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ウクライナ人広報が多彩な現場から物流の魅力発信

2025年12月10日 (水)

ロジスティクスことし10月末、埼玉県八潮市の物流企業カネコの倉庫には、動画撮影をするモルスカ・リリアさんの姿があった。人物の立ち位置やカメラの位置を確認しながら、従業員に声をかけて撮影の段取りを整えていく。現場で場数を踏んできたことが、ひと目で伝わる手際のよさだ。

ウクライナ出身のリリアさんは、ユニコーンズホールディングス(東京都葛飾区、旧カインズグループ)で広報を担当。同社は1927年創業で、もともとは輸送用の木箱を扱う事業を展開。現在では物流・製造・電子基板・鉄道グッズ・IT・化粧品ブランドなど、多彩な企業が集うグループに成長。カネコは倉庫・梱包・流通加工を担う一社だ。

▲ユニコーンズホールディングス管理本部で広報を担当するモルスカ・リリアさん

「グループには本当にいろんな会社が入っている。電子基板を作る工場もあれば、鉄道グッズのブランドもあるし、化粧品を扱う会社もある」と語る。リリアさんは広報として多様な現場に足を運び、働く人の姿に触れながら、現場の空気が感じられる発信を行っている。

八潮市の拠点には低温倉庫もあり、グループ会社が扱う化粧品のほか、楽器や展示物など繊細な温度管理が必要な品目を扱うこともできる。一方、千葉県印西市の拠点は海苔の流通加工が中心で、包装作業も行う。デパートのギフト品のように、一つひとつ包装紙で箱を丁寧に包む作業を見たときには、「日本らしい細やかさが伝わってきた」と話す。

日本の物流の現場ではよくある作業風景でも、リリアさんの目にはどれも新鮮に映る。「日本人とは異なる視点から現場を見て、魅力を切り取ってくれる点が大きな価値」。そう語るのはユニコーンズホールディングスの金子高一郎社長だ。

2人の出会いは、金子社長が所属するロータリークラブの奨学金制度を通じてリリアさんを支援したことがきっかけ。金子社長は「日本語力も高く、物事に前向きに取り組む姿勢が非常に印象的だった」ことから、まずはリリアさんを同社の情報発信のアルバイトとして採用。「現場を回りながら発信を続ける姿を見て、『この人なら広報としてやっていける』と感じ、正式に採用することを決めた」という。

同社グループの車載機器取付キットを製造する工場では、若手社員の作業スピードに驚いたリリアさん。「十代の女性スタッフが本当に早くて。仕事として本気で取り組む姿に圧倒された」と語る彼女は、現場の空気を肌で感じ、それを広報として外部に伝えていく。ユーチューブ、インスタグラム、X(旧Twitter)など複数のSNSを駆使し、短尺動画、現場紹介、社員インタビューなどのコンテンツを作成し、働く人の素顔が伝わる発信を続けている。

▲カネコの倉庫で動画の収録をするリリアさん

ネットでの発信に力を入れていることについてリリアさんは、「会社の魅力を知ってもらう入り口がSNS。若い人は知りたいことをまずネットで検索するので、何も出てこないと不安になるはず」と語る。母国ではオンラインの日本語学習ページを運営していた経験があり、読者の反応を受けて改善する経験は今の業務にも生かされている。

広報としてほぼ毎日どこかの現場に足を運んでは収録や取材を行い、机に座って作業する日は週に数日だけ。「現場に行くと必ず新しい発見がある」と笑いながら話すリリアさん。新しいものを発見し続けるその感性こそが、同社の発信のクリエイティビティーの源泉なのだ。

日本で働くなかで文化の違いに戸惑うこともある。特に印象的だったのが「初対面の人との距離感」だという。「ウクライナでは会ったらすぐに、お互いに自分のことをたくさん話す。家族のこと、人生で一番驚いたこと、一番辛かったことなどをお互いに話し、すぐに深くつながる。でも日本では、ゆっくり関係を育てていく感じ。最初はどうやって親密になればいいのか戸惑ったが、文化の違いとしてはとても興味深く感じている」と語る。

来日前はキーウ大学で日本語を学んでいたが、戦争による緊迫した状況のなかで避難の必要が高まった。「本当は避難したくなかったが、両親は“ウクライナ以外の国に行ったほうがいい”と日本に行くことを勧め、就職する決断を後押ししてくれた」

▲カネコ社屋と倉庫

日本の受け入れ制度を利用して来日したリリアさんは、武蔵野大学に進学。大学卒業後は大学院の修士課程でビジネス日本語を学んだ。キーウ大学では言語学を学び、日本語、ウクライナ語のほかにも、英語、ロシア語、ポーランド語を操り、韓国語も読める。「言葉は自分の強み」と語る。

卒業後は学生寮を出ることになり、アパート探しやライフラインの手続きなどを一人で進めた。同社に就職するまでの間、両親に会うために帰国した際は飛行機が使えず、ハンガリーから21時間以上かけて鉄道で国境を越えたこともあるという。

現在、ユニコーンズホールディングスグループ内で働く外国人人材は、リリアさんのほかに、ベトナムの工科大学を卒業した技術系社員の計2人。同社は今後も状況に応じて外国人人材を採用していく方針で、金子社長は「文化の違いはあるが、それを壁ではなく“強み”として生かしていける会社を目指していく」と語る。

物流・運送業界では近年、特定技能外国人ドライバーなど、外国人人材の採用が注目を集めている。社会的にも、不足する労働力を国外から補うことに期待が集まる一方、数万人単位で外国人が流入することで生じる摩擦や文化の違いへの対応への不安も高まっている。

確かに、異文化や異なる価値観を持つ人材の流入は、ときに現場に摩擦を生むこともある。だがそれは同時に、日本人だけでは持ち得なかった視点や感覚が現場にもたらされることを意味している。リリアさんがカメラを通して切り取る物流現場の風景は、その象徴とも言えるだろう。労働力の補完にとどまらず、新たな発想や気づきを取り入れる契機として外国人材をどう生かしていくのか。さまざまな慣習の見直しが求められている今の物流業界には、そうした視点で人材を捉え直す姿勢も必要なのではないだろうか。(土屋悟)

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