を組むことで、「荷物を手放させ(物流)、その空いた手でスマートフォンを見させ、新たな魅力へ誘導する(情報)」という一連の行動変容をデザインしている。

▲MACHI HOPの利用方法(出所:波屋)
とりわけ目を引くのが、世界4000都市で荷物預かりネットワークを展開する「Bounce」の仕掛けだ。街のカラオケ店、着物レンタル店、化粧品店といった既存店舗の片隅を「荷物預かり所」に仕立て上げる。「そこが観光客との接点になる。荷物を預けに来た外国人が、ふと目にとまった商品を手に取り、そのまま店のサービスを試してみる。地域の商店街にとっては思わぬ顧客との出会いが生まれ、経済の血流が巡り始める」(菅原氏)。荷物を預けるという行為を、街の経済循環を促す起点にさせるというのだ。
物流は「裏方」から「観光のデザイナー」へ
だが、菅原氏の構想は「荷物の一時預かり」という枠に収まらない。彼が本気で実現を目指すのは物流企業がけん引する「動的なネットワーク」の構築である。荷物が人より先回りして目的地へ届く。いまだ実現していないこの仕組みこそが、観光客の行動を根底から変え、街の風景を塗り替える鍵になると見ているのだ。
現行の多くのサービスには盲点がある。預けた荷物を取りに戻る、という一点だ。つまり、旅の終わりは必ず「荷物を預けた場所」へと収束する。菅原氏は「取りに戻る限り、本当の意味での自由とは呼べない」と看破する。真の回遊性とは、荷物が旅行者の一歩先を行き、次なる宿や空港で待ち構えている状態を指す。そうなって初めて、観光客は街を縦横無尽に闊歩(かっぽ)できるというのだ。

▲浅草以外の名所、見どころがわかる地図を渡し、観光客の回遊を狙う(出所:波屋)
菅原氏が課題として挙げたのが、関西国際空港での「空白の時間」だ。「関空発のフライトが夕方の場合、朝10時にホテルをチェックアウトした観光客は、巨大な荷物を抱えて行き場を失い、早々に空港へ移動して数時間を無為に過ごすケースが多いという。もし、ホテルから空港へ荷物だけ先に送れていたら、その数時間で空港手前の岸和田エリアを観光し、泉佐野漁協青空市場などの魚市場を楽しめたはず。物流が機能せず、地域は巨大な経済機会を損失している」(菅原氏)
ここで重要になるのが、既存の大手物流企業の力だ。菅原氏は「物流企業はもっと、この領域に参入してほしい」と熱望する。「観光における物流は単なる『輸送』ではない。観光体験の質を左右する高付加価値なサービスになり得る。荷物を円滑に移送する物流網を敷ければ、観光客はもっと日本を楽しめ、市民生活との摩擦も減る。物流こそが、観光のあり方を再設計できるポジションにいる」(菅原氏)
「箱」を運ぶのではなく「体験」を創る
菅原氏の構想は、さらに一歩踏み込んでいる。例えば、ホテルで捨てられたスーツケースの山。日本で新品を買い、古いものは置き去りにして帰る旅行者は少なくない。これを物流企業と手を組んで回収、中に菓子や土産を詰めて「福袋」に仕立て、空港で手渡す。捨てられるはずだった荷物が、旅の最後に粋な演出へと化ける。廃棄物が土産物に転じる、この妙案が実を結べば、旅の幕引きに粋な余韻が添えられることになる。
「一極集中を避けるために、交通インフラや宿泊施設の分散が議論されるが、最も即効性があり、かつ経済効果が高いのは荷物の物流を変えることだ。物流企業の方々と一緒にソリューションを考えれば、もっと本質的で面白いことができるはずだ」(菅原氏)
オーバーツーリズム対策といえば、どうしても「マナー啓発」や「入場規制」といった精神論や制限論になりがちだ。しかし、このプロジェクトが提示するのは、物流というインフラを用いた物理的・工学的なアプローチなのだ。荷物が流れれば、人が流れる。人が流れれば、街が潤う。物流はもはや、モノを運ぶだけの裏方ではない。日本の観光立国としての持続可能性を支える、メインストリームのプレーヤーとして期待されているのだ。(星裕一朗)
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