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原料から完成品へ、集約化が招いた保管リスクと解決策

危険物物流が突きつける“24年問題”の新たな死角

2025年12月1日 (月)

話題かつて「危険物倉庫」といえば、港湾部や工業地帯の片隅で、ドラム缶や一斗缶に入った化学原料・中間製品を保管する施設──それが物流業界の共通認識だった。しかし今、その認識は大きな修正を迫られている。焦点は、我々の身近にあるスプレー缶や化粧品、アルコール製品、そしてリチウムイオン蓄電池(LiB)を内蔵したモバイルバッテリーや電動工具といった「完成品」に移っているからだ。

長らく、こうした完成品は一般倉庫の中で「グレーゾーン」として保管され、見過ごされてきた側面がある。少量であれば消防法の指定数量未満で収まっていたからだ。ところが、昨今の物流効率化と「2024年問題」への対応が、このパンドラの箱を開けてしまった。拠点の統合・巨大化が進み、一つの倉庫に集まる在庫量が増大した結果、指定数量を超過し、「危険物倉庫で保管しなければならない」事態が頻発しているのだ。

だが、受け皿となる危険物倉庫は港湾部などの限定的なエリアに偏在している。内陸の大型センターから遠く離れた場所へ在庫を移せば、横持ち輸送のコストと時間は跳ね上がり、物流効率化の足かせとなる。「入れたくても、場所がない」「コストが合わず、移せない」──。このジレンマを解消し、コンプライアンスと効率を両立させるための“最適解”とは何か。本特集では、危険物物流の新たなインフラ構築を目指す企業の取り組みを通じ、危険物物流の現在地と未来を読み解く。

なぜ今、「完成品」の保管場所が足りないのか

2022年5月、LOGISTICS TODAYが開催した「第一回危険物倉庫緊急サミット」は、定員100人の枠に対し4倍を超える420人の申し込みが殺到する異例の事態となった。この熱気が何より雄弁に物語っていたのは、危険物物流の主役が「原料・中間製品」から「完成品」へとシフトしているという事実だ。当時の視聴申込者の内訳をひも解くと、化学メーカーなどの従来層だけでなく、化粧品メーカーやEC(電子商取引)モール事業者、ドラッグストアなどの小売事業者、そしてそれらに関連する物流事業者が全体の半数を占めていた。これは、生活消費財としての危険物が急増し、多くの企業がその取扱いに頭を抱え始めていたことの証左である。

あれから3年。市場環境はどう変化したか。国土交通省の統計によれば、21年以降、危険物倉庫の床面積は毎年二桁近い伸び率を示しており、供給量は確実に増加している。デベロッパーや建設会社による供給努力は着実に実を結びつつあると言えるだろう。しかし、現場の実感値として「足りている」という声は聞こえてこない。むしろ、「依然として倉庫が足りない」という悲鳴は強まる一方だ。

▲従来は危険物と言えばドラム缶などに入った原料、中間品が主だったが、近年はリチウムイオンバッテリーやECで扱う化粧品類などの保管需要が高まっている

なぜ供給が増えても不足感は解消されないのか。その最大の要因は、需要の質的変化と量的拡大のスピードにある。EC市場の拡大とともに、エアゾール製品、香水、アルコール消毒液、そしてLiB内蔵製品といったBtoC向けの「完成品」の流通量が爆発的に増加した。これらは従来のドラム缶や一斗缶とは異なり、細かいピッキングや流通加工を伴うため、より広い作業スペースと高度な管理機能を必要とする。さらに、「物流拠点集約」のトレンドが追い打ちをかける。24年問題を見据え、在庫拠点を大型化・集約化した途端、一拠点あたりの危険物保管量が跳ね上がり、コンプライアンスの閾値(いきち)を超えてしまうケースが多発しているのだ。

ここで企業は厳しい選択を迫られる。コンプライアンスを順守して遠方の危険物倉庫へ在庫を分散させれば、配送リードタイムは延び、横持ちコストが利益を圧迫する。かといって現状維持は法令違反のリスクを抱え続けることになる。この「グレーゾーンの解消」と「物流効率化」という、一見相反する課題を同時に解決する手段として、今、「一般倉庫と危険物倉庫の一体運用」と「法改正を活用した新たな保管スキーム」に注目が集まっている。

消防法改正とLiB保管の新たな可能性

危険物倉庫不足の解消に向け、行政も動き出した。23年から25年にかけての消防法関連規定の改正は、LiB保管のボトルネック解消に向けた大きな一歩と言える。具体的には、以下の2点が緩和された。

一つは、「一般倉庫における保管要件の緩和」だ。従来、指定数量以上のLiBは原則として危険物倉庫(屋内貯蔵所)での保管が必須だった。しかし、今回の改正により、一定の条件下(充電率30%以下など)であれば、「一般倉庫の一部を区画して保管すること」が可能となった。さらに、充電率が低い場合などリスクが限定的な条件下では、高価なスプリンクラー設備の設置義務も免除されるケースが明記された。これにより、既存の一般倉庫を改修してLiB保管エリアを設けるという選択肢が現実味を帯びてきた。

▲リチウムイオンバッテリー(イメージ)

もう一つは、「移動ラック設置基準の明確化」。これまで、危険物倉庫内への移動ラックの設置は、所轄消防の判断により認められないケースも多く、保管効率の向上が課題だった。しかし、今回の改正により、設置基準が明確化され、安全対策を講じることで導入が可能となった。これにより、限られた倉庫面積で保管容量を最大化する道が開かれた。

この法改正は、倉庫不足に悩む荷主にとって朗報だが、同時に「どう保管するのが正解か(最適解か)」という新たな悩みを生むことにもなった。「既存倉庫を改修すべきか、新築すべきか」「どのスキームがコスト最適か」。その判断には高度な専門知識が求められる。

「併設」こそが最強の効率化、不動産デベロッパーが示すモデル

「完成品を扱う多くの荷主企業にとって、在庫の分散は致命的。だからこそ、我々は一般倉庫の敷地内に危険物倉庫を併設する開発を進めている」。そう語るのは、プロロジス開発部の佐藤英征部長だ。

同社が茨城県古河市で展開する「プロロジスパーク古河プロジェクト」は、この課題に対する明確な回答だ。24年12月に竣工したHAZMAT(危険物)倉庫群「古河6」は、隣接する大型マルチテナント型施設「古河4」との一体運用を前提として提供。実際、「古河6」の全8棟を一括で借り上げた大手3PL企業は、大手通販事業者の商材を扱うにあたり、一般品を「古河4」で、危険物に該当する完成品を「古河6」で保管するスキームを構築した。こうしたニーズを受け、プロロジスは26年2月に危険物倉庫全10棟からなる「古河7」を竣工し、一般倉庫のマルチテナント型施設や専用設計(BTS)型倉庫との一体運用の可能性を広げる。

さらにプロロジスは、法改正への対応もリードしている。「古河4」の2階・3階エリアは梁下有効高が最大8.6メートルあり、新基準で求められる「天井から2メートルの離隔」を確保しつつ、十分な保管効率を維持できる設計となっている。これにより、危険物倉庫だけでなく、一般倉庫の高天井区画を活用したLiB保管という選択肢も提供可能となった。

▲プロロジスパーク古河4は危険物倉庫も併設するが、天井高を生かした一般倉庫としても活用できる

野村不動産は、同社最大規模となる物流施設「Landport(ランドポート)東海大府Ⅰ」を2025年10月に竣工し、敷地北西側に危険物倉庫(917平方メートル)を併設する構成を採用した。一般倉庫と危険物倉庫を同一敷地内に備える点は、危険物を扱う荷主にとって、保管場所を分散させずに運用できるという実務上の利点につながる。大規模マルチテナント型施設に危険物倉庫を併設する事例は多くなく、同施設の規模感と組み合わせることで、より多様な保管需要に応えられる点が特徴となる。

BCP面では、免震構造と72時間稼働可能な非常用発電機を標準装備し、危険物を含む重要在庫の継続的な保管を支える設計となっている。立地も、洪水・高潮・津波・土砂災害のいずれのハザードにも該当しないエリアであり、危険物倉庫の運用に求められる安全性確保のうえで大きな強みとなる。

さらに、東海市・大府市・野村不動産の3者による防災協定の締結予定により、有事には地域の防災活動を支える拠点として活用される計画だ。これにより、危険物を含む保管機能が地域のレジリエンスにも貢献する位置づけとなり、物流施設としての公共性も高まっている。

危険物倉庫の併設、BCPを意識した構造・設備、そして地域防災との連携を組み合わせた同施設は、危険物を扱う荷主企業にとって実務上の価値を持つ拠点といえる。

▲Landport東海大府Ⅰの全景。大規模施設内に危険物倉庫を配置し、多様な保管ニーズに対応

「隠れた危険物」をあぶり出し、最適化する建設の知恵

「お客様自身が、自社製品が危険物に該当すると気づいていないケースも少なくない」と指摘するのは、三和建設の松本孝文氏(RiSOKOブランドマネージャー)だ。同社には、物流拠点の統合などを機に「改めて在庫を精査したら、指定数量を超えていた。どうすればいいか」という相談が急増しているという。

三和建設の強みは、単に倉庫を建てるだけでなく、保管物の性状や数量を分析し、法改正も踏まえた最適な保管方法と運用方法を導き出すコンサルティング能力にある。「既存の一般倉庫の一部を改修して少量危険物庫にするのか、敷地内に別棟を建てるのか。あるいは、法改正で緩和された要件を活用して一般倉庫内で保管するのか。さらに、移動ラックを導入して保管効率を高めるのか。コストとコンプライアンスの狭間で悩むお客様に、現実的な選択肢を提示している」(松本氏)

特にLiB保管においては、メーカーと連携し、改正法に対応した専用ラックの開発なども進めており、ハード・ソフト両面から「ジャストスペック」な倉庫を提案している。

AIマッチングで「運べない」を解消、長瀬産業の挑戦

保管場所が決まっても、最後に残るのが「輸送」の問題だ。危険物は一般貨物と異なり、混載の制限や、イエローカード(緊急連絡カード)の携行、何より専門知識を持ったドライバーが必要となる。しかし、化学品物流は多重下請け構造が常態化しており、情報が不透明で、帰り荷の確保が難しく積載率が低いという課題を抱えていた。

ここで革新的なソリューションを提供しているのが、化学品専門商社の長瀬産業だ。同社は、100年を超える歴史で培った専門知識と最先端のAI技術を融合させた「化学品AI共同物流マッチングサービス」を展開している。

このサービスは、単なる掲示板的な求車求貨システムではない。会員企業(荷主・物流会社)から入力された「発着地住所」「輸送数量」「年間出荷便数」というシンプルな情報を基に、AI独自のアルゴリズムが最適なパートナーを自動でマッチングする。最大の特徴は、「帰り便」や「混載便」の活用による積載率向上だ。例えば、富山から大阪へ荷物を運んだトラックが空車で戻る際、大阪から石川へ荷物を運びたい別の企業のニーズとマッチングさせることで、空車回送を削減し、輸送効率を劇的に改善する。

▲長瀬産業が提供する危険品物流AIマッチングサービス(出所:長瀬産業)

これにより、荷主企業はコスト削減と安定した輸送手段の確保を、物流企業は積載率向上による収益拡大とドライバーの労働環境改善を実現できる。さらに、CO2排出量の削減効果も可視化でき、サステナブルな物流への転換も支援する。「運べないリスク」を「共創のチャンス」へと変える、まさに次世代の物流プラットフォームと言えるだろう。

CLOが直視すべき「見えざる在庫リスク」

22年の第一回危険物倉庫サミット以降の大きな変化は、危険物が「特殊なモノ」から「身近な経営リスク」へと変わったことだ。物流拠点の集約は、効率化の切り札であると同時に、潜在していたコンプライアンスリスクを顕在化させるトリガーでもあった。

来年度から選任が義務化されるCLO(物流統括管理者)にとって、この問題は避けて通れない。自社のサプライチェーン上に、「グレーゾーン」のまま保管されている商品・在庫はないか。拠点の統合によって、指定数量を超えるリスクはないか。そして、それを解消するために、どのような施設戦略とパートナーシップが必要か。

プロロジスや野村不動産が提供する「併設型施設」、三和建設が提案する「ジャストスペックな設計」、長瀬産業が支える「AI輸送マッチング」。これら4社のソリューションは、単なるサービスの羅列ではない。企業のコンプライアンスと物流効率を両立させるための、必須の「インフラ」なのである。

「見て見ぬふり」はもはや許されない。リスクを直視し、戦略的に危険物物流をリデザインすることこそが、持続可能なサプライチェーン構築への第一歩となる。そして忘れてはならないのが、不適切な保管は単なる法令違反にとどまらず、万が一の火災事故という取り返しのつかない事態を招く恐れがあるという点だ。ひとたび事故が起きれば、企業の社会的信用は瞬時に失墜し、サプライチェーンは寸断される。適切な危険物管理は、BCP(事業継続計画)の要諦であり、企業存続のための防波堤でもあるのだ。

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