新型コロナウイルス感染拡大の影響で中古車相場が高騰する一方で、アフリカや東南アジアに中古車を輸出し、新たな事業展開を図ろうとする中古車市場の変化も、オークションでは読み取れる。
30年前という古い年式で、泥だらけになっているうえ、故障してもう動かないだろうと思われる平ボディーや、廃車路線バスなどが出品されると、スタート価格の10倍以上はくだらない高値で次々と落札されていく。
いったいどこに需要があるのか。
「1万円売り切り」というただ同然の価格からスタートしたのは、1997年製のミキサー車だ。
押している人数が最も多いことを表す黄色のランプの点滅が止まらない。
「これ、海外用ですね」と男性は言う。
アフリカや東南アジアでは現在「日本のトラックは壊れにくい」と、中国製の車を凌駕するほどに人気だという。
日本では排ガス規制で登録できないものも、それらの地域では関係ないため、修理を繰り返したり、使える部品だけを利用するだけでも、重宝されている。
低床4軸のトラックの需要が国内では高まってきているなかで、でこぼこで未整備の道が多いそれらの地域では、低床では地面を擦ってしまったり、3軸よりも小さい4軸のタイヤでは対応できなかったりすることで、3軸が依然、求められる。
「落としたいんだったら、こういうところでタッと落としておかなきゃだめだよ」と男性は、出品価格の100倍以上になっていく接戦の行方を見守っていた。
「だけど、1万円って…」と記者が尋ねると、「もしかしたら売り切りで1万円でも、ただでとってるかもしれませんね。売る方は知らないから。『もう古くてこれ〜、ちょとお金になりませんよ〜』とかお客さんに言って、『ああ~そうですよね~』って言って、オークションで100万で売れるという話はよくあること」と男性は、はははと笑いながら話す。
「ピンポンピンポン」という落札を知らせるベルは、鳴り止むことがない。
深めに座ったいすにあぐらをかいてリラックスモードの男性も、いよいよ自分の順番が迫ってくるにつれ、画面を見つめる目が険しくなっていき、いすに座り直すと、姿勢を正した。
「スタート」
かけ声と同時に、男性は右手親指でボタンをカチカチと連打していく。
「80、90、100」と10万円単位で一気に上昇していったが、100万円を境に数万円刻みの競り合いになった。
「ひゃくじゅうろく」
「ひゃくじゅうなな」
「ひゃくじゅうう…」と言いながら、カチカチとボタンを押すペースが次第に速くなっていく。
「……はち、競ってます」と電話の先の顧客に実況する。
こんなにじりじりとした競り合いが行われているというというのに、もう一方のレーンでは、何事もなかったかのように「よーいスタート」という合図とともに、新しい競りが始まる。
男性の予定落札価格まであと1万円までに迫ったときだ。
「誰かいるぞ、押してるやつが」。男性が語気を強めて電話口に言う。
結果、予定落札価格を1万円超えた額で落とされてしまった。
「なんだよ、ふざけんな」
男性によるとオークションはたいてい相場通りだが、ときには今回のような相場を超えるときがあるという。それは「むかつくから落としてやりたいと」いう感情論が入るときなのだという。
どんな相手に落とされたのか顔も性格も分からない、数字だけのやりとりなのに、最後はやっぱりが人間なのだろうか。
気を取り直して、男性は次の出品へと移る。冒頭の場面だ。
「40」
「50」
「もっと行きます?60?」
「70」
「74」
「80
「大丈夫ですか?」
「90」
「いいんですか?」と電話口の向こうにいる顧客に確認する瞬間も、男性はボタンを連打し続けていく。
顧客が105万円までの価格で買いたいことを知っている男性のボタンを握る手に力が入る。
「100」の大台に迫り、価格も1万円刻みで上がる。モニターに表示される現在の入札額が「101」を示したとき、男性の顔が急に曇った。
「あー売り切りつかねーな」
売り切りというのは、売り主が「この入札額なら売ってもいい」ことを示す表示サインだが、顧客が希望する105万円まで、許された値幅はあと4万円しかない。
「104、105……あー、だめだ」。
諦めながらも男性は、やけくそでボタンを押した。
そのとき——。
数字は「106」のまま止まり、数秒間動かない。
「今、つかまえてますよね?いいっすかね?106でいま止まってるんですけど、次行く?」と顧客に質問した、まさにその瞬間だった。
男性のモニターから、ピーピーピーという高音の機械音が鳴り響いた。
「はい、落ちました」
落札した車は別の日に引き取りに行き、顧客に引き渡されるのだという。
そんな話を聞いて、そういえば今日出品されていた3600台ほどの車は、一体どこにあったのかという疑問が急にわいた。オークション会場に来たものの数字ばかりを追いかけていると、実物の車のことは別次元に思えてくるのなのだろうか。
資料を片付け、帰る準備をしていた男性に、記者は尋ねた。
「トラックってあるんですか?」
「ありますよ」と男性は答えると、出品されていたトラックが置いてあるといういくつかの場所へと、車で案内してもらえることになった。
港にほど近い場所までいくと、トラックがずらりと並んでいたのだけど、なんだろう、モニター画面の写真を通して見たトラックと、うまく結びつかない。
あそこのトラック1台1台は、いつかはわからないけれど、どこかからやってきて、今日また、誰かの手へと渡ることが決まったものだ。
「せっかく遠くまで来たんだから、少し羽を伸ばしてから帰るのも、いいんじゃないですか」
数字を追いかけていたときとちがった、おそらく普段の穏やかな口調で、遠方から来た記者を気遣うと、男性はまた、もと来た道へと車を走らせていく。
車を必要とする人が、この世界のどこかにいる限り、男性の親指には、きっとこれからも力が込められていくのだろう。
まだオークション会場の熱に浮かされているぼんやりとした頭で、それ以上でも以下でもない事実を思い浮かべながら、小さくなっていく男性の車が曲がり角を曲がるまで、見つめていた。