イベント各国は、もはや従来の人海戦術には戻れない。解決策は、AI(人工知能)や自動化技術による「標準化」と、国境や企業を超えたインフラの「共有」(シェアリング)にある。ICLT2025は、各国各地域のローカルな課題をグローバルな知見で解決するための、産官学連携の実装の場として機能していた。本誌では、実行委員長への単独取材、基調講演の詳報、そして注目の台湾企業トップへのインタビューを通じ、アジア物流の新たな潮流をレポートする。
産官学をつなぐ「実装」の場、東京大学に集結
ICLT(International Conference on Logistics and Transport)は、アジア太平洋地域を中心に、ロジスティクスと交通分野の専門家が集う国際会議だ。第15回となる今回は、東京大学の本郷キャンパス(東京都文京区)を会場に開催され、世界10か国以上から研究者、政府関係者、企業実務家らが集結した。

▲ICLT2025にはアジア太平洋地域を中心に10か国以上から専門家が参加した
本会議の最大の特徴は、単なる学術論文の発表にとどまらず、政策立案者(Policy)、研究者(Academia)、実務家(Practitioner)をつなぐ「コネクティビティ」(連結)を重視している点にある。タイ、フランス、韓国など世界各地で開催を重ねてきたICLTだが、今回は物流先進国でありながら深刻な労働力不足に直面する日本が舞台となったことで、より切実で実践的な議論が展開された。
開会にあたり、今回のローカルホストを務めたICLT2025実行委員長であり、フィジカルインターネットセンター理事長も務める流通科学大学名誉教授の森隆行氏が登壇した。

▲開会挨拶に立つ森隆行氏
森氏は、世界各地から東京大学のキャンパスに集まった参加者を歓迎し、「東京での滞在を楽しみ、実りある時間にしてほしい」と挨拶を述べた。日本のフィジカルインターネット推進の第一人者でもある森氏のもと、アカデミアと実務家が交わる東京開催の意義を印象づける幕開けとなった。
労働力不足は「現象」、「カイゼン」と技術で乗り越える
「労働力不足は『問題』というより、世界中で起きている避けて通れない『現象』(フェノメナ)と捉えるべきだ」。ICLT総合議長を務めるチェンマイ大学(タイ)のポティ・チャオパイサーン准教授は、会場でのLOGISTICS TODAYの単独取材に対し、冷静に現状を分析した。

▲単独取材に応じるポティ・チャオパイサーン准教授
ポティ氏によれば、先進国のみならず、タイなどの新興国においても、人々は過酷な倉庫作業を敬遠し始めている。
そのため、多くの研究発表が「いかに少ない人数で業務を遂行するか」という最適化に焦点を当てている。「重要なのは『カイゼン』のプロセスとテクノロジーの融合だ。例えばAR(スマート)グラスなどの技術導入でヒューマンエラーを排除できれば、後工程での品質管理(QC)への依存度を下げられる。正しいプロセスこそが省人化の鍵だ」
ポティ氏は、こうした知見を国境を超えて共有し、参加者が自国の政府や企業に持ち帰って実装することを強く推奨する。物流に国境はなく、ある国の成功事例は他国の解決策になり得るからだ。
経産省が描く2040年の「フィジカルインターネット」
基調講演では、経済産業省の平林孝之氏(商務・サービスグループ 消費・流通政策課長兼物流企画室長)が登壇し、日本が主導する「フィジカルインターネット」(PI)のロードマップを提示した。
平林氏は、日本の物流危機、いわゆる2024年問題の背景にある構造的な需給バランスの崩壊をデータで示した。トラックドライバーの時間外労働規制適用により輸送能力が不足するなか、従来の多重下請け構造や低コスト重視の商慣習が限界を迎えている。

▲フィジカルインターネット構想を説明する経済産業省の平林孝之氏
「手荷役なら2、3時間かかる作業も、パレット活用なら20分から30分で済む。こうした現場の非効率を解消し、ガバナンスやデータ基盤を整えることがPIの第一歩だ」と平林氏は具体例を挙げた。
日本政府は2040年を見据えたロードマップを策定しており、25年までは政府が補助金や法整備で支援するフェーズだが、26年から30年にかけては民間セクターが主体となって実装を進める「離陸期」に入ると説明。会場からの「誰が主導するのか」という問いに対し、平林氏は「次はビジネスセクターが主役だ」と明確にバトンを渡す姿勢を示した。
インフラの刷新「OMEGA」が示す未来
「物流業界は過去40年間、本質的に変わっていない。今こそiPhoneが登場したときのようなパラダイムシフトが必要だ」。そう語ったのは、台湾の物流不動産開発大手、Ally Logistics Property(ALP)の共同創業者兼CEO、チャーリー・チャン氏だ。
チャン氏は基調講演と個別インタビューで、同社が提唱する次世代物流インフラ「OMEGA」(オメガ)の構想を熱く語った。OMEGAは、単なる倉庫ではない。「不動産×自動化×テクノロジー」を垂直統合したプラットフォームだ。

▲OMEGAの仕組みについて説明するチャーリー・チャン氏(Ally Logistic Property Co-Founder & CEO)
チャン氏は「労働力不足は日本だけの問題ではない。タイでも倉庫作業員は自国民ではなく、カンボジアやラオスからの労働者に依存している。若者は倉庫よりウーバーのようなギグワークを選ぶ」と、現場のリアルな実情を明かす。人が集まらない以上、自動化は選択肢ではなく必須条件だ。しかし、中小企業が個別に高度な自動化設備を導入するのは投資対効果の面で難しい。
そこでALPは、巨大な自動倉庫(ASRS)を建物の中心に据え、それを複数のテナント企業がシェアするモデルを構築した。テナントは設備投資なしに、必要なパレット数(容量)に応じて利用料を払う「Plug & Play」(プラグ・アンド・プレイ)形式で最新鋭のインフラを利用できる。
「我々は物流の『コワーキングスペース』を提供しているようなものだ。需要の変動に合わせて利用規模を柔軟に変えられる」。さらにチャン氏が強調したのは、データの価値だ。同じOMEGA内であれば、例えばメーカーから小売業者へ商品を納品する際、物理的なモノの移動は発生せず、データ上の「所有権」を移転するだけで完了する。これにより、究極の在庫削減と輸配送の最小化が実現する。
ALPは現在、台湾での成功を足がかりに、マレーシア、タイ、シンガポールへ展開しており、日本進出も視野に入れている。チャン氏は「日本の物流現場は非常に洗練されているが、インフラ自体は更新時期を迎えている。我々のモデルが日本の課題解決に貢献できると確信している」と自信を見せた。
台湾・高雄へ続く「海の物流」の議論
イベントの締めくくりには、ICLT名誉議長であるルッツ・バノミョン教授(タマサート大学)とアピチャット・ソパダン学部長・准教授(チェンマイ大学)が登壇し、ベストペーパー賞の授与を行った。今回のアワードは、ウボンラチャタニ大学(タイ)のチームによる「デジタルツインとバーコード技術を統合した在庫最適化」に関する論文に贈られ、まさにDX(デジタルトランスフォーメーション)と現場改善を融合させた研究が高く評価された形だ。
そして、次回のICLT2026の開催地として、台湾の高雄(カオシュン)が発表された。高雄は台湾最大の港湾都市であり、韓国の釜山と同様、重工業と海運の拠点だ。次回のテーマは「海事ロジスティクス」(Maritime Logistics)が中心となる見込みだ。サプライチェーンの分断が叫ばれるなか、島国である日本や台湾にとって、海上輸送の強靭化は安全保障にも直結する重要課題だ
閉会式でポティ氏は「ここでの出会いが次のプロジェクトを生む。ぜひ台湾の現場を見に来てほしい」と呼びかけた。各国の政策立案者と最先端の技術を持つ企業、そしてそれを裏付ける研究者が一堂に会したICLT2025。現場感のある国際連携こそが、停滞する物流課題を打破する原動力になると確信させる。
ICLT2025で議論されたテーマと連動する、
アジアSCM・フィジカルインターネット・拠点DX を深掘りする
LOGISTICS TODAY主催オンラインイベントを
12月11日(木)15:00に公開します。
本イベントには、ICLT2025にも登壇した
ルッツ・バノミョン 氏(タマサート大学 教授)、
アピチャット・ソパダン 氏(チェンマイ大学 学部長・准教授)、
チャーリー・チャン 氏(アライ・ロジスティック・プロパティ CEOオフィス 国際展開ディレクター)
が出演。
進行(モデレーター)は
森 隆行 氏
(フィジカルインターネットセンター 理事長/流通科学大学 名誉教授)が務めます。
本イベントは無料でご視聴いただけます。
ご視聴には事前のお申し込みが必要です。
申込期限は12月10日(水)17:00です。
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