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オリンピアンに学ぶ「時差労働」の有効性

夏は「20時出勤」で酷暑の現場作業回避を/論説

2021年7月28日 (水)

話題東京オリンピックが始まって数日が過ぎた。一部で案じられていた物流機能の混乱については、いまだ発生していない。事前の警戒と準備が奏功したというよりは、起こりもしない五輪特需とも呼べる個配急増などの想定が「オオカミ少年的な大山鳴動」に過ぎなかったようだ。(永田利紀)

鼠一匹すら見当たらないぐらいののんびりムードが各現場には漂っている、と数社から聞いているが、まるで夏季休暇期間のような様相の市場動向がその因果なのでは、と考えている。予想以上に盛り上がる五輪の各競技だが、それに喚起されての消費拡大とはならず、目立つのはコロナ自粛の我慢を止めた人々の行楽地へ向かう行列、というのが世情のようだ。

「暑い」は当たり前の要求

報道でご存じの方も多いと思うが、オリンピックの男子テニスに出場している選手の何人かが「あまりにも暑い。せめて競技時間を夕方開始に変更してほしい」と主催者に要望した。東京に限らず7月、8月の日本国内において、屋外は無論のこと、空調効率の良くない屋内で運動競技を行うことは危険極まりないことなど、常識として認められているところだ。

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熱暑が苛烈を極める近年では、高校野球やインターハイなど「かつての夏の風物」としてなじみ深いイベントについても、時期や時間帯の見直し議論が絶えない。ましてや自身の肉体を資本とし、競技を生業とするアスリートたちが、会場の気候や設備などの環境について物申すのは当然であり、競技結果が報酬に直結する者たちの自己防衛は、まさに死活問題ともいえよう。

そしてこの出来事と問題の本質を、そのまま物流業務に置き換えて考えることは、大いに意味があると思っている。

「辛い」ではなく「危険」な現場

ご承知の通り、夏季の倉庫内や屋外ヤードでの作業は、「過酷」という言葉以外に説明しようがない。分厚いコンクリート壁で囲まれた、天井高のある倉庫なら暑さも比較的和らぐものの、旧式の鉄骨・鋼板構造などの建屋ならば前後解放部も小さく、送風機の設えすら皆無ときている。

物件によっては増築や改築でいびつな構造と化しており、通風が皆無に近いなども珍しくはない。そのような建屋では、置き型の大形扇風機や足下から直接体に当てる、大して冷たくもない微風を吐き出す冷風機なる装置を用意するぐらいしか、術はないのが実態だ。

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言うまでもなく不十分なので、管理者は現場スタッフに頻繁な補水休憩を取らせるのだが、周辺気温は高いままだし、日によっては耐え難い湿気を伴って、作業への集中力の維持が難しい状況となる。耐えて忍んで秋口まで働いてくれるならありがたいが、「とても続けられません」と辞めてゆく人員も少なくない。「辛いしきつい」をとおり越して「身の危険を感じて怖い」という類の退職理由が目立つ。

結果として現場運営の絶対人員数が不足するだけでなく、入荷や梱包仕上げなどの要所を担う人材がくし抜けのごとく辞めてゆく。視点を変えて、本人やその家族側から考えてみれば、致し方なく当然の判断だと思える。

「宝物」を失う経営リスク

私見としてしか書きようがないが、四季の気候に翻弄される庫内作業に従事する者は、常人に比して我慢強く、何よりも元気である。使用者である社員たちなら早々に音を上げてしまう暑気や寒気のなかでも、粛々と作業を続けて1日を終えてくれる。

事業者にとって現場のパート従業員達は宝物であり、その会社の今日を約してくれる労働資本でもある。管理者やさらなる上位者たちはそれを承知しているゆえに、現場職の面々に感謝し、頭が下がる想いを抱きつつ、遠目から見ながら、心中で手を合わせるのだ。

そんな宝物たちが危険ともいえる環境にあって、会社を去る者も後を絶たなくなってくるとしたら、管理者はもとより経営層は何を考え、どう行動すればよいのだろうか。

それにつけても金がない

しかしながらそのような議論を机に載せようとするかたやで、あらゆる労務課題の議論に付される下の句は「それにつけても金がない」である。まだ上昇の途中である最低賃金だったり、賞与や年次有給などを含む正規・非正規の雇用条件格差の是正推進だったり、若年労働力の確保難化や定着率の不安定さだったり…。泣きっ面を蜂が何か所も刺すような経営環境に、各社は苦しんでいる。

そんな折に、未だ絵空事としか感じない自動化や、ロボットの低価格化や一般普及がふと脳裏をよぎる経営者は少なくないはずだ。そして今度は、亜熱帯化している国内気候への対処コストの捻出までもが差し迫ってくる。

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物流現場で人を失うということは、会社の下半身とも評せる基幹機能が不随状態となることと同義だ。顧客への納品に滞りや遅延が恒常化するかもしれないし、営業から引当までの処理を円滑に行うための入荷から在庫計上、保管作業まで、従来にはない時差が生まれる。それは顧客との約束事を違えたり、変更してもらわざるを得ない状況を生み出す。

事の始まりは「あまりにも現場環境が過酷なので辞めます」だった。一人のパート社員の退職に後追いが連なり、間もなく経営リスクにまで…という顛末を、誇張や極端すぎると感じるのなら、それは意識が不足しているだけでなく、使用者としての責任感やセンスに欠けるというものだ。

もし作業中に倒れたり救急搬送された人員に何らかの病名が付されたなら、それは環境不備の労災として扱われるのだと認識しておかねばならない。蛇足だが、起こってからでは遅いし、事実が拡がれば連鎖退職の発生は避けられない。

すぐにできることから実行を

冒頭のオリンピックにまつわるハナシをそのまま物流現場の業務に置き換えてみることは、一考の価値があるはずだ。高額な空調を手当てする前に、まずは運営工夫で、できることから着手してはいかがだろうか。

一貫して書いている通り、夏季の庫内作業を夜間に行うという対処策は、一定以上の成果を得られるはずだと考察している。夜間や休日労働をいとわない労働者の比率は上昇し続けると予測しているし、従来の日中希望者の中にも、多少の割増と炎天がもたらす庫内気温から逃れられるという理由で、手をあげてくれる人員は少なくないはずだ。

導入の当初のみ、半日か1日相当の遅れが発生する可能性があるが、次の日からは解消できる。その点については顧客への丁寧な事前説明と、充分な猶予をおいての実施を心がければ支障ないだろう。

「毎年7月と8月は、出勤時間は20時で、翌日4時まで働く」

そんな従業員が増えれば、大きな投資が叶うまでの間をしのぐことも可能となりそうだし、継続するという選択肢を排除する必要が無くなるかもしれない。経営層諸氏は従業員の理解のもと、今すぐにできることを行ってはいかがだろうか。まずは当事者へのヒアリングが、事の始まりとして必須である。