ロジスティクス欧州で進む物流デジタル化の波が、日本に届こうとしている。その震源地にいるのが、ドイツの非営利財団OLF(オープン・ロジスティクス・ファンデーション、ドイツ)だ。欧州の電子貨物輸送情報(eFTI)規制を軸に、国境を越えた物流データ連携の「共通言語」づくりを推進する。12か国以上から50社超が参加するこの財団のアンドレアス・ネットストレーターCEOに、本誌が独占取材した。

▲OLFのアンドレアス・ネットストレーターCEO(出所:OLF)
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検問のたびに紙を取り出す現実
欧州の国境を越えるトラックのドライバーは、いまも検問のたびに紙の運送状(CMR)を取り出す。国ごとに求められる書類が異なり、言語も違う。eFTIが目指すのは、この紙のやりとりを丸ごとデジタルに置き換えることだ。
ただし、ネットストレーター氏はeFTIを単なる「紙の電子化」とは捉えていない。「eFTIの本質は、異なるシステムや国境を越えてデータをシームレスに交換できる“相互運用性”の確保にある。物流のあり方を変える思想そのものだ」と言い切る。
仕組みはシンプルだ。各国の当局が「ゲート」を、企業側が「プラットフォーム」を運用し、共通のデータ形式でつなぐ。ドライバーが紙を見せる代わりに、当局がデジタルで必要情報を照会する。27年半ばに始動し、当初2年は任意参加の移行期間を経て、将来的には「デジタルのみ」に移行する可能性がある。

▲eFTIイメージ図。左側が現在の課題。各国がそれぞれ独自に開発し、異なる接続を開発している。右側が目指す姿。各国は開発を標準化し、相互運用可能なソリューションを実現する。(出所:OLF)
各社がバラバラにつくる「冷蔵庫の電灯」
OLFが解こうとしている問題は、eFTIにとどまらない。物流業界の根深い非効率そのものだ。
ネットストレーター氏はこんなたとえを使う。冷蔵庫のドアを開けると電灯がつく。この機能は誰もが当然だと思っているが、それ自体で冷蔵庫を選ぶ人はいないし、メーカーもこれで利益は出せない。物流にも同じような「当たり前だが差別化にならない機能」が無数にある。追跡、ステータス通知、書類の受け渡し──。各社がバラバラに開発し、バラバラに保守し、バラバラにバグを直している。
OLFはこの「冷蔵庫の電灯」を共同開発し、オープンソースで公開する。電子運送状(eCMR)のほかにも、航空貨物のデジタル化、CO2排出データの交換、トラッキングイベントの標準化、バース予約の最適化など、ワーキンググループやプロジェクトが並行して動いている。各社は差別化にならない部分の開発負担を減らし、本来注力すべき競争領域にリソースを集中できる。
仕様書ではなくコードで渡す
物流業界には既に多くの国際標準がある。しかしネットストレーター氏は「問題は“使われない”ことだ」と率直に認める。60ページの仕様書を読み解き、自社で一から実装し、取引先が同じ標準を採用しているかもわからないまま投資する──。これでは普及しない。
OLFが選んだのは、標準を「読むもの」から「使うもの」に変えるアプローチだ。仕様書の代わりに、そのまま転用できるプログラムコードやライブラリをオープンソースで公開する。ITベンダーや物流事業者は一から開発する必要がなく、低コストでシステムを構築できる。標準が更新されるたびに各社が個別対応する非効率も、コミュニティで一度の更新に集約される。
「OLFは標準化団体の代替ではない。標準の実装と普及を加速させる“追加レイヤー”だ」。議論を重ねて完璧な仕様を目指すより、まず「動くシステム」をつくって走りながら改善する。この実装ベースの哲学が、OLFの推進力の源泉だ。
買収されない非営利財団
オープンソースと聞くと、日本の物流企業の経営層は「誰が責任を持つのか」「特定のIT企業に主導権を握られないか」と懸念するかもしれない。OLFはこの問いに構造で答えている。
ドイツ法に基づく非営利財団であり、会員制でも株主もいない。買収されることがない。貢献企業の知的財産は財団に移転され、オープンソースライセンスで公開される。将来、特定企業が「自社の技術だから使うな」と主張することはできない。議題は業界から上がり、特定企業が門番となる仕組みも存在しない。
ネットストレーター氏は「オープンソースは“話す人”ではなく”実装にリソースを投じる人”が物事を進める。だから現実的に前に進む」と語る。参加企業にはRhenus、Dachser、Gebr. Weissといった欧州大手物流企業から、Blue Yonder、Transporeonなどの物流テクノロジー企業、さらにFraunhofer IML(フラウンホーファー物流研究所)やGS1 Germanyまで幅広い顔ぶれが並ぶ。競合同士が同じテーブルにつける場を、非営利財団という器が可能にしている。
紙が担ってきた「責任の曖昧さ」
ここで視点を日本に移そう。日本の物流取引では、荷物が届くまでに7社が介在するケースもある。多重下請け構造の中で、紙は「電子化できないから」残っているのではない。責任の所在をあえて曖昧にする装置として、歴史的に機能してきた側面がある。
この問題意識をぶつけると、ネットストレーター氏は「欧州も同じだ」と即答した。大手が自社でトラックを持たず下請けを使うのは一般的であり、構造は日本と驚くほど似ている。デジタル化によって、積み込みや受領のイベントがリアルタイムで記録されれば、「誰が、いつ、何をしたか」が明確になる。支払いや保険のプロセス自動化にもつながる。
ただし課題は技術ではない。「紙や手書き署名を重視する文化・意識の変化こそが本丸だ」とネットストレーター氏は見る。
「会社の角印」をデジタルにする
文化の壁を越えるヒントが、OLFの電子運送状(eCMR)の設計にある。日本の商慣習になぞらえれば、「担当者の印鑑」ではなく「会社の角印」をデジタル化した発想だ。
OLFのeCMRは個人署名ではなく法人電子シールを採用する。企業としての意思表示を重視し、「誰が押したか」は問わない。社内で誰に押印権限を与えるかは各企業の内部統制に委ねる。欧州全体で個人ユーザーを管理するのは現実的に困難という実務判断もあるが、結果として日本企業にも馴染みやすい仕組みになっている。OLFのサイトではこのeCMRソリューションが既にオープンソースとして公開されており、誰でもダウンロードして検証できる。
CLO義務化と「説明責任」
4月、日本ではCLO(物流統括管理者)の選任が義務化される。荷主企業の経営層は、サプライチェーンの強靭化を対外的に説明する責任を新たに負う。「うちの物流は大丈夫です」と言うだけでは足りない。根拠となるデータと、それを裏付ける仕組みが求められる。
ネットストレーター氏は「複雑な多重下請け構造こそ、情報の分断を防ぐ共通のデータ標準が必要だ」と指摘する。CLOが説明責任を果たすためのインフラとして、デジタルによる透明性の確保は不可欠だという。欧州で培ったオープンな仕組みは、日本の荷主が直面する新たな義務への有力な解決策になり得る。
技術より先に「言葉の定義」を揃える
相互運用性の実現で最も失敗しやすいポイントはどこか。意外にも、ネットストレーター氏の答えは「技術ではなく合意形成だ」だった。
各社で似たような業務をしていても、同じ作業を違う名前で呼び、同じ言葉に違う意味を込めている。用語の定義やプロセスの理解を揃えなければ、いくら技術を実装しても互換性は生まれない。OLFの方法論は「合意➝法務確認➝技術実装」の順序を徹底することだ。日本の物流業界が標準化を議論する際にも、示唆に富むアプローチだろう。
国内ルールだけでは足りない
国内物流が中心の日本がeFTIを見るとき、最も陥りやすい誤解は何か。「自国だけのルールで十分だと考えてしまうことだ」とネットストレーターCEOは警鐘を鳴らす。
物流はグローバルだ。そして歴史や運用面で共通点が多いドイツと日本の連携こそ、グローバル化の出発点として最適だと説く。OLFは1月20日、フィジカルインターネットセンター(東京都中央区)と基本合意書(MOU)を締結した。日本企業がOLFに参加する際の言語や時差の障壁を下げる窓口としても機能する。日欧間での情報共有や共同検討は既に始まっている。
将来、eFTIという名称がなくなったとしても、オープンな協力体制という思想は必ず残る──。ネットストレーター氏はそう確信している。「標準化されたデータが物流の“共通言語”となり、効率化を支え続ける。日本企業の理解を深め、この協力を具体化させたい」
日本の物流DXにおいて、欧州発の「動く仕組み」をいかに取り込み、世界標準の波に乗るか。OLFとの連携は、単なるシステム導入を超え、日本の物流インフラを次世代へと引き上げる転換点となる。

(出所:OLF)
eFTIや相互運用性の実装に向けた考えについて、ネットストレーター氏に本誌(以下LT)が話を聞いた。以下はその一問一答である。
◇
LT:eFTIを一言で説明するとしたら、「制度」「思想」「実務ツール」のどれが最も近いか。
ネットストレーター氏:一言で言えば「思想」だ。eFTIの本質は、異なるシステムや国境を越えてデータをシームレスに交換できる「相互運用性」の確保にある。単なる規制ではなく、物流のあり方を変える考え方そのものだ。
LT:欧州でeFTIの議論を進める中で、最も誤解されやすいポイントはどこか。
ネットストレーター氏:eFTIを単なる「行政への報告ツール」と捉えられる点だ。実際は、当局と民間企業の間で輸送関連データをデジタルで交換するための標準的なインターフェースを構築するものだ。国境を越える検問や貨物検査で、紙の運送状(CMR)を提示する手間をなくす実務的なメリットがある。
LT:オープンソースを前提にしたことは、議論にどのような影響を与えたか。
ネットストレーター氏:議論を劇的に加速させた。特定企業に依存しない共通のプログラム(API)やデータ形式を「そのまま転用可能なコード」として公開している。これにより、ITベンダーや物流事業者は一から開発する負担を減らし、低コストでシステムを構築できる。業界全体の導入コストとリスクを抑制する鍵だ。
LT:日本は「2024年問題」による労働力不足や多重下請け構造に加え、4月には「CLO(物流統括管理責任者)」の選任が義務化される。荷主企業の経営層にとって、eFTIの考え方はどう機能するか。
ネットストレーター氏:非常に有効だ。複雑な多重下請け構造こそ、情報の分断を防ぐ共通のデータ標準が必要になる。2024年問題への対策はもちろん、CLOがサプライチェーンの強靭化を対外的に説明するための「説明責任」を果たす仕組みとしても、デジタルによる透明性の確保は不可欠だ。欧州のオープンな仕組みは、日本の荷主が直面する新たな義務への有力な解決策となる。
LT:日本のように国内物流が中心の国がeFTIを見るとき、誤解しそうな点は何か。
ネットストレーター氏:自国だけのルールで十分だと考えてしまう点だろう。しかし、歴史や運用が近いドイツと日本の連携こそ、グローバル化の出発点として最適だ。1月20日にはフィジカルインターネットセンター(東京都中央区)と基本合意書(MOU)を締結した。日欧間での情報共有や共同検討を既に開始している。
LT:eFTIについて、まだ整理しきれていない論点はどこにあるか。
ネットストレーター氏:異なるプラットフォーム間でのデータ真正性の保証だ。企業間の商取引をデジタル化する「eCMR」とeFTIをどう組み合わせていくかも重要なテーマだ。我々は議論よりも「動くシステム」を先行させる実装ベースのアプローチを優先している。
LT:将来、eFTIという名称がなくなったとしても、残るものは何か。
ネットストレーター氏:オープンな協力体制という「思想」は必ず残る。標準化されたデータが物流の「共通言語」となり、効率化を支え続ける。日本企業の理解を深め、この協力を具体化させたい。
◇
日本の物流DXにおいて、欧州発の「動く仕組み」をいかに取り込み、世界標準の波に乗るか。OLFとの連携は、単なるシステム導入を超え、日本の物流インフラを次世代へと引き上げる大きな転換点となる。
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