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<解説>調達先の正解が国ごとに変わる時代

2026年2月21日 (土)

荷主米最高裁の2026年2月20日の判決は、グローバルサプライチェーンにとって何を意味するのか。IEEPAという1本の法律で世界中の輸入品に一律の関税を課せた時代は終わった。だが関税そのものが消えたわけではない。トランプ政権は122条、301条、232条、さらに1930年関税法338条まで動員し、関税体系を再構築する姿勢を鮮明にしている。サプライチェーンの不確実性は解消されるどころか、形を変えて続く。判決が突きつけた構造変化と、荷主・物流企業が備えるべき中期シナリオを整理する。(編集長・赤澤裕介)

SCMの位置づけが変わる──「緊急権限」から「手続き型」への転換

今回の判決の本質は、大統領の関税権限に憲法上の歯止めがかかったことだ。ロバーツ長官は法廷意見で、関税を課す権限は議会に属し、大統領に委任する場合は「明示的かつ厳格な制限付き」で行われてきたと指摘した。IEEPAの「輸入を規制する」という文言にはそのような明示的な委任がないため、関税の根拠とはなりえないと結論づけた。

これにより、大統領が非常事態を宣言するだけで全世界に包括的な関税を課すという手法は封じられた。今後の関税は301条のUSTR(米通商代表部)調査、232条の商務省調査、201条のITC(国際貿易委員会)調査といった手続きを経て発動される。調査には数カ月から1年以上かかり、対象は品目別・国別に絞られる。サプライチェーンの観点では、「ある日突然、全世界の税率が変わる」というIEEPA型のリスクは大幅に低下した。

ただしケイトー研究所が指摘するように、議会がこれまで大統領に委任してきた通商権限は広範に残っている。232条には期間制限がなく、301条の関税は4年間有効で延長も可能だ。最高裁がIEEPAを封じても、他の法的根拠による関税の総量が従来と同水準に達する可能性は否定できない。ベッセント財務長官が判決直後に「26年の関税収入はほぼ変わらない」と述べたのは、この文脈だ。

「リショアリングの後悔」問題

サプライチェーン・マガジンが判決直後に報じた「リショアリング・リグレット」(リショアリングの後悔)は、今後の企業戦略を考えるうえで重要な論点だ。25年4月の「解放の日」関税以降、多くの企業が中国やメキシコからの生産移管に数百万ドルを投じてきた。その前提だったIEEPA関税が無効となり、投資判断の根拠が揺らいでいる。

しかし「元に戻す」判断は早計だ。122条の10%は5カ月後に期限を迎えるが、その先に301条・232条の追加関税が待ち構えている。中国からの対米輸入は25年に前年比28%減少し(プロジェクト44推計)、この構造的な変化は一時的な税率変更では巻き戻らない。リショアリングや調達先の多元化は、個別の関税率ではなく「通商政策の不確実性そのもの」に対するヘッジとして位置づけるべきだ。

ムーディーズが警告する「ソーシング・パラリシス」

ムーディーズのサプライチェーン調査部門は判決直後、「ソーシング・パラリシス」(調達の麻痺)のリスクを指摘した。国別のIEEPA関税が品目別の232条・301条関税に置き換わる過程で、特定のサプライヤーには関税の見通しが立つが、他のサプライヤーには不確実性が残るという「非対称な状況」が生まれる。この結果、企業は長期的な調達判断を先送りし、短期・対立的なサプライヤー交渉に陥る傾向が強まるという。

物流の観点では、米国向け海上コンテナの取扱量に注目する必要がある。ソナーのデータでは、高関税下で米国向けの海上コンテナ量は前年比14%減少していた。IEEPA関税の消滅と122条の10%への移行により、短期的には中国を含むアジアからの輸入回復が見込まれる。ITS Logisticsは「高関税国からの調達品を中心に輸入増加が確実」との見方を示す。一方、IMCロジスティクスは「25年の貿易動向を踏まえると、判決による物量の大幅な変動は限定的」と慎重な見方だ。

いずれにせよ、45日程度のリードタイム(発注から米国到着まで)を考慮すると、判決の物量面での影響が顕在化するのは26年4月以降となる。ちょうど122条関税の残り期間が短くなる時期と重なり、荷主企業は「122条の後」を見据えた在庫戦略の判断を迫られる。

日本のサプライチェーンはどう動くべきか

日本企業にとっての中期的な影響は3つの軸で整理できる。

1つ目は日米合意の再交渉だ。25年7月の合意はIEEPA関税を前提に構築されたが、その柱が消滅した。自動車の232条関税15%は維持されるものの、農産物、航空機、デジタルサービスなどIEEPA部分で合意していた領域は再交渉の対象となりうる。26年7月にはUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の正式見直しも始まる。日米二国間とUSMCAの交渉が並行して進む可能性があり、北米サプライチェーン全体の枠組みが流動化する。

2つ目は品目別リスクの再評価だ。232条調査が進行中の半導体、医薬品は、今後追加関税の対象となる可能性が高い。日本の電子部品メーカー、製薬企業は、対米輸出品目のうち232条対象となりうるものを洗い出し、代替調達ルートや現地生産の可否を検討する必要がある。イーライリリーが米国内に500億ドル超の製造投資を進め、ジョンソン・エンド・ジョンソンがペンシルベニア州に10億ドル規模の工場建設を決めたように、「米国内生産」が関税リスク回避の有力な選択肢として定着しつつある。

3つ目はSCM機能の格上げだ。関税体系が品目別・国別に細分化される以上、HSコード管理、原産地規則の運用、FTA/EPA活用の最適化といった通商コンプライアンスの実務負荷は確実に増大する。これを「通関担当者の仕事」に留めるのではなく、調達、生産、在庫、物流を統合するSCM機能として経営レベルで運用することが求められる。

ロジスティクス・ビューポインツ(ARCアドバイザリーグループ)は判決後の分析で、サプライチェーンリーダーにとっての構造変化は「緊急権限ベースの関税から法律ベースの関税への移行」であり、リスクは消えていないが「より構造的で、より手続き的になった」と総括した。

不確実性をゼロにする調達戦略は存在しない。しかし、不確実性への対応速度には企業間で明確な差がつく。122条が切れる7月に向けて、301条調査の進捗、232条の対象品目拡大、日米合意の再交渉――3つの変数が同時に動く。関税率が確定してから動く企業と、複数シナリオの下でコストと物量をあらかじめ試算し、トリガーを決めておく企業とでは、その時点で既に勝負がついている。問われているのは「正しい予測」ではなく「変化への反応速度」だ。

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