
記事のなかから多くの読者が「もっと知りたい」とした話題を掘り下げる「インサイト」。今回は「植物油3社、業界課題解決へ物流協議体発足」(7月24日掲載)をピックアップしました。LOGISTICS TODAY編集部では今後も読者参加型の編集体制を強化・拡充してまいります。引き続き、読者の皆さまのご協力をお願いします。(編集部)
◇
荷主7月24日、J-オイルミルズ、日清オイリオグループ、昭和産業の大手製油メーカー3社は、日本植物油協会と連携し、業界の持続可能な物流を目指す協議体「油脂物流未来推進会議」(通称:YBM会議)の発足を発表した。2024年問題への対応が待ったなしとなるなか、多くの業界で水平連携の模索が続くが、YBM会議はその一歩先を見据えている。彼らが目指すのは、単なる情報共有の場ではない。業界特有の根深い課題にメスを入れ、“実効性”を伴う改革を断行するための「行動する組織」だ。
本誌編集部では、この新たな挑戦の背景と真意を探るべく、YBM会議の座長を務めるJ-オイルミルズの畑谷一美執行役員SCM統括部長に話を聞いた。見えてきたのは、これまで光が当たりにくかった業務用製品のBtoB物流、特に「特殊車両」を巡る深刻な危機感と、それを乗り越えるための緻密な戦略、そして「着荷主」としての責任に向き合う強い覚悟だった。

▲YBM会議の初年度座長を務めるJ-オイルミルズの畑谷一美執行役員SCM統括部長
「このままでは本当に運べなくなる」 共有された危機感
YBM会議設立の直接的な引き金は、24年4月から適用が開始されたトラックドライバーの時間外労働上限規制だ。これにより輸送力不足が現実のものとなるなか、植物油業界は特有の事情から深刻な危機感を抱いていた。
「国交省が物流業界に行ったアンケートで『嫌な貨物』のナンバーワンに加工食品が挙がっている。その中でも、斗缶やドラム缶といった重量物で、パレット化が進まずバラ納品が多い我々の業務用の商品は、最も嫌われる荷物ではないか」。畑谷氏はこのように業界の置かれた厳しい立場を説明する。物流事業者からはかねて改善要求が寄せられており、このままでは安定供給の責任を果たせなくなるという切迫感が、競合であるはずの3社を突き動かした。
業界団体である日本植物油協会も、手をこまねいていたわけではない。18年から流通の生産性向上を目的とした委員会を立ち上げ 、23年12月には業界としての自主行動計画を策定・公表するなど、啓発活動に取り組んできた。畑谷氏は業界団体が指針を示し、啓発していく必要性を感じながら、一方で、その活動の限界も指摘する。「一般社団法人である業界団体は、方向性を示し『皆さんやりましょうね』と打ち出すことはできても、そこから先の実行は各社の自主性に委ねられてしまう。ここが企業連合と大きく違うところ」
方向性の提示だけでは、現場の根深い課題は解決しない。より実効性を担保する枠組みが必要だ――。この問題意識を共有したのが、協会の正副会長企業であるJ-オイルミルズ、日清オイリオグループ、昭和産業の3社だった。3社は事業規模や構造が似通っており、課題認識も近い。そこで、業界団体の枠組みとは別に、具体的な行動を共同で検討する協議体としてYBM会議を立ち上げるに至った。その活動は公正取引委員会にも事前に相談し、クローズドな活動にならないよう、成果は協会を通じて全会員企業に共有し、参加も働きかけていくオープンな姿勢を明確にしている。
光の当たらなかった「バルク輸送」という巨大な課題
YBM会議が特に重視するテーマの一つが、これまで業界の議論でも中心になりにくかった「業務用のバルク輸送」、すなわちタンクローリーによる輸送の問題だ。畑谷氏は、味の素に在籍していた頃に、共同物流の先行例として知られる「F-LINEプロジェクト」に携わった経験を持つ。しかし、植物油業界の物流は、家庭用が中心の一般加工食品とは様相が大きく異なると語る。「もちろんパッケージされた商品の物流も多くあるが、実は、食品メーカーの工場向けに大型ローリーで納めるもののボリュームがかなりある。ここはもう待ったなしで、物流が止まる寸前まで来ているのではないかという危機感があった」
この危機感は、当初、行政にさえ十分には理解されていなかったという。2022年、農林水産省が業界団体との意見交換を行った際、省側の認識は「特殊車両による物流にも課題があるのはわかっているが、その物流会社は各メーカーにひもづいているだろうから、課題解決は個社でできるはず」というものだった。これに対し、畑谷氏は「違う。植物油業界は、限られた特殊車両を各社で使い回している。その意味では、包装品のトラック配送と何ら変わりがない」と実情を訴えた。特殊車両は汎用性がなく、ドライバーの人口減少が進むなかで物流事業者が新たな投資をしにくい構造がある。この問題は、1社や1業界だけで解決できるものではない。
この訴えは、サプライチェーン全体を巻き込む議論へと発展する。農水省が設けた、製配販協議の場で問題提起したところ、買い手であるマーガリン工業会から「油脂業界の課題は理解できるが、それに対応するには我々もタンクの巨大化などの投資を参加企業に強いることになる。そして我々も、買い手である製パン業界に対して同じ課題を抱えている」という声が上がった。売り手から買い手へ、川上から川下へ。一つの課題が連鎖しているサプライチェーン全体の構造問題であることが、その場で共有されたのだ。
こうした粘り強い働きかけの結果、国の物流革新に向けた政策パッケージにおいて、バルクローリー輸送が荷待ち荷役時間の「2時間ルール」の適用除外の一部として認められるなど、少しずつ行政の理解も進んできた。YBM会議では、こうした業界横断的な課題意識をベースに、より具体的な改善策を議論していく構えだ。
J-オイルミルズの社内改革が示す「本気度」
YBM会議が「行動する組織」たりうる背景には、初年度の座長を務めるJ-オイルミルズ自身の徹底した社内改革がある。同社はYBM会議の発足に先んじること4年以上前の20年、社内に「サステナビリティ委員会」を設置した。この委員会は、取締役会に直接報告が上がる社内横断の重要組織。23年4月には、同委員会の下に「物流分科会」を置き、畑谷氏自らが座長を務めた。ここで特筆すべきは、販売物流という「発荷主」の課題だけでなく、これまで光が当たりにくかった調達物流、すなわち「着荷主」としての課題解決に本格的に着手したことだ。
「全サプライヤーさんにアンケートを出した。『弊社の物流に関してのお困り事やご要望があったらおっしゃってください』と。そこから出てきた納品リードタイムや手待ち時間といった課題をスクリーニングし、2年間かけてほぼ解消した」
この活動は、生産、調達、マーケティングといった他部門にも影響力を持つ委員会組織だからこそ可能だった。畑谷氏は、国交省の担当者を招いて経営会議メンバー向けに講演会を実施するなど、トップ層を含めた社内全体の意識改革を着実に進めてきた。こうした地道な活動が、ともすれば部門間の対立を生みがちな物流改善の取り組みを、全社的な活動へと昇華させた。
このJ-オイルミルズの経験は、YBM会議が掲げる加入条件にも色濃く反映されている。畑谷氏が明かす3つの条件は、この会議の本気度を雄弁に物語る。
・長時間待機と付帯作業の削減に取り組むこと
・物流事業者との定期協議に取り組むこと
これらはすべて、経営トップの改革への意思、すなわち「トップコミットメント」が大前提となる。小手先の改善ではなく、サプライチェーン全体を視野に入れた構造改革に取り組む覚悟が、YBM会議の参加証となっている。
「ファン付き作業着」から「フィジカルインターネット」まで
YBM会議が取り組むテーマは、極めて具体的で現場目線のものから、業界の未来を見据えた壮大なものまで多岐にわたる。畑谷氏が挙げた一例は、極めて示唆に富んでいる。
ローリー配送では、納品先でドライバーがタンク上部のハッチを開け、油を採取してサンプルとして渡す作業が慣習化しているという。雨の日も傘をさして高所に登る危険な作業だ。また、熱中症対策でファン付き作業着を着用したくても、異物混入を懸念する現場の意向で許可されないケースもあった。「私の立場で『それは人命尊重だろう』と。何の条件もなくOKだと。そのスタンスを他社さんにも話して、3社の統一見解として物流会社さんに回答する。そういうことをやっている」。個別の実務担当者レベルでは判断が難しいことも、YBM会議という枠組みで大手3社が統一見解を示すことで、業界全体の慣行を変えていく。こうした「各社におけるホワイト物流を含めた物流課題改善事例の共有」こそ、YBM会議の真骨頂だ。
もちろん、長期的な視点も忘れてはいない。パレット化が進まない業務用製品の標準化、そして究極的な理想形として「フィジカルインターネット」を視野に入れる。
「フィジカルインターネットは究極的な理想形だと思っている。ただ、そこでセットになるのが共通マスターの話。家庭用商品だけでなく業務用も含めて考えなければいけない」。さらに「大型ローリーのバルク版フィジカルインターネットのありようも視野に入れたい」と語り、業界が抱える最も困難な課題から逃げない姿勢を見せる。YBM会議は、目の前の「作業着」の問題から、未来の「フィジカルインターネット」まで、時間軸と課題のレイヤーを自在に行き来しながら、持続可能な物流の姿を模索していく。
「個社で悩むな、一緒にやろう」業界の未来を賭けた挑戦
YBM会議は、大手3社による共同物流プロジェクトではない。それは、サプライチェーンの川上から川下まで、これまで見て見ぬふりをしてきた慣行や構造的な課題に業界全体で向き合い、未来の物流を自らの手で創り上げていこうという狼煙(のろし)だ。
「法律の期限も迫り、自分の考えが合っているのかと個社で悩んでいるのであれば、同じ悩みを持つ者同士で共有し、方策を出し合っていきましょうよ、ということ」
畑谷氏の呼びかけは、植物油業界だけでなく、同様の課題を抱えるすべての荷主企業に向けられたメッセージともいえる。物流危機という未曽有の荒波を乗り越えるために必要なのは、個社の利益を超えた連携と、痛みを伴う改革を断行する覚悟だ。YBM会議の挑戦は、その試金石となる。その活動から、我々は一瞬たりとも目が離せない。(鶴岡昇平)
■「より詳しい情報を知りたい」あるいは「続報を知りたい」場合、下の「もっと知りたい」ボタンを押してください。編集部にてボタンが押された数のみをカウントし、件数の多いものについてはさらに深掘り取材を実施したうえで、詳細記事の掲載を積極的に検討します。
※本記事の関連情報などをお持ちの場合、編集部直通の下記メールアドレスまでご一報いただければ幸いです。弊社では取材源の秘匿を徹底しています。
LOGISTICS TODAY編集部
メール:support@logi-today.com
LOGISTICS TODAYでは、メール会員向けに、朝刊(平日7時)・夕刊(16時)のニュースメールを配信しています。業界の最新動向に加え、物流に関わる方に役立つイベントや注目のサービス情報もお届けします。
ご登録は無料です。確かな情報を、日々の業務にぜひお役立てください。