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慶應義塾大学 松川研究室が、アカデミア領域から訴える物流革新

産学の分断超える、実践的な高度物流人材育成

2025年9月16日 (火)

ロジスティクス物流の未来を担う高度人材の育成を目指し、慶應義塾大学新川崎先端研究教育連携スクエアの松川弘明特任教授が主導する2つの教育プログラムが始動している。慶應義塾大学高度物流人材育成塾の「サプライチェーンサイエンスコース」(SCS)と「デジタル化・データサイエンスコース」(DDS)の2つの講座は、学術と産業の「産学ギャップ」を埋めて理論と現場の乖離を乗り越え、実践的な知を次世代の物流リーダーに伝える試みとして注目されている。

学術と現場の“分断”を超えて

松川教授は、生産管理と物流管理を横断する「生産物流」領域を長年研究してきた。数理モデルを用いてオペレーション最適化を研究してきた経験から、学術界と産業界の間に横たわる溝を「産学ギャップ」と指摘し、問題提起してきた。大学は論文数重視で社会実装から乖離している。一方、現場は経験に依存しすぎて原理原則が軽視されがちで、変化するサプライチェーン全域の改革に対応できない。こうした双方の歪みが、日本の物流を非効率な構造にとどめていると警鐘を鳴らす。

▲慶應義塾大学新川崎先端研究教育連携スクエア・松川弘明特任教授

この課題意識から生まれたのが、2つの育成プログラムだ。複雑化するばかりのサプライチェーンにおける最適解は現状のコンピューターでは計算ができない状況だが、今回の講座では、量子コンピューティング技術を理解、活用できる人材の育成を目指す。また、サプライチェーン全体の最適化に必要な原理原則を理解し、現場の実践へと導くことができる人材を輩出することで、理論と経験則を結びつけた実践的な物流改革への道筋を示す。

デジタル化・データサイエンス(DDS)で学ぶ最適化

9月から開講されるDDSは、デジタル時代に必要とされる「最適化」と「量子コンピューティング」の基礎から応用までを12回にわたって学ぶ実践型プログラム。最短経路やスケジューリング問題といった最適化の定番テーマを演習しながら学び、後半では量子アニーリングなどの最新理論にも踏み込む。

慶應義塾大学高度物流人材育成塾の理事で、量子コンピューター領域の専門家、嶺野和夫氏は、「シミュレーターを使った実習により、将来の量子技術の実装にも対応可能な知識と構想力を身につける構成となっており、経営の意思決定を担う立場の受講者にも有効な内容となっている」と語る。

▲慶應義塾大学高度物流人材育成塾理事、ノアソリューション統合企画室長・嶺野和夫氏

この講座の最大の特長は、「理系のみならず、文系出身者でも数理最適化を学べる構成としていること」(嶺野氏)だという。実際、昨年の第1回講座でも、これまで量子コンピューティング技術に触れたことのなかった文系出身者が、修了時には自らプログラムを書けるまでに成長したという。特殊技能や前提知識がなくても基礎から応用まで理解できるように、ChatGPTを学習のための合理的なツールとして積極的に活用。演習を通して段階的に成長できるプログラムになったとの手応えを感じたと振り返る。

サプライチェーンサイエンスで管理技術を体系的に学ぶ

さらに、12月から全12回で第1期SCSを開講する。SCSは、調達・製造・販売・物流を包含するサプライチェーン全体の最適化をテーマに据える。100年以上にわたって培われた管理技術や、現場のベテランが蓄積してきたノウハウを「原理原則」として体系化し、現場の混乱や属人性を乗り越える指導者の育成を目指す。

講座では、「ばらつきへの対処」や「プッシュとプルの最適化」「自律分散と協調の原理」「在庫は諸悪の根源か」といった踏み込んだテーマを取り上げ、ケーススタディーや数値例を交えながら実践的に思考する。最終回には調達マネジメントや需要予測に関する原理原則まで網羅され、希望者には米国マサチューセッツ工科大学やドイツ・ミュンヘン工科大学での現地視察も用意されている。

CLO時代に必要な、次世代企業リーダーの教養

両プログラムは、物流統括管理者(CLO)の育成という時代の要請とも重なる。物流の全体最適を担うCLOの必要性は高まる一方で、実際に選任に至った企業はごく一部にとどまる。多くの企業が「該当人材がいない」「誰を選べばよいか分からない」といった課題を抱えており、形式だけの肩書変更にとどまる例も少なくない。物流の観点から企業経営をリードできるような人材育成は、企業競争力を高めるための先行投資と位置付けるべきだ。

松川教授は「文系・理系を問わず、原理と数理を越境して学び、実践に生かせる人材こそが、真にこれからの物流を担える存在だ」と語る。AI(人工知能)や量子コンピューティングといった新技術を「道具」として活用しながらも、意思決定は人間が行うという立場を崩さず、現場と経営、理論と実務をつなぐ橋渡し役の育成を強く意識している。「将来的には、自ら最適な配送ルートを提案できるようなドライバーも誕生してもらいたい。商慣習を打破できるような、物流に携わる人々の“教養”が培われるためのバックアップをしていきたい」(松川氏)

▲量子コンピューティング技術による最適化計算をデモ実演

学びを「つなぐ」場づくりへ

アカデミアの領域から物流革新に取り組む松川教授、高度物流人材育成塾と、本誌LOGISTICS TODAYも積極的に連携していくことを計画している。アカデミアと産業界の共同イベント開催や、ドライバーの社会的地位向上に向けた活動、さらには各大学の物流研究者による横断的ネットワーク構築の議論など、物流業界の未来に向けた取り組みを本格化する予定だ。

読者のなかにも、松川教授の考え方に共鳴する物流関係者は多いのではないだろうか。まずは9月19日の募集締切が近づく、DDSコースへの次世代リーダー派遣を考えてはどうか。これまでの企業内教育の枠では得られなかった新しいアイデアや考え方を、次の事業成長に生かせるきっかけとなるのではないだろうか。

「高度物流人材育成講座」に関する問い合わせ

■「2025年度高度物流人材育成講座」概要
https://www.k2.keio.ac.jp/press/press20250911.html

■「高度物流人材育成塾」ホームページ
https://sjin.org

E-mail:
(to 小山氏)yuki.koyama@keio.jp
(cc 松川氏)matsukawa@ae.keio.ac.jp

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