行政・団体安倍晋三元首相が銃撃されて死亡した事件から4日。12日には元首相の葬儀が親族らにより東京都内で営まれる。物流業界にも首相在任中を中心に安倍氏の仕事ぶりや人柄に触れた人は多く、突然の死を惜しんでいる。
「テロは許せない。安倍元首相は僕らのような地方の中小運送業者にも着目してくれた。励ましていただき、自信になった」と話すのは、山梨県笛吹市のトラック運送会社、早川運輸社長の早川禮史さん(45)。同社は社員約40人、車両数36台の有限会社だ。2010年代に他社に先駆け、自社と荷主企業、荷物の納め先の3社で協力し、取引環境の適正化やドライバーの労働時間短縮のための改善策を作り上げていた。
安倍首相在任中の17年6月、その取り組みを政府の「生産性向上国民運動推進協議会」で発表することになり、早川さんは父親の孝雄社長(当時、現会長)(74)に同行して上京、首相官邸に赴いた。日本経団連の榊原定征会長(当時)をはじめ経済界や労働界のそうそうたる重鎮ら約300人が出席していた。運送業の「働き方改革」の代表例として自社の取り組みを発表する父たちの姿を、早川さんは大広間の末席近くで見守った。
発表を聞いた安倍氏は「早川運輸は荷主の協力の下、労働生産性向上に成功し、素晴らしい成果だと思う。こうした成果を上げるには、荷主の協力が必要不可欠だ」と、社名を挙げて称賛した。運送事業者の立場ではなかなか言えない荷主への要望も代弁してくれた。「おかげで荷主との協力関係が今も続いている」と話す早川さん。あの日の官邸での光景を胸に、今、社長として会社の陣頭指揮に立っている。
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全日本トラック協会の坂本克己会長は11日の理事会での挨拶で、安倍元首相の死去に触れ、「全国トラックドライバー・コンテストの優勝者たちを毎年、官邸に招き、ねぎらいの言葉をいただいた」と思い出を紹介した。同コンテストには安倍首相時代の前から内閣総理大臣賞が設けられ、各部門優勝者の表敬訪問が定例化しているが、史上最長の在任期間からか、安倍氏との思い出が全ト協関係者にも色濃く残っている。
安倍氏は毎年、受賞者一人ひとりにトロフィーを手渡し、「安全運転を心がけながら、ドライバーとしての技を磨いてこられたのだろうと思います」などと称え、激励していた。坂本会長は「トラック運送業界へのご理解に感謝する。ご冥福をお祈りします」と悼んだ。
安倍氏は14年9月には、女性トラックドライバー「トラガール」らの表敬訪問も受けており、「皆さんの頑張りが職場環境の向上にもつながる。活躍を期待している」とエールを送っている。
▲(左から)女性トラックドライバー「トラガール」らと談話、ドライバー・コンテスト受賞者にトロフィーを授与する安倍元首相
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ドローンを使った荷物配送が日本でも徐々に始まり、ことし12月に予定されているレベル4(有人地帯での補助者なし目視外飛行)の解禁後は本格的な普及が進むと期待されている。安倍氏はこの先端技術の可能性に早くから気づいていた政治家の一人だった。
首相在任中の15年11月、「未来投資に向けた官民対話」の会合で、「早ければ3年以内に、ドローンを使った荷物配送を可能とすることを目指す」と号令をかけている。利用者と関係省庁が制度の具体的なあり方を協議する「官民協議会」を立ち上げるなどして、制度整備を進めた。
国土交通省とともに環境整備に取り組む内閣官房小型無人機等対策推進室(通称・ドローン室)のある関係者は「物流分野へのドローン活用の旗を振ったのは安倍元首相であることを疑う人はいない」と話す。安倍氏が描いたドローンが荷物を運ぶ社会は、もう近くまで来ている。