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論説/ヤマトのサプライチェーン参画の脅威と期待

2021年7月6日 (火)

話題このところヤマト運輸の動きが目立つ。調達から寄託業務まで包括するロクシタンジャポンとのパートナーシップ契約締結の発表から間をあけず、今度はより具体的なサプライチェーン参画の公表となった。矢継ぎ早に繰り出される事業計画は先鋭的でもあり、また既存の業態の垣根を取り払う威力も十二分に有していると感じている。(永田利紀)

ヤマト運輸、「首里石鹸」通販支援で配送短縮(2021年7月1日掲載)

ヤマト運輸、「首里石鹸」通販支援で配送短縮

ヤマトの「全産業EC化」

新たに策定した中期経営計画でヤマト運輸は「全産業のEC化」を掲げ、単なる個配業務の拡大ではなく、顧客の商流自体への係わりを強める方針を示したが、その一環として今回の事業プランが位置していると思える。これを国内の津々浦々で数多の企業が採用し始めれば、抜本的な構造変化の端緒となるに違いない。

商流を「起承転結」で区分するなら、「結」にあたる最終配達場面での一般路線・幹線輸送、定期契約便、混載便、チャーター路線便といった区分は、実務上ではもはや意味を失いつつある。なぜなら、全ての配送形態は個配形態を基本形に置くことでほとんどが足りるという実態が明らかになってきたからだ。

一部の大型貨物やチャーター便については個配事業者でも用意できるし、自前で間に合わないのなら路線他社がアンダーに入れば済む。顧客により近い者が情報の上流に位置することは当然であり、それは商流の始まりに近いと言い換えてもよいだろう。

要するに配達以前の部分を個配事業者が理解して実務化できれば、物流業務の一気通貫が単独で請け負えることになる。ヤマト運輸の手掛ける業務は、その要素を多分に含むと感じさせるし、何よりも依頼者である事業会社側に大きく強い需要があるという気がしてならない。

「全産業EC化」モデルの中身

(イメージ画像)

ヤマトの呈示するスキームは「商品開発と販売、顧客管理」にあたる商売の真髄のみに顧客企業が専念し、それ以外の物理的負担のおおよそをヤマトが担うということでもある。上述の言い回しを充てれば、「起」の端緒と「承」以外は外部委託先であるヤマトをはじめとする、個配事業者や類似役務を提供できる物流事業者が担う。

調達先からの1次物流とそれに続く製品保管、そして受注引当後の配送完了までを一貫して単独事業者が請け負うということは、既存の商流関与者の中から排除される数社が出ることを意味する。なかでも製造業の物流に関与している企業にとっては、深刻な事態となりそうだ。多くの製造業は通常二つの物流を販売の前後に置いて商流維持をしている。一つは「調達物流」であり、その関与者は原材料のサプライヤーと、調達者である自社物流もしくは外部委託倉庫であることが常だ。

もう一つの物流は保管から出荷を担う部分であり、やはり自社物流機能か外部委託先から運送会社へ引き渡して、配達納品完了となる。その完了場面を担うのは、ECをはじめとする顧客ダイレクトなら個配業者、店舗などへの配達なら契約している路線便もしくは個配専業会社となる。このような役割分担が単純に「商材の開発・仕入・販売・顧客管理」とそれ以外に切り分けられ、販売主体である事業会社と個配事業者のみで完結してしまうというのが、先ほどヤマト運輸が発表した事業モデルの中身となる。

脅威であるが、期待でもある

このようなヤマト運輸の動きに同業他社が追随することは明白だろうし、すでに佐川急便や日本郵便でも、独自かアライアンスかの違いはあっても相応の動きが見える。その流れにあって、これら一連の動向に最も脅威を感じているのは、中小の物流事業者ではないだろうか。

今までの新興のEC専業者や、業態変更もしくは新規事業としてECに参入する事業者相手にきめ細やかな対応で成績を伸ばしてきた倉庫会社や、寄託業務を兼業する運送会社にとって、個配大手の調達や寄託業務への進出はまさに死活問題となる。なぜなら荷主である各社が漠然とでも「個配事業者が一括して物流業務全般を請け負ってくれれば、業務委託先が一本化できるうえにコストが下がるのではないか」と期待することは想像に難くないからだ。

つまり先述した二つの物流のいずれかを生業としている物流事業者は、荷主を失う可能性が高まる。事実の発生以前に、その脅威が不安感や危機感を生じさせるし、中には早々に個配事業者の下請けとして手を挙げる会社も少なくないはずだ。個配事業者側でも、協力する倉庫や路線・軽貨物運送事業者との提携は切望するところではないかと思う。

少し前まで、中小倉庫会社は「個配事業者にとって、保管や加工などの庫内業務は難しい」と高をくくっていた。かたや、「もしヤマト運輸が倉庫業務に進出したら、えらいことになる」という声も少なからずあった。

今や、かつての「もし」は現実となった。しかし、優れたサービスとして認知が進み、選ばない理由が無くなってしまえば、そのサービスはデファクト化するとも期待できるだが、読者諸氏はいかがお考えになるだろうか。

巨人たちの陣取り合戦

(イメージ画像)

今後の展開として必至なのは、強い販売事業者と強い配送事業者が、それぞれに有する「同じ顧客」をめぐって陣取り合戦が激化する、という市場の景色だ。例えばアマゾンとヤマト運輸は現在密接なパートナーシップを維持しているが、両社ともに相手方の領土に進入する方策を隠そうとしない。

アマゾンは配達完了までを一つのサービスとして内製化したいし、ヤマトは単なる運送業にとどまらず、キーワードを「荷物」から「荷主」に置き換えて、個配インフラを背骨とした複合サービスを徐々に立体化し始めている。

誰が消費者と最初にあって、後の購買やサービスの選択を呈示し、請け負う者となるのかは、今後の市場での役割と地位に直結する最重要事項だ。それは商競争というより市場での生態系再編の観が強く、すなわち生存競争となるかもしれない。負けたものは敗者ではなく存在自体が無用と化し、意思決定に優柔不断な事業者は市場からはじき出されたまま再入場できなくなってしまうだろう。