イベント2025年11月8日、大手町三井ホール。トラボックス(東京都渋谷区)の設立25周年を記念する盛大なセミナーの壇上で、業界のトップランナーたちと並び、熱く未来を語る背中があった。トラボックス取締役会長、吉岡泰一郎氏。その25年間は、日本の運送業界がITと出会い、格闘し、そして共に歩んできた歴史そのものと言っても過言ではない。
そしてこの日、吉岡氏はトラボックスでの役割を終える。「月並みですけど、25年あっという間だった。明日から何かが変わるのか、まだ実感がないんです」。セミナーの直前に行われたインタビューで、吉岡氏はそう言って穏やかに笑った。

だが、その胸の内には、25年間注ぎ続けた情熱の残り火どころか、新たな炎が燃え盛っていた。「好き勝手にやりたい。自分の思い通りな活動をしたい」。これは、引退の弁ではない。物流ITのパイオニアが、業界への「恩返し」を胸に、再び荒野へ漕ぎ出す「第二の創業」宣言だ。
銀行員、物流の「非効率」に飛び込む
吉岡氏の功績は、単に「求荷求車マッチング」というビジネスモデルを日本に定着させたことだけではない。その真髄は、デジタルによる効率化と、徹底したアナログ(人間臭さ)の融合にある。
2001年、住友銀行から転身し、まだ数名だったトラボックスに創業メンバーとして参画。当時は、運送業界の配車業務といえば電話とファクスが当たり前。「帰りの荷物」が見つからず、長距離を空荷で走る非効率な「空車回送」が経営を圧迫していた時代だ。「iモードが出てきた時に、これでマッチングの代替をやればコストもかからないし、安く早く気軽にできるんじゃないか、と。そこは目の付け所として正しいと思った」
まだインターネットすら懐疑的に見られていた時代。「誰が運営してんだ」という運送事業者の不信感を解くため、吉岡氏は「顔を見せた方が早い」と全国を奔走する。そこで生まれたのが、今や伝説となった「トラボックス交流会」だ。
「元々トラボックスは電話がないと完結しない。デジタルとアナログの融合なんです」。交流会は、その哲学を象徴する装置だった。単なる名刺交換会ではない。「顔を合わせてお酒を飲むのが、一番人間仲良くなる」という古い、しかし確かな信念のもと、デジタル上の取引先に「信頼」という血を通わせる場を提供し続けた。
「交流会で親しくなると、『あいつはやばい』『あの会社とは取引した方がいい』と、生きた情報がこっちに届く。非常に価値があったし、そこから口コミでトラボックスは広がった」
同日、帝国ホテルで開かれた交流会は、500人の定員が早々に満席となり、89回目にして最終回を迎えた。「これで稼ごうとするとおかしくなる」と、採算度外視で続けた活動が、結果として国内最大級の運送事業者コミュニティーを築き上げた。デジタルプラットフォーマーでありながら、誰よりもアナログな「義理と人情」の世界を知り尽くしていたことこそ、吉岡泰一郎という人物の最大の強みだ。

▲交流会恒例の記念写真の様子
54歳の挑戦と「ドライバーへの尊敬」
その人柄は、25年に実行した「54歳での大型トラック免許取得」という行動にも表れている。
「25年前に『お前、大型車乗ったこともないだろう』と言われたのが、ずっと引っかかってたんです」。
業界に25年身を置き、そのトップランナーと目されてもなお、心のどこかにあった現場への負い目。そして、ジャパントラックショーで「自分も運転したい」という純粋な憧れ。その両方が、吉岡氏を教習所へと向かわせた。
「自分で乗ってみると余計にわかる。トラックの運転手さんが普通に大型を運転してるのが、いかにすごいことか。ミラーがバス停にぶつかるんですよ。乗用車じゃありえない。そんな簡単なことじゃない」
机上の空論ではない。自らハンドルを握り、12メートルの車長と格闘したからこそ得られた、現場への深い尊敬の念。それは「乗ったこともない奴が言うよりかは、免許持ってる私が言う方が説得力ある」という、吉岡氏の新たな事業への確かな裏付けとなった。

▲初めて大型トラックで高速道路を運転する吉岡氏
新会社「ワンロジ」が挑む「儲からない」領域
19年、トラボックスはビジョナルグループに参画する。「50歳になった時、これからは若い方が考えていった方がいいと思った」と、当時を振り返る。そして5年の月日が流れ、25周年という節目に会長職を退く。しかし、冒頭の言葉通り、吉岡氏は「好き勝手にやる」ために新会社「ワンロジ」を立ち上げる。社名には、ラグビー好きらしく「ワンチーム」、そして「オンリーワン」「ワンステップ(アップデート)」の思いを込めた。
その事業内容は、吉岡氏の哲学の集大成だ。柱は4本。そのどれもが、大手コンサルやIT企業が手を出したがらない、泥臭く、手間のかかる領域だ。
「サービスが先、利益が後」。新会社でもそのスタンスは変わらない。柱の一つが「経営アドバイザー」だ。「コンサルティングみたいに大上段に構えるのではなく、アドバイザーとして伴走したい」。まず見据えるのは、トラボックス創業の地でもある東京都足立区の運送会社だ。「(物流新法による)許可更新制に乗れる会社を作りたい。新しい時代でも生き残るための手伝いを、まず足立区でやってみたい」
そこには、銀行員時代の「金融」の知識、M&Aを自ら経験した「当事者」としての知見、そして「不動産(宅建)」の資格という、吉岡氏が持つすべてのカードが注ぎ込まれる。「金融と不動産と運送会社。ここをうまいことやると助けられると思うんです。すごく手間がかかる割には儲からないから、多分みんなやらない。それをやる」
M&Aの仲介も手がけるが、目的は手数料ビジネスではない。「M&Aの仲介手数料は高すぎる。そして、売った後のケアがまったくない。私自身がそうだった」。自らの苦い経験から、「売った後のケア」まで含めた支援モデルを模索する。
「死ぬまで働く」原動力
なぜ、そこまでして業界に関わり続けるのか。「死ぬまで働く」と公言する吉岡氏の原動力を尋ねると、照れたような、実直な答えが返ってきた。
「仕事が好きなんですよね。もう単純に、趣味が仕事。コロナ禍でテレワークになってゴルフに誘われても、なんか虚しかった。仕事がないと面白くないんです」

その「趣味」の矛先は、育てた古巣と、愛する業界へと真っ直ぐに向かう。トラボックスの社員たちへは「もっと運送会社を大切にしてほしい。運送業を下に見るような人間に良いサービスができるわけがないから」と愛ある檄を飛ばす。そして、25年間苦楽を共にした運送業界の仲間たちへは、最大の激励を送る。
「運送会社の皆さんには、もっと勉強してほしい。セミナーとか物流展に足を運ぶ人が、残念ながら少すぎる。自分で新しいものを探していかないと、進化もアップデートもしない。給料を上げるには、売上を上げるか経費を下げるか、原資を作るしかない。その骨太の体質を作るためのヒントが、世の中にはたくさんある。それを人から聞くのではなく、自分から探しに行ってほしい」
そう熱く語った吉岡氏の表情は、退任の寂しさなど微塵もない、新たな挑戦に臨む起業家の顔そのものだった。「その手伝いをしたい。みんなで強くなってほしいし、強くしたい」。日本の物流ITの夜明けを告げた男は、25年の時を経て、今度は運送会社の「経営」そのものをアップデートするため、再び黎明期の光を灯そうとしている。(特別取材班/鶴岡、林、福崎)
■「より詳しい情報を知りたい」あるいは「続報を知りたい」場合、下の「もっと知りたい」ボタンを押してください。編集部にてボタンが押された数のみをカウントし、件数の多いものについてはさらに深掘り取材を実施したうえで、詳細記事の掲載を積極的に検討します。
※本記事の関連情報などをお持ちの場合、編集部直通の下記メールアドレスまでご一報いただければ幸いです。弊社では取材源の秘匿を徹底しています。
LOGISTICS TODAY編集部
メール:support@logi-today.com
LOGISTICS TODAYでは、メール会員向けに、朝刊(平日7時)・夕刊(16時)のニュースメールを配信しています。業界の最新動向に加え、物流に関わる方に役立つイベントや注目のサービス情報もお届けします。
ご登録は無料です。確かな情報を、日々の業務にぜひお役立てください。















