ロジスティクス「AI(人工知能)で面接」などというと、そんなことができるかとお怒りになるであろう業界の重鎮の顔が思い浮かぶ。ただ、日常業務でAIの進化を目の当たりにしている身からすると、ついに面接もAI時代になったのかとの思いの方が強い。
物流業界、運送業界の効率化でもAI活用はもはや避けられないトレンドである。人手不足が慢性化する物流・運送業界において、これまでの「採用活動の仕組み」そのものを変える動きといえるのが、PeopleX(ピープルエックス、東京都新宿区)が展開する「AI面接」である。

▲「AI面接」面接官イメージ(出所:PeopleX)
AI面接はその名の通り、AIが面接官として応募者と対話し、個性や能力、適性を評価するもの。このスタートアップ企業を率いる橘大地CEOは、弁護士からキャリアをスタートし、前職では電子契約サービス「クラウドサイン」事業を主導して“脱ハンコ”を推進した人物。2023年に創業したばかりのPeopleXだが、すでに140人体制の事業規模だ。現在は名だたる大手企業をはじめ、自治体や大学、地域の中小企業でも同社のAI人事サービスが導入され、その累計導入社数は3000を数える。大企業ばかりではない。2店舗を構えるラーメン店では、入れ替わりの激しいバイト採用に活用されているほか、10数店舗の薬局チェーンや町の眼鏡店など、さまざまな業種、大手だけではなく中小規模の事業者にも導入が進む状況だ。
書類では見えない“人”と出会う
PeopleXのAI面接は、応募者の対話、回答内容をもとに、多様な観点で評価を行う。表情や声のトーン、言葉遣いなどを解析し、「熱意」や「誠実さ」といった定性的な要素を定量化できる仕組みだ。
橘氏は「学歴や年齢、性別で人が判断される社会を変えたい。AI面接であれば、書類では出会えない人材を公平に評価できる」と語る。自身が前職の採用業務で感じた、書類選考でふるいにかけざるを得ない業務量の課題を起点に事業を展開し、膨大な応募対応に追われる担当者の負荷低減、人によってブレがちな評価の適正化、なによりも優秀な人材との出会いの機会創出に貢献し、人事採用業務の課題を解決するサービスを実現した。

▲PeopleX 橘大地CEO
運送業界では膨大な応募対応に追われて困るという企業は多くないかもしれない。むしろ、「そもそも応募が集まらない」といった課題解決に苦労しているのではないか。
「なぜ応募が集まらないかというと、『受けたいときに受けられない』から」と、橘氏は断言する。まず履歴書と職務経歴書を作って、書類審査から面接の日程を調整、1次試験は1週間後という行程では、そこまで辿り着けないケースが多くなるのも理解できる。「土日でも夜間でも受けたい時に受けられる入り口を作っておくことで、興味を持った人材がアプローチしやすい環境が整えられる」(橘氏)のがAI面接だ。
人による面接か、AIによる面接か、どちらでも選べるという仕組みにすると、7割以上がAI面接を希望するという調査結果もあるという。「つまり、AI面接を採用していない企業では、その7割の人との出会いのチャンスを逃しているということ」(橘氏)。応募がないのではなく、応募の窓口を企業自ら閉ざしてはいないだろうか。
「AIに面接ができるのか」
AI面接というソリューションに抵抗を示す企業も少なくないだろう。橘氏も「最初は『AIに面接なんてできるのか』という反応が圧倒的に多い」と明かす。
実際、導入企業の多くはデモ体験を経て印象を変えているという。「百聞は一見にしかず。AIが人と自然に対話し、応募者の強みを正確に引き出す様子を見ると、懐疑的だった経営者も納得する」(橘氏)という。
インタビュー現場では、実際にAI面接の運用シーンをデモ実演。確かに対面しているのはAI画像のアバター面接官だが、そのなめらかな受け答え、的確ながらも人間らしさに配慮した素早い応答の1つひとつからは、面接官との相性を気にすることなく、自分の能力や経験、性格などがごく自然に引き出されているように感じられる。

▲AI面接デモンストレーションの様子
AI面接への懸念が出ることは当然として、それを覆すだけの精度の対話AI「Conversation AI」と「Character AI」を実現する技術力こそが、同社の事業基盤といえる。他社のAI面接ツールでは、イエスorノー、キーワードの抽出にとどまるものもあるなか、単なる質問応答ではなく、澱みなく会話の流れを理解して文脈に応じた質問を重ね、必要に応じた深掘り質問にも強い。アバターの表情や声の抑揚も人間に近く、対話の自然さを追求している点が、類似のサービスには無い強みだ。
AIのリスクにどう対応するのか、信頼確保に向けた取り組み
対話性能やキャラクターモデルの構築力で、AIが人に代わって面接できるまでの機能と精度を備えたことは確認できた。しかし、AIが人を評価する時代に不可欠な「公平性」は保てるのだろうか。人種、性別、年齢などで評価に偏りが生じたりはしないのか。
欧州ではAI面接を禁止する法案まで検討されており、橘氏もこの点には強い危機感を示す。日本政府もAIによる人権侵害の可能性を指摘し、利活用におけるルールを「AI新法」として施行しているが、特に罰則などは定められておらず、自主的な努力義務に委ねられている状況だ。これにはおそらく旺盛な開発意欲にブレーキをかけたくないとの思惑もあるのだろう。AI技術の発展が期待されているからこそ、開発側には社会にもたらす影響やリスクに対して、より自発的な厳しい姿勢で向き合うことが求められる。
PeopleXのAI面接においては、人種・性別・国籍などのバイアスを排除した独自のAIモデル「Assessment AI」評価機能を基盤とした、公平性のある評価も特長である。AI新法や事業者ガイドラインに則った設計とし、AI倫理運営委員会の審査を経て、人権侵害、就職差別のリスクを排除した人事評価を実現している。
さらに、ことし5月には「AIによる採用面接‧人事評価サービス協議会」(AIAC)を設立、橘氏自身が代表理事として業界のルール、認証制度作りを先導している。AIは過去のデータ学習を重ねることで、評価にバイアスが生じるリスクもあるため、面接データをAIが再学習に利用しないこと、個人情報の厳格な保護なども、AIの社会的な信頼確立に不可欠な要素に位置付ける。
新規サービスの市場開拓においては、ともすれば後々の「標準化」が課題となりがちだ。しかし「AI面接」ソリューション領域においては、PeopleX自らが先導して構築するガイドラインこそが、国の方針に基づいたサービスの標準であり、業界の規範として開発各社が準拠すべきものとなる。橘氏は引き続き、行政機関と連携して評価基準の標準化と透明性の確保を進めていき、AIACの規模も20社規模まで拡大予定という。業界を開拓、けん引するリーダー企業として、技術開発だけでなく、社会的な信頼を築くための仕組みづくりも重要な責務だ。
物流・運送業にこそAI面接の導入価値
物流・運送業界はまさに「採用難の最前線」にある。キツい、厳しい、低賃金といった業界イメージは根深く、ドライバーの高齢化、2024年問題に伴う労働時間制限などが拍車をかける。採用の現場では、まず応募者が来ない、求職サイトに掲載してもコストがかさむだけ、という現状だ。
だからこそ橘氏は、「物流業界はAI活用のポテンシャルが非常に大きい業界」と語る。「事業の省力化、省人化にAIを活用し、運転業務など、人にしかできない仕事にはしっかり賃金を払う。効率化と待遇改善、この両輪で人手不足を解消する。AI面接は、そうした仕組みを支えるインフラになり得る」と、橘氏はいう。米国ではAIで代替できない現場作業者が高額収入を得ているとの変化も聞こえてくる。とはいえ今の日本では、賃金コストだけ上昇しては経営が成り立たなくなるのは自明だ。AIに置き換えできる領域の効率化を並行させなければ、持続可能性のある経営戦略にはならない。
すでに、物流・運送事業からの問い合わせも多いという。運送業界ほど「人による面接」にこだわる傾向も強そうだが、「そもそも応募がなくては始まらない」ことも事実。導入事例が広がれば、当初感じた抵抗感や違和感も薄れていくであろうことは、生成AIの普及を見ても明らかだ。
「過渡期」迎える雇用環境、それでも「1億人のAIワーカー」が不可欠
AI面接による採用、定着、人材育成、業務評価など人事業務の効率化を足がかりにして、さらにその先に描くビジョンは、「1億人のAIワーカー」構想である。
橘氏は「30年までに1億人のAIワーカーを労働市場に供給する」という目標を掲げる。
現在の労働人口、7000万人を凌駕するAIワーカーが、今後多様な領域で活躍する未来を目指すというのだ。労働人口が減少する日本において、人手が欲しいけど確保できない、そんなときには“AIワーカーを雇う”という選択肢が現実味を帯びつつあり、現在進行中のAIの進化を体感すると決して突飛な構想とは思えない。“AIができることをあえて人のために残しておく”など、ありえないのだから。
当然、AIによる雇用喪失への批判も出てくるだろう。だが橘氏は、人の働く領域がAIに置き換えられていく「過渡期」の到来は必然と捉える。「その過渡期は私たちが全責任を持って批判の対象となる。それでも、子どもたち、次世代の日本の姿を思い描くなら、この過渡期に対峙するほかないのが今の現役世代であり、私たちに課された役割」(橘氏)と、AI普及が未来の日本を支えるとのビジョンに迷いはない。石油産出国がオイルマネーを基盤にした生活をしているように、過渡期を経た未来の日本ではAIを基盤とした新たな日常が実現することを見据える。混乱は経験するだろう。だが、AIが富を生み、人がより創造的で人間的な活動にシフトできる社会を目指さなければならない。そしてそれまでの過程をどう生き抜くか、私たちの覚悟が問われる。
すでに「過渡期」に突入したようにも思える米国の動向は、日本への到来を予感させる。橘氏は、誰もが80歳まで働かざるを得ないような社会の“持続可能性”に疑問を呈す。子どもたち世代、孫たち世代が生きるこの国のあり方を考えて現状改革に着手することは、企業としても事業を次の世代にどう引き継ぐかの決断を下すことにも通じる。抵抗感や苦手意識、慣例を超えて経営者が意思決定し、大胆な方向性を示すことが求められる局面だ。
橘氏はいう。「厳しいときであることは間違いないが、意思決定の変革の機会でもある」。これまでは考えてもいなかったような技術が次々と当たり前になる時代にどう対応し、取り入れるのか。AI面接はその入り口。過渡期に向けた助走のスタートラインなのかもしれない。(大津鉄也)
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