産業・一般その発表に、業界内はどよめいた。1月30日、日本の民間月面探査企業のispaceと宇宙技術開発ベンチャーのダイモンが、月面まで機器や物資を運ぶために標準化したコンテナ「月面ペイロードコンテナ」の開発検討で基本合意を結んだ。月面輸送の仕組みを汎用化し、非宇宙分野を含む多様なプレイヤーの参入を促す。この取り組みが動き始めたのだ。

▲基本合意書署名式。ispace代表取締役CEO&Founderの袴田武史氏(左)とダイモン代表取締役の中島紳一郎氏(右)(出所:ダイモン)
一見地味な「月面コンテナ」が宇宙業界の視線を集める理由。それは月面開発という巨大市場の誕生を意味し、その土台となる物流インフラが求められているからだ。日本の民間企業として初めて月面に到達し、稼働した月面探査車「YAOKI」を手がけるダイモンCEO兼CTOで元自動車エンジニアの中島紳一郎氏は東日本大震災を機に「車を作っている場合じゃない」と見切りをつけ、会社を立ち上げた。氏の宇宙への憧れと設計への情熱が、いま月面という舞台で結実しようとしている。
地球上では不可能な実験・活動ができる第6の大陸
「月面開発は、不毛の荒野に街を築く挑戦に等しい。基地、資源採掘施設、科学実験設備。それらを支える輸送網、エネルギー源、居住空間、通信網。求められる技術は多岐にわたる。市場規模は2040年までに125兆円に膨らむと見られている」と中島氏。地球上では叶わぬ実験や活動が可能な「第6の大陸」として、各国が熱い視線を注いでいる。

▲月面探査車のYAOKI(出所:ダイモン)
だが、月面開発には輸送コストという、立ちはだかる壁がある。「月へ1キロの荷を運ぶのに1億円もかかる。つまり、軽さこそが命綱になる」と中島氏は語る。この天文学的な運賃が、月面開発という夢の首根っこを掴んで離さない。
中国、米国の後塵を拝する日本
国際競争の話題について、中島氏は「正直、日本は既に大きく出遅れている。特に中国の進展は脅威的だ」と語る。その表情は実に険しい。
実際、中国は2019年に世界初の月の裏側への着陸に成功した。20年には月の表面から岩石や土壌などのサンプルを採取し、地球に持ち帰る宇宙探査ミッションを実現。さらに24年には月の南極付近への着陸を実現している。「中国は月面開発を国家戦略に位置付けた。莫大な予算と人材を投入している。30年までに月面基地の建設を計画。そのスピード感は日本と比較にならない」と中島氏は危機感を露わにする。
一方、米国でもアルテミス計画が25年以降の有人月面着陸へ向けて着々と進む。民間の雄たちも黙ってはいない。SpaceXやBlue Originといった新興勢力が、ウォール街から湯水のごとく資金を引き出し、打ち上げと実証を繰り返す。彼らにとって、日本の宇宙ベンチャーが手にする予算は小遣い程度にしか見えないだろう。
月を制する者は宇宙開発を制す
「このままでは、日本は月面開発のルール作りにも参加できなくなる可能性がある」と中島氏は警鐘を鳴らす。月面での資源採掘権や基地建設の場所選定など、先行者が有利になる分野は多い。

▲月面まで機器や物資を運ぶ「月面ペイロードコンテナ」(出所:ダイモン)
「中国は既に月面での長期滞在技術や資源探査技術を着実に積み上げている。彼らが月面での標準規格を作ってしまえば、後から参入する日本企業は中国の規格に従わざるを得なくなる。これは技術的な問題だけでなく、経済安全保障の観点からも極めて深刻だ」
中島氏によれば、月面開発は単なる科学探査ではなく、将来の宇宙経済圏における主導権争いだという。「月には水(氷)があり、これを分解すれば水素と酸素、つまりロケット燃料が作れる。月を燃料補給基地にできれば、火星探査や小惑星資源開発のコストが劇的に下がる。月を制する者が、宇宙開発全体を制すると言っても過言ではない」
日本企業が月面市場から締め出される懸念
「日本の宇宙開発予算は、中国の10分の1以下。しかも、その予算も1年ごとに編成、実行する単年度主義で、長期的なビジョンに基づく投資ができない」と中島氏は指摘する。
さらに問題なのは、意思決定の遅さだという。「中国は国家主導で迅速に決定し、実行に移す。一方、日本は委員会を作り、検討を重ね、気づけば数年が経過している。宇宙開発のスピード感は年々加速しているのに、日本の意思決定プロセスは昭和のままだ」

▲月の南極付近の地形を示した標高マップ(出所:ダイモン)
中島氏は、このままでは日本企業が月面市場から締め出される可能性すらあると懸念する。「繰り返しになるが、中国が月面での通信規格や輸送規格を先に確立してしまえば、日本企業はその規格に合わせた製品を作るしかなくなる。つまり、下請けの立場に甘んじることになる」
他より先に、日本発の標準規格のコンテナを開発したい
こうした危機感が、中島氏を月面輸送コンテナの開発へと駆り立てた。中島氏の会社は10年以上前から月面探査車の開発に取り組んできたが、長らくJAXAのプロジェクトに採択されなかった。転機が訪れたのは2年前、JAXAの無線充電に関するプロジェクトでモデルローバーとして関わり、JAXAとの関係ができたことだった。
「今回の申請では探査車そのものではなく、月面での輸送に不可欠な『コンテナ』に焦点を当てた。JAXAからのアドバイスもあり、その重要性が認識された」と中島氏は振り返る。
月面でのロジスティクスにおいて、コンテナは地味ながら非常に重要な役割を果たす。従来の専用設計のコンテナから、宇宙標準の「1U」(約10センチ角)規格に沿った汎用的なコンテナへと進化させる方針だ。これにより、さまざまな機器や物資を搭載可能にする。
「従来のSF的なイメージ、例えば宇宙船からはしごで降りるといったものは、コストや重量の観点から現実的ではない。コンテナによる輸送が合理的だ」と中島氏は説明する。「中国に先を越される前に、日本発の標準規格を確立したい。それが今回のコンテナ開発の最大の狙いだ」
月面模擬場で6分の1重力下での走行試験を実施
月面輸送コンテナの開発には、過酷な宇宙環境に耐える技術が求められる。ダイモンでは、ロケット打ち上げ時の衝撃、振動、真空、極端な温度差といった宇宙環境での試験を実施している。

▲月着陸船Nova-CにYAOKIを統合する中島氏(出所:ダイモン)
「月面模擬場での6分の1重力下での走行試験も実施している。真空環境での走行試験は世界初かもしれない」と中島氏は語る。実地試験を通じて、車輪の形状変更など、改良を重ねているという。元自動車エンジニアである中島氏にとって、設計開発に没頭する時間は飽きることがない。
しかし、その開発スピードにも焦りがある。「中国は既に月面探査車を複数回送り込み、実地データを蓄積している。我々は一度も月面で実証できていない。この差は想像以上に大きい」
月面物流の未来像
中島氏が描く月面物流の未来は地球上の物流システムと同様に、標準化されたコンテナによる効率的な輸送システムだ。「汎用型ペイロード輸送ボックスが普及すると、月面実証を目指す企業・大学・研究機関が『搭載方式』から検討をやり直す必要が減る。開発と運用の確度が上がる」と中島氏は説明する。
これにより、月面実証の回数・速度が増え、月面輸送の運用が繰り返し可能な形、つまり物流に近づく。結果として、月面での新産業(観測、探査、資源、建設、エネルギー等)の立ち上げが早まるという波及効果が期待できる。
「5年後に月面旅行を当たり前の時代にすることを目指し、100機の月面機を飛ばし、アバターロボットによる月面旅行を実現したい」と中島氏は語る。これは宇宙の誕生、生命の誕生に続く知性の誕生「第3のビッグバン」であり、人類の進化の次のステップと捉えている。
しかし、その実現には時間との戦いがある。「中国は2030年までに月面基地を建設する計画だ。我々が5年後に月面旅行を実現できなければ、その市場は中国企業に独占されてしまうだろう」
日本の強みと戦略—残された最後のチャンス
月面開発において、日本はどのような強みを活かすべきか。中島氏は「日本は小型軽量化という強みを活かし、標準化・プラットフォーマーを目指すべき」と主張する。
「中国やアメリカと同じ土俵で戦っても勝ち目はない。彼らは資金力で圧倒してくる。しかし、日本には精密加工技術や小型化技術という強みがある。1キロあたり1億円という輸送コストを考えれば、軽量化技術は最大の武器になる」

▲「日本は精密加工技術や小型化技術という強みがある。軽量化技術は最大の武器になる」と語る中島氏
中島氏は日本が生き残る道は「ニッチだが不可欠な技術で標準を握ること」だと考えている。「地球上の物流でコンテナが標準化されたように、月面物流でも標準コンテナが必要になる。その標準を日本が握れば、中国やアメリカも我々の規格を使わざるを得なくなる」
しかし、時間は限られている。「中国やアメリカとの競争に遅れを取らないため、倍速での開発が必要」と危機感を示す一方で、「月面コンテナは、将来の月面物流において標準となる可能性が高い」と自信を見せる。
「これが日本に残された最後のチャンスかもしれない。今動かなければ、5年後には完全に手遅れになる。そうなれば、日本は月面開発から永久に取り残されるだろう。日本企業の中には、まだ月面開発を『夢物語』と捉えている向きがある。しかし、中国企業はすでに具体的なビジネスプランを持って動いている。この認識のギャップが、日本の最大の弱点だ」
今こそ行動を
中島氏は月面開発が夢物語ではなく、現実的な市場として急速に立ち上がっていると強調する。特に、月面輸送に不可欠な「コンテナ」の重要性に着目し、その汎用化と軽量化に注力している。高額な輸送費、過酷な宇宙環境といった課題を克服し、小型軽量化という日本の強みを活かすことで、将来の月面市場における標準化とプラットフォーマーを目指す。
「月面への挑戦は機体そのものだけでなく、ペイロードを『確実に運び、確実に放出する』機構の検討が見落とされがちだが、とても大切な開発要素だ」と中島氏は語る。
しかし、中島氏の言葉には切迫感が滲む。「日本が月面開発で主導権を握れる時間は、あと3年から5年しかない。中国は国家の威信をかけて月面開発を進めており、彼らのスピードは加速する一方だ。今行動しなければ、日本は永久に追いつけなくなる」
「後世の人々に『あの時、日本は何をしていたのか』と問われた時、胸を張って答えられるような行動を、今取らなければならない」という中島氏の言葉は日本の宇宙産業全体への警鐘として、重く響くはずだ。(星裕一朗)
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