記事のなかから多くの読者が「もっと知りたい」とした話題を掘り下げる「インサイト」。今回はトラック運送3割が「価格転嫁なし」、中企庁調査(6月21日掲載)をピックアップしました。LOGISTICS TODAY編集部では今後も読者参加型の編集体制を強化・拡充してまいります。引き続き、読者の皆さまのご協力をお願いします。(編集部)
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調査・データ中小企業庁は6月、2024年3月度の価格交渉促進月間のフォローアップ調査の結果を公表した。
同庁では、モノやサービスを製造・提供する際にふくらんだコストについては、その上昇分を価格に反映する「価格転嫁」が適正に行われること。そのためには、発注者と受注者間で「価格交渉」が実施される商環境となることが、取引適正化の両輪となる取り組みであると位置付けている。半期に一度、4月と10月に価格の改定を行う企業が比較的多いことから、その前月である3月と9月を、価格交渉促進月間と設定し、価格交渉・価格転嫁の促進のため、広報や講習会、フォローアップのための調査を実施して、取引適正化へ向けた意識付けを行っている。
今回のフォローアップ調査は、ことし3月の価格交渉促進月間における中小企業の取引状況を、アンケート調査からまとめたものであり、その調査結果について本誌は、中小企業庁の事業環境部取引課総括補佐の川森敬太氏と、企画係長の綿貫音哉氏から話を聞くことができた。
価格交渉の理解進む運送業、転嫁率への反映に向けた取り組み継続を
綿貫氏は、アンケート調査の回収率が「今回は15.5%と、昨年3月度調査5.8%より大きく上昇。今まで少なかった中小企業からの回答が増加した」として、価格交渉促進月間とフォローアップ調査についての認知が少しずつ上がっている状況だと言う。
価格交渉に関する全般的な概況については、価格転嫁率は46.1%、価格交渉が行われた割合は59.4%とともに微増という状況だが、価格交渉できる雰囲気は醸成されつつあると、調査結果をまとめている。「特に発注側から交渉の申し入れが行われた割合が18.4%と、前回調査よりも増加している点など、企業のマインドの変化を感じる」(綿貫氏)。昨年11月に明示された「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」(労務費の指針)の公表後、初めての調査となったが、同庁が面談した企業からも労務費の指針に基づく対応などへの質問も多くなったと語る。
一方、業界別で見ると、相変わらず「トラック運送」分野の価格交渉、価格転嫁率は他業界に比べて低いランキングにとどまる。転嫁率は28.1%で、価格転嫁の実施状況の発注企業の業種別ランキングでは前回調査に続いて27業種中の最下位という状況は変わらない。ただ、今回の調査で特に注目されていた労務費部分の価格転嫁では、「前回の19.1%から24.0%へと他の業種と比較しても上昇率は大きい」(綿貫氏)。直近6か月の状況では価格交渉自体は、7割近くが実施していることからも、物流危機への社会的認知を背景に、運送料金を見直そうとする機運は着実に高まっていると見る。
「トラック運送事業における発注企業は、取引先企業の数も多く、すべての企業に対応するのが難しい実情も聞き取りしている。それでも能動的に価格交渉の声かけを行うなど丁寧な取り組みを行う企業も増えており、今後、課題である転嫁率などへの反映も期待できる」(綿貫氏)とする。一方、価格交渉で「10年以上価格が変わらず、交渉申し入れにも返答がない」「適正な価格への交渉の結果、発注量を減少させられた」などの声があるのも事実だ。上半期の運送業では「人手不足倒産数」「物価高倒産数」も過去最多ペースとの調査報道もあり、こうした不適切な商環境の改善は急務である。
省庁横断的な取り組みで受注企業を後押し、「声を上げること」が大切
中小企業庁は8月上旬に、アンケートや下請けGメンのヒアリングから抽出された発注企業の社名リストを公表し、評価の悪い発注企業の経営トップへは所管大臣名での指導・助言が行われることとなる。また、運送業における発注側の不適切な対応には、公正取引委員会が下請法の改正を準備するなど、受注企業を支援する動きも整備されている。
川森氏は、「物流関連2法の改正など発注側への働きかけはますます強まっている。ただ、受注側がしっかりと声を上げなくては始まらない。怖くて言い出せないということがないよう、しっかりと環境整備して後押ししていく」と語る。標準的運賃の改定、運送料金と附帯業務の料金を切り分けた契約の義務化などでの後押し、下請法の勧告が増えている動向なども、こうした環境整備に向けたもの。今年度の骨太の方針の冒頭にも各省庁連携による賃上げの促進と価格転嫁対策で新しい経済ステージに進めることが示された。
「国交省トラックGメン、公取委との連携など、各省庁との連携、情報交換も強化していく。ただ、環境を整えても声を上げるのは受注企業自身。そのための経営相談窓口なども用意してプロが対応できる体制も整えている。後押しする環境を活用すること、利用できる相談窓口があることなど、さまざまな情報を収集して経営に生かすことも、受注企業の重要な役割」(川森氏)なのであり、受注企業には、根拠のある価格転嫁のための交渉は、やった方が良いではなく、やらなくてはならないこととして意識変容することと、そのための具体的な取り組みを急がなくてはなるまい。
SCの上流に課される重要な取り組みと、SC全域に求められる取り組み
物流における発注企業であり、サプライチェーン(SC)の上流に位置付けられる荷主にかかる責任はさらに重大である。取引企業の多さや、価格転嫁分をそのまま商品価格に反映させることの難しさも理解できる。だからこそ「私たち消費者の意識も変える必要」(綿貫氏)があり、社会全体でトラックドライバーの賃金に反映できるよう、SCにおいて自分のできることは何かを問い直さなくてはなるまい。
そもそも多重下請け構造では適正な価格交渉や、価格転嫁自体が成立しないことは明らかだ。3重、4重構造以上の最下層を標準運賃に設定すれば、その最上層の発注企業にかかるコストはとても現実的なものにはなるまい。こうした業界構造自体の改革も同時進行で進めなくては、トラック運送業における構造的な価格交渉は実現しない。一定規模以上の特定荷主に求められる物流統括責任者(CLO)の設置などが、構造的な価格転嫁を加速させることへの期待も大きい。
次回9月の価格交渉促進月間に向けて、改正物流法の基本方針の議論も進む。発注企業にはSC全域での持続的な物流を見据えて、さらにその取り組みを進めていくこと、「直接の取引先の企業の、そのまた先にも事業者がいることをイメージできること」(川森氏)が強く求められることになると同時に、SCを構成するメンバーそれぞれにもその領域で取り組むべき改革を進めていかなくてはならない。