話題IoT(Internet of Things)とは、モノとインターネットの接続を意味する。ネットを経由した家電の遠隔操作や、特定の施設に出入りする人の動きのモニタリングなどが該当する。物流の自動化機器をインターネットで制御することも同様だ。
Chinoh.Ai(チノーエーアイ、東京都渋谷区)は、物流倉庫の自動化を設計から稼働までプロデュースするスタートアップだ。中国の技術を用いて日本の物流現場のIoT化を進めている。同社の代表取締役である齋藤誠一郎氏に事業の詳細や創業の経緯などを聞いた。
中国製の機器を使い倉庫全体を自動化
Chinoh.Aiの強みは、複数メーカーの自動化機器を組み合わせ、倉庫全体を自動化できる点にある。自動化機器の多くは中国製だ。RGV(四方向シャトル)、AGV(無人搬送車)、自動フォークリフト、ロボットアームの組み合わせはまさに縦横無尽で、同社が設計した物流現場では荷物が水平・垂直方向に移動し、その先ではロボットアームや自動フォークリフトが待機する。

▲(左上から時計回りに)AGVとロボットアーム、AGF、潜入型AGF、RGV
1つのプロジェクトは設計段階からだと1年、現場作業の作り込みだけでも数か月を要する。現場をレイアウトする際には倉庫近隣に一軒家をいくつも借りて、社員が泊まり込みで作業する。国をまたぐプロジェクトのため、会社のメンバーも日本人と中国人が混在する。日本の大学や企業出身の中国人、中国生まれの日本人など、バックグラウンドが日本・中国にまたがる人もいる。齋藤氏によれば、設計・開発スタッフは「日本語と中国語とのバイリンガル、あるいはトリリンガルのものがほとんど」だという。
プロジェクトを完遂するまでには多大な手間と時間を必要とする。それだけにメンバーは「達成感を覚えてくれていると思う」と齋藤氏は話す。「導入するのは日本にはない中国の技術なので、それを普及させるという部分も仕事のやりがいになっているはずだ」(齋藤氏)

▲Chinoh.Ai代表取締役の齋藤誠一郎氏
導入に際しては中国にいるエンジニアと、日本の現場作業員による二人三脚が大切になる。プログラム上で正常に動いていたものが実地できちんと稼働するのか。その確認とすり合わせがIoTでは重要だからだ。実際、ロボットが理論上のマップにはない障害物にぶつかっていたり、積荷を固定する柱の位置が図面と現実で微妙にずれることもある。現場で必要な微調整は少なくない。プロジェクトメンバーはそういった細かい齟齬を一つずつ潰す。要求度の高い日本の物流現場に見合うものに仕上げていく。そうしてできあがった現場の一つひとつが、日本のIoT化を少しずつ前に進めている。
イノベーションへの憧れが起業の原動力に
齋藤氏の原動力は学生時代、上海へ渡ったことに端を発する。以来、日本企業の中国進出支援からはじまり、中国資本の投資仲介や自身の貿易で収益を上げたりと、日中の国境をまたぐビジネスに従事してきた。事業を始めた20代の頃は苦労が多かったと振り返る齋藤氏。やり方も考え方も思った以上に違う世界を、日本と中国の両方から、実に20年にわたり経験した。
齋藤氏を起業に駆り立てたものは何なのか。その理由として開口一番、「イベーションへの憧れ」を挙げる。学生だった2000年代、当時は藤田晋氏や堀江貴文氏などインターネットに活路を見出した起業家が脚光を浴び、テクノロジーが社会を着実に変えていた。有名企業や大企業に就職せずに、上海にわたったのも、そうしたイノベーション起業家の影響があったからだ。テクノロジーがあっという間に社会実装され、革新されつづけた上海の20年と、学生当時の熱い思いが、40代を迎えた齋藤氏の背中を再び押した。
そんな齋藤氏は「日本の物流現場のIoT化」を前進させようとしている。その背景には、日本と中国を往来するなかで感じた両国間のギャップが存在する。「中国と比べ、日本のIoT化の遅れは明白だ。中国では大多数の人が財布を持ち歩かない。タクシーをアプリで呼ぶのが普通。日本のように手を上げて停められる車はほぼ走っていなかった」(齋藤氏)
出張で訪中したビジネスマンが、そもそも財布を持たない相手に現金を支払おうとして煙たがられる場面も散見した。「日本でもようやく配車アプリや電子決済が普及してきたが、中国にはとっくに10年前から社会実装されていた」と指摘する。齋藤氏は、この隔たりを少しでも埋めていくことが、自身がもっとも貢献できる分野だと考えた。
制約を受けない、私有地である倉庫に着目
そこで、齋藤氏は物流倉庫に着目した。倉庫は私有地であり、新たな技術が導入しやすいからだ。以前、上海の日本人コミュニティーで親しくしていた田中宏幸氏(現・取締役)から、中国タクシー配車大手(D社)の、日本支社長をしないかとの打診を受けた。しかし、日本のタクシー業界は既得権益が強く、業界に食い込むには地道なロビー活動が必須だ。その必要性をアジア支社長説いたが、2015年当時、年間乗車数14億人回、時価総額3兆円の同社の目線には全く理解されず、結局話は流れた。
タクシーをはじめ、ドローンなど公の場所を走る機械や乗り物の導入には制約が多い。それを知っていた齋藤氏は、私有地である倉庫内なら、そうした制約を受けずにIoT化が進みやすいと考えた。
同氏はD社に比べ規模もステージも若い、当時従業員数50人程度(現在は800人以上)のAGVメーカー、Quicktron(クイックトロン、上海)を訪れ、そこでChinoh.Aiを共同創業者のショーン氏と出会う。齋藤氏はショーン氏とともに、いったん同社の日本法人Quicktron Japan(クイックトロン・ジャパン、東京都千代田区)を設立してみたものの、自社製品だけでは競合他社との差別化を図れないと考えた。
「アパレルやEC(電子商取引)など軽量物を扱う自動倉庫では既に優秀な先輩プレイヤーがおり、同じことをやる会社がもう1社増えても意味がない」(齋藤氏)
まだ日本で自動化が手つかずであった重量物を扱う顧客から、AGVだけでなく、自動フォークリフトやRGV、ロボットアームなど、パレット搬送に目線をあわせた複数機器の導入をしてほしいと強い要望を受け、そこに注力することを決める。社名をChinoh.Aiに変更し、クイックトロン以外の製品も取り入れ、それぞれを組み合わせて価値を高めることにした。
社名を変更したのが19年末で、ショーン氏や田中氏とともに、Chinoh.Aiが本格始動した。社名の「Chinoh」はChina(中国)とInnovation(イノベーション)を組み合わせた造語だ。中国語で「智能」はIoTを含む第四次産業を表す言葉でもある。「ニ国間の技術的ギャップを埋めたい」という齋藤氏の想いは社名にも込められている。
齋藤氏は「中国では当たり前なのに日本にないものをきちんと動かし、日本の社会課題解決に貢献したい」と語る。日本では中国製品への不信感が根深いのも事実だが、結果として日本はIoT化で同国に大幅な遅れをとっている。物流現場もその例外ではない。今、ニ国間のギャップを埋められるのは、Chinoh.Aiのように国籍の違いにとらわれない、ボーダーレスなチームなのかもしれない。
一問一答
Q.スタートアップとして、貴社はどのステージにあるとお考えですか?
A. これから成長していくグロースステージにあると考えています。
Q. 貴社の“出口戦略”、“将来像”についてお聞かせください。
A. 私たちは世の中にきちんと「良いものを出す」ということを会社の第一目的にしており、出口はその結果や手段としてあればよいと考えています。