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論説/物流に必要な国際感覚はこう変わる

2021年6月22日 (火)

話題先日、新社会人の方々に向けてのコラムを書いたばかりだが、その原稿作成中に、自身の学生時代の就職活動を思い出した。結果的には昭和最後の新卒となった1988年卒業組は、企業の旺盛な採用意欲によって空前の売り手市場だった。(永田利紀)

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当時の学生が求めるスキル、もしくは誇れるものとされていたのは「英会話」が圧倒的第1位であり、英検の級数やTOEIC(トーイック)の点数が話題に上ることが常であった。さらには、私のような経済・経営系の学部者なら、語学に加えて簿記などの資格取得が好ましく、就職活動には有利と、就職情報誌やテレビなどではまことしやかに流布されていた。

当然だが、英語をはじめとする外国語が堪能であるに越したことはないし、資格取得にしても同様。数十年を経た今の時代であっても、それは疑いないことだろうと思う。

必要なのは語学ではなく「腕前」

叶うことなら年齢が低いうちに語学は身に着けておいた方が好ましい。ただ、何事を始めるにしても「遅すぎる」ということはないので、もちろん中高年の手習いは大いに結構だと思ってもいる。

腕があるのに道具が足らぬ、というのは悔しく残念なことだ。かといって、物流人なら言葉の壁の前で立ち往生し、拙いカタコトしか口にできなくとも、現場作業や事務処理の大部分では通じ合えることも、然りではないだろうか。それがたとえ単語の羅列ばかりでも、ジェスチャー混じりであっても、おおよそは相互に理解し情報を共有することができる。

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その点については「会話は気合と気迫と気力」を実践してきたワタクシが保証する。どの国の誰であろうと、物流業務の腕前が一定以上のレベル同士なら、ほぼすべての状況を瞬時に理解し合えるはずだ。入荷や保管や出荷のあれこれは万国共通であるし、違いがあるとしても、建屋やマテハンや、道路や水道・光熱・通信の整備状況など、インフラの違い程度でしかない。

それは単に進んでいるか否かの差であるので、先を歩いている方が、後からやってくる方の状況を理解して合わせれば良いだけだ。問題解決の第一にあるのは、関わる者たちがプロ揃いであるか否かに尽きる。

英語は得意だが、物流データの解析は苦手だし、業務フローの設計などやったこともなければ、OJT一つ策定できない──といった、つまり母国で物流人として及第に至らない人間は、世界のどこへ行っても通用しない。言葉以前に腕前が通じない。その辺の見極めは、実務をさせたり業務フローを説明させたりすれば瞭然とする。

逆に、言葉は通じずともプロ同士が仕事をすれば、立居振舞や指さしだけでも「その通り」「まったく同じ個所を指そうと思っていた」「やはり誰が見てもそうか」といった風に物事は進み、自然と並走している状態になるだろう。

AIは国境を透明化させる

ところで話は変わるが、飛躍的な進化を続けるAIは、現在の国境や企業の配列などを、さまざまな面で大きく変貌させると思われる。AIは前提条件として「共通化」や「標準化」を要求するが、その中には言語も含まれる。

今まで「翻訳」や「通訳」と呼ばれてきた技術は、独自性や特殊性を失っていく。また、今後は「日本人だから常用言語は日本語」といった固定観念もなくなり、言語を取り巻く状況は多様化するはずだ。

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そもそも「業務上でそんなに会話が必要か?」とずいぶん前から言い続けてきた身としては、この先の業務ツールの進化と普及によって、現場は「無言」に終始する状況が当たり前になると見積もっている。そうなると、ついこの間までこぞって謳っていた「国際感覚」は、無意味な標語となってしまうのではないだろうか。日本企業が無理くりに「国際標準」や「●●国での●●」などを理解した上で、準拠したり取り込んだりといった労は無用となる。

今までの「国際化」とは、先を行く諸外国に追いつき、肩を並べ、抜き去ることを意味していた。しかし、これからのビジネスにおける国際化とは、インターネットやAIなどによって透明化する国境の向こうから、気配なくやってきて情報収集する、異国からの来訪者の期待を裏切らぬようにすることではないか。そして、彼らがこちら側の情報を持ち帰ってくれるようなら、その後の相互交流の経路が確保されるだろうし、それは世界とつながっている状態とも評せる。

「国際化」という掛け声は必要か

そのための方法は非常に簡単で、すぐに実現できる。まずはその企業が「個性」として主張すべきことを、国内だけではなく国外の有識者や実務者を交えて再考することだ。その個性を情報として適切に海外に提示することで、情報や技術の流出以上の流入が期待できる。その海外からのニーズに応えるためにより必要なのは、言語力などではなく、腕前や着想力だ。

その際には、単なる「国際化」という掛け声は余計でしかない。愚直な正統派こそが報われる。それがわが国の物流業の国際化への第一歩であり、唯一の条件だと考える。