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バイウィルが呼びかける、スコープ3としての脱炭素取り組み

中小物流のGX、今こそ問う「いつから、何から」

2025年12月3日 (水)

記事のなかから多くの読者が「もっと知りたい」とした話題を掘り下げる「インサイト」。今回は「バイウィル、都内中小企業にCN投資の糸口提供」(12月1日掲載)をピックアップしました。LOGISTICS TODAY編集部では今後も読者参加型の編集体制を強化・拡充してまいります。引き続き、読者の皆さまのご協力をお願いします。(編集部)

ロジスティクス「ドライバーの労働時間規制なんてできるはずないだろう」。物流業界の働き方改革が議論され始めた当初は、そんな現場の意見も根強かったと聞く。こうした見通しの甘さが、物流危機対応の遅れにつながった面はないだろうか。

環境対策はどうだろう。

「脱炭素は大企業だけの取り組み」。物流現場では依然としてこの認識が根強い。確かに2026年からの本格稼働が予定されるGX-ETS、27年からのサステナビリティ基準委員会(SSBJ)による情報開示義務は当初一部大手企業が対象ではある。

GX-ETSは、国が進める「温室効果ガス排出量取引制度」で、大企業に排出の“上限”を設け、その範囲で削減や売買を促す仕組みであり、現行の自主的取り組みより強制力のある削減管理が行われる見込みである。SSBJの開示義務も、企業にサステナビリティ情報の開示を求めるもので、財務報告と一体で扱うことを想定した仕組みとして、スコープ3(自社以外で発生する排出)も開示範囲に含まれる。当然、スコープ3に該当する物流・運送事業者にも対応が確実に波及し、環境対応を“余力のある企業だけが取り組むもの”と捉える時代は終わりつつある。

とはいえ、中小企業にはそのための投資余力などどこにもないというのが現状だろう。では中小物流・運送企業は、どこから備えるべきなのか。

環境価値創出への理解を深め、準備を進めるとき

(クリックで拡大、出所:バイウィル)

Jクレジット創出や環境価値の流通を担うバイウィル(東京都中央区)取締役CSOで、その研究部門・カーボンニュートラル総研(CN総研)の所長を務める伊佐陽介氏は、脱炭素の要点を「義務感からではなく、持続性のある企業の自発的な取り組みとして実装させること」として、“環境価値”を起点に脱炭素と経済成長の両立を実現する「資金循環」の仕組みを定着させようとしている。伊佐氏は中小にとっての高いハードルを理解しつつ、「まずは、自社の燃料使用量や排出量を知り、そのうえで環境価値を介した資金循環の仕組みを理解することが、中小物流・運送企業にとっての第一歩になる」と訴える。

Jクレジットとは、省エネや再エネ導入、森林保全などの取り組みによって削減・吸収されたCO2を“クレジット(排出削減量)”として国が認証する仕組みで、大企業の自主的な削減や地域の環境投資にも広く活用されてきた。クレジットの取引を通じて資金を循環させる制度でもある。

伊佐氏はコンサルティング領域で企業のサステナビリティとブランディングをつなぎ合わせ、非財務価値の向上を支援してきた。森林由来のJクレジットなどを中心に地方自治体、地銀、中小企業と連携してきた経験から、「中小の現場、地域にこそ削減余地がありながら、投資へ進む動機が生まれにくい」という構造を指摘する。

大企業は資金と技術を持ちながらすでに新たな削減余地が小さく、中小は削減余地が大きい一方で取り組む余力がない。このギャップを埋めるのがクレジットをはじめとする“環境価値”だという。環境価値を介することで、大企業から地域・中小へ資金が流れる循環が生まれる。CN総研の設立は、この循環を設計し可視化するための機能強化に位置付けられている。

物流業界に目を向けると、脱炭素の圧力が最初に強まるのは大手事業者だが、その次に来るのは必ず協力会社を含む中小の運送会社である。とりわけスコープ3の排出量開示が義務化されれば、荷主企業は委託先の実態把握を強化せざるを得ない。燃料の種類、使用量、車両構成、稼働時間──こうしたデータは現場企業からしか取得できず、必然的に情報提出要求が広がる。数年以内に“自分たちには関係ない”という認識は通用しなくなるだろう。

ただし、これを「すぐに巨額の投資が必要になる」という意味で捉える必要はないとも強調する。2026-27年は、多くの中小企業にとって自社の排出量把握などの準備期間としてロードマップを描き、当面は「理解し、備える」段階になるだろうという。個人的な考えと前置きしながら、本格的なアクションが必要となるのは、30年のNDC(自国が決定する貢献)目標が精査され、その対応が差し迫る28-29年ごろと伊佐氏は想定する。運送領域の脱炭素には次世代環境燃料の開発や普及、車両転換など国の強力な後押しは不可欠であり、法律や補助金なども含めた実効性のある官民連携のタイミングが必ずやって来るはず。その機を逃さない準備こそが、中小企業が今取るべき対応ではないかという。

物流SCへの活用で注目、「カーボンインセッティング」

▲バイウィル取締役CSO兼カーボンニュートラル総研所長の伊佐陽介氏

物流領域においてもサプライチェーン(SC)全域のカーボンニュートラル対応が求められている。カーボンクレジットは中小企業にも活用可能な仕組みとしながら、一方で、「物流のSCにそのまま当てはめるのは実は相当ハードルが高い」と伊佐氏は指摘する。

大手荷主の目線で見ると、スコープ3を減らしたいのに、その削減を担った運送会社が努力して減らした分をクレジット化してSC外の第三者に売ってしまえば、自社の排出削減として計上できなくなる。せっかくのバリューチェーン内での排出削減量が“別の商品”として外に出ていくと、荷主側は別途オンセット(相殺)手段を探さざるを得ない。SC外ではなく発注者であるスコープ1企業がクレジットを買い取る形にすれば資金は現場に流れるが、バリューチェーン全体の排出量としてはスコープ1と3でやりとりしただけという構図で意味がない。制度上の扱いと実務上の負担、双方を考えると、物流SCではクレジット単体が“最適解”になりにくいとされる所以だ。

そこで注目されるのが「カーボンインセッティング」である。これは荷主がSC内の運送会社の燃料転換や効率化投資に資金を提供し、その削減成果を荷主側の環境価値として扱う仕組みだ。荷主にとっては自らの投資によってスコープ3がどれだけ減ったかを、証書という形で確認しながら開示できる。一方で物流・運送事業者にとっては、必要な投資資金を呼び込み、返済ではなく「削減成果=証書」で応えることができる。

物流会社は投資リスクを抑えながら改善に取り組め、荷主はスコープ3削減の実効性を高められることから、船舶の環境対応など莫大な投資が必要となる海運では、すでに商船三井などが実証を進めている。伊佐氏は「金融機関を介さない直接的なファイナンスともいえる。環境対策におけるSC連携としてもっとも現実的な脱炭素推進策になり得る」と期待を寄せ、こうした取り組みへ参加企業を巻き込んでいくこともミッションと語る。

カーボンニュートラル総研が「やりたくなる」メニューを用意する

中小事業者にとって脱炭素取り組みは、「いつかやらなくてはならないこと」に過ぎず、そのための投資力もモチベーションもないのが現状だ。コストや業務負担が増えるばかりで「やりたくなること」へと価値を転換できる環境にない。

また、中小単独での取り組みには限界があるため、地域連携も不可欠だが、その仕組み作りも個社でできるものではない。投資メリットを高めるためには、地域の有力企業などが中心となって“面”としての連携を構築し、地銀、さらにバイウィルのような事業者が後押しすることで参画しやすい座組とすることも必要だ。

「スタートは排出量の可視化。それは間違いではないが、それでどんなメリットがあるのかということで終わらせないことが私たちの使命。まず排出量を把握すればその先にこんなメリットが、あるいはこの取り組みではこんなメリットがあるなど、よりわかりやすい道筋を“メニュー”として用意していきたい」(伊佐氏)と、現場が主体的に動ける環境を整え、事例作りや世論形成へと広げていく構えだ。

取り組むべき内容は企業規模や地域事情によって大きく異なる。だからこそ、低排出燃料や配送の最適化、共配といった削減手段を“義務”ではなく“選択肢”として理解できる環境を整えることができれば、企業が決断すべき将来への判断の助けにもなるだろう。CN総研が目指すのは、そのための「やりたくなる」選択肢をよりわかりやすく明示することだ。

インタビューの終盤、伊佐氏は次世代の価値観の変化にも触れた。小中高生の世代は環境問題、SDGsへの理解が深く、企業の取り組みを厳しく見る姿勢が根付いているという。将来の顧客候補から、“将来を食いつぶす”ビジネスモデルが厳しく監視され、脱炭素は企業経営の本流に位置付けられる段階に来ていると語った。

いまの経営陣が「2050年カーボンニュートラル」に立ち会えるとは限らない。それでも、いま選ぶ物流の方向性はそのまま引き継がれ、30年代以降の現場の選択肢を狭める可能性があることは意識しておくべきだ。脱炭素とは、企業利益を度外視して“立派なことをやる”活動ではなく、次の世代が身動きできる余地を残すための、きわめて現実的な経営判断に近い。環境価値を介した資金循環やカーボンインセッティングは、その判断の幅を広げるための道具にすぎない。いま下す意思決定で将来の選択肢を閉ざさないこと。現実と未来のちょうど境目に立つ世代には、なんとも扱いにくく、しかし避けては通れない重い役割が与えられたものだ。

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