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「無人航送」に勝機/入谷泰生・SHKライングループ代表【TOP VISION vol.5】

経済合理性で物流課題を解決、フェリー貨物輸送

2022年5月11日 (水)

話題国内物流の主力モードとして君臨してきたトラック輸送。戸口から戸口へ運べる利便性や状況に応じて柔軟に対応できる機動力の高さを武器に、物流網の強化に貢献してきた。深夜の高速道路を疾走する大型トラックは、まさに物流の高度化を象徴する光景だ。

ところが近年、少子高齢化によるドライバー不足や環境対応の観点から、トラック輸送への依存を見直す機運が急速に高まっている。そこで脚光を浴びているのが、長距離フェリーによる貨物輸送だ。

大型トラックやトレーラーをそのまま積み込めるフェリーは、大量輸送に最適であるのはもちろん、ドライバーの休息時間の確保など、物流における諸課題を解決できる輸送モードとして、その役割が改めて見直されている。国内やアジアでフェリーをはじめとする貨客航路を展開するSHKライングループの入谷泰生代表に、フェリー物流の可能性や将来の展望について聞いた。(編集部・清水直樹)

「経済合理性」はフェリーの持つ最大の強みだ

SHKライングループは「新日本海フェリー」「阪九フェリー」「関釜フェリー」など広範な航路網を展開する、国内を代表するフェリー運航企業だ。旅客輸送と両軸を成す貨物運送事業は、日本海や瀬戸内海を中心とした物流の大動脈を支える存在であるが、近年はフェリーの持つ様々な価値が再認識されている。社会に不可欠なインフラである物流が抱える課題への対応策として高い優位性が改めて評価されているからだ。

――長距離フェリーによる貨物輸送が持つ最大の強みは何か。

入谷 貨物輸送における「経済合理性」の高さだ。人件費や燃料費、トラック車体の維持費といった運営コストを削減できる効果がある。その象徴がトレーラーだ。ドライバーは出発地・目的地と発着ターミナルの間だけを陸送すればよく、フェリーに乗る必要がない。いわゆる「無人航送」が可能になり、燃料代や高速料金の負担もいらなくなる。ドライバーの長時間就労などの労務問題も、こうした経済合理性の考え方で改善できるのがフェリーの優位性だ。さらに高速道路などによる陸送と比べて車両の走行距離を大幅に短縮できるため、タイヤやエンジンなどを長持ちさせることも可能になる。

――状況の変化に迅速で柔軟な対応ができる点では、トラック輸送に軍配が上がるのでは。

入谷 陸送トラックがこうした柔軟性の高い輸送モードなのは事実だ。しかし、フェリーには安定したスケジュールで運航できる「計画性」の高さを荷主に提供できる強みがある。トラック輸送は自由度の高い輸送手段であるが、渋滞や事故など不確定な要素でスケジュールに支障をきたす可能性もある。配送先に貨物を定時に届けることは物流サービスの基本であり、それもフェリーの持つ経済合理性のひとつの要素になる。

――阪神・淡路大震災や東日本大震災では、災害時の物資輸送に力を発揮する手段としてクローズアップされた。災害列島である我が国で、フェリーのこうした潜在能力はもっと知られていい。

入谷 その通りだ。フェリーはランプウェイを介して岸壁と車両甲板を自走して移動できるところに、災害時における対応力の高さがある。東日本大震災では津波で壊滅的な被害を受けた太平洋側からのアプローチは困難だったが、発想を変えて日本海側の港から通行できる陸路を経由して物資を届けた。トラックを甲板に乗せてランプウェイで簡単に陸海輸送を実現できるフェリーならではの強みと言えるだろう。

トラック輸送の延長上にある長距離フェリーの貨物ビジネス

フェリーの経済合理性は、SHKライングループが全国に航路を展開する動機にもなっている。自動車から環境負荷を低減できる輸送モードへの転換を図るモーダルシフトの受け皿としても注目される長距離フェリーによる貨物輸送がある。

――長距離フェリーによる貨物輸送を促す取り組みとして、課題の多いトラックとの対立軸を明確化することで、より効果的なメッセージを訴求できるのではないか。

入谷 フェリーとトラックを対立した輸送モードと捉えるのは、物流のあり方を考えるうえで適当な考え方ではないと思う。長距離フェリーによる貨物輸送は内航海運の機能のひとつと位置付けるよりも、むしろ「トラック輸送の延長上」の概念であるべきと考えている。フェリーは、陸上の高速道路の代わりに「海の高速道路」の役割をトラックに提供できるインフラなのだ。トラックと長距離フェリーは相互の強みを共鳴し合うことで、ドライバーに優しく定時性の高い、しかもカーボンニュートラルの実現に貢献できる輸送体系として物流インフラの強靭化の一翼を担っていく。

――2021年7月に横須賀・新門司間に就航した「東京九州フェリー」は、「新日本海フェリー」にも匹敵する長距離フェリー航路だ。

(クリックで拡大)

入谷 横須賀と新門司を21時間前後で結ぶ高速フェリーだ。SHKライングループによる関東・九州間の直通航路は1973年から76年まで就航した東九フェリー(当時)以来だ。関東と九州は陸路で1000キロを超えるが、相当数のトラックが高速道路で直行輸送を展開しているのが実情だ。ドライバーの交代や休憩時間を加味すれば、フェリーの航海速力を高めることでほぼ同等の所要時間で貨物輸送に対応できると判断した。まさに「海の高速道路」である長距離フェリーの面目躍如といったところだ。

――こうした長距離フェリーによる貨物輸送の訴求をさらに高めるには、フェリー客室サービスなどソフト面の取り組みも欠かせない。

入谷 新日本海フェリーや東京九州フェリーでは、一般船客とトラックドライバーの行動導線やレストランなどの設備を分離している。旅を楽しむ船客と勤務中のドライバーでは、フェリーの客室に求める機能が異なるからだ。レストランのメニューもそれぞれ個別に設定するなどの工夫を採り入れている。トラックドライバーにも安心でリラックスできる空間を提供できるのも、長距離フェリーならではの強みであると考えている。

海の高速道路の機能をさらに高める「輸送ニーズ」の開拓

物流の抱える課題の解決に向けて、有効な対応策を提示できる輸送モードとして注目を集めている長距離フェリー。1968年に国内で初となる長距離フェリー「フェリー阪九」を就航すると同時にトレーラー輸送を開始したSHKライングループは、海上貨物輸送のあり方に新しい風を呼び込む存在であり続けてきた。消費スタイルの多様化でEC(電子商取引)サービスが急速に普及するなかで、持続可能な幹線輸送の担い手を長距離フェリーに求める機運が高まっている。SHKライングループの今後の針路に注目だ。

――国内の幹線輸送における依存度を下げる受け皿として、長距離フェリーに関心が集まっている。

入谷 鉄道や航空を含めたあらゆる輸送モードの選択肢から、どうすればフェリーを選んでもらえるか。大切なのはまさにそこだ。荷主や運送会社は、貨物を決められた時間に送り届けることを使命としている。それを実現するための輸送モードとして、長距離フェリーの強みを認識していただきたいと考えている。例えばトレーラーの無人航送は、定時性やドライバーの就業環境の改善、環境対応といった両立の難しい輸送体系を実現できる画期的な方法と言えるだろう。こうした「人間が関与しない物流」は今から10年後、30年後にさらにその領域を広げているはずであり、フェリーの果たす役割もさらに広がると考えている。

――海の高速道路への期待は今後、さらに高まると予想される。新たな取り組みは。

入谷 東京九州フェリーのような新規航路の開設も重要な事業戦略だ。しかし、既存航路の需要をさらに喚起できる取り組みも欠かせないと考えている。長距離フェリーというのは拠点間輸送に非常に役立つインフラだ。新日本海フェリーは関西圏と北海道、新潟経由で関東圏と北海道、阪九フェリーは関西圏と九州圏、東京九州フェリーは関東圏と九州圏、というように。長距離フェリーは海の高速道路を自認するからには、こうした拠点間の輸送ニーズを的確に把握することが不可欠なのだ。

――SHKライングループの事業展開における新機軸として、首都圏と中国を結ぶ海上輸送サービスを強化する。今後は海外展開にも注力していくのか。

入谷 東京九州フェリーと蘇州下関フェリーを組み合わせた「蘇州太倉ルート」に加えて、下関と韓国・釜山を結ぶ関釜フェリーと韓国内の陸運、中韓間の海上航路を組み合わせた「青島ルート」を創設した。中国の華北地方に進出する企業の要望を受けての小口混載サービスで、定温定湿機能と梱包材を極力使わない輸送が特徴だ。こうした輸送サービスを可能にするのも、フェリーならではだ。こうしたフェリーの強みを顧客ニーズと組み合わせることで、次世代の輸送モードとして存在感を示していく。

<取材を終えて>

温厚な眼差しが印象的な入谷社長。丁寧な物腰で言葉を選びながら話す姿からは、国内でも有数の規模を誇るSHKライングループを率いるリーダーとしての風格と自信が感じられた。

しかし、入谷社長の手腕に求められる社会の期待は非常に高い。実効的な課題解決策を見出せないでいるトラックドライバー不足への対策、脱炭素化への取り組み、さらには定時性など輸送品質の高度化を迫る社会的な要請への対応。社会インフラである物流機能の確保・強化を図るうえで欠かせないのが長距離フェリーの存在である。そんな世論形成こそが、将来の持続的な物流の発展にどうしても必要だと実感する。

「物流は変化してきている。他の輸送手段と比べて、長距離フェリーが提供できるサービスをどう磨いていくか、それがカギになる」。入谷社長の静かな言葉遣いの裏に、強い決意と使命感があふれ出るのを見逃すわけにはいかなかった。そこに見たのは、「海」の男としての矜持だった。(編集部・清水直樹)