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ホルムズ危機が浮かび上がらせた77億ドルの意味

中越鉄道、ベトナムを欧州への陸路に変える

2026年3月10日 (火)

国際ベトナムと中国を結ぶ77億ドルの新鉄道プロジェクトが、ホルムズ海峡危機を機に新たな文脈を帯び始めた。ラオカイ-ハノイ-ハイフォンの403キロを標準軌で結ぶこの路線は、完成すれば中国の中欧班列(チャイナ・レールウェイ・エクスプレス)ネットワークに接続し、ベトナムの貨物を中国経由で欧州に運ぶ陸路ルートを開く。海上輸送に依存してきたベトナムの物流構造を根本から変える可能性がある一方、建設は始まったばかりで、短期的なホルムズ対策としては機能しない。「いつ使えるか」と「何が変わるか」を整理する。(編集長・赤澤裕介)

120年前のフランス植民地鉄道を標準軌に置き換える

この鉄道の背景を理解するには、既存路線の歴史を知る必要がある。現在のラオカイ-ハノイ-ハイフォン鉄道は、フランスが1904年から10年にかけて建設した狭軌(メーターゲージ、1000ミリ)路線が原型だ。雲南省の昆明とハイフォンを結ぶ855キロの路線として、フランスが中国南部への影響力を確保するために敷設した。120年を経た今も狭軌のまま運用されており、貨物処理能力は年間410万トンにとどまる。

(イメージ)

新プロジェクトはこの路線を標準軌(1435ミリ)で全面的に置き換える。2025年2月にベトナム国会が投資方針を承認し、総投資額は203兆2000億ドン(77-84億ドル)。主線390.9キロに支線27.9キロを加えた419キロの路線で、ラオカイ省の中国国境からハイフォン市のラックフエン港駅まで9省市を貫く。設計最高速度は本線160キロ、ハノイ市内区間120キロ、その他区間80キロで、旅客・貨物の両用だ。沿線にはベトナムの人口の20%、GDPの25%、工業団地の25%が集中している。

26年3月時点の進捗はこうなっている。沿線20自治体で用地取得が開始され、複数の駅で初期工事が始まった。追加駅の設計は26年中にフェーズ分けで進む。本線の軌道工事は事業性調査の最終承認後に本格着手する。建設省は26年から30年の工期を設定しており、首相は事業性調査の早期完了を指示している。建設市場としては44億ドル、9万人の直接雇用を生むと試算されている。

中国側も動いている。25年4月にベトナムと中国は鉄道協力に関する7つの協定を締結し、うち4つが鉄道開発に関するものだった。ラオカイ-ハノイ-ハイフォン路線に加え、ドンダン-ハノイ、モンカイ-ハロン-ハイフォンの2路線も調査・計画段階にある。25年8月にはベトナム副首相が中国鉄道工程集団(CREC)の幹部をハノイで迎え、鉄道プロジェクトの加速を協議した。中国の昆明-河口間には既に標準軌の新線が14年に開通しており、ベトナム側が標準軌で接続すれば、昆明から直通の貨物列車が走れるようになる。

この鉄道が持つ最大の戦略的意味は、ベトナムを中欧班列ネットワークに接続する点だ。中欧班列は24年末までに累計で4264億ドルの貨物を輸送し、中国-欧州貿易に占めるシェアは0.4%から8.5%に拡大した。60の中国都市と50の欧州都市を結び、カザフスタン、ロシア、ベラルーシを経由する。ベトナム鉄道公社の副社長は26年3月の中欧班列国際フォーラムで、鉄道ネットワークへの参加によってベトナムがアジア・欧州のバリューチェーンにより深く組み込まれ、物流投資の誘致や国際物流センターの発展、欧州向け輸出のリードタイム短縮とコスト削減が実現すると述べている。

実はベトナム-欧州の鉄道輸送は既に存在する。21年7月に初の貨物列車がハノイのイェンヴィエン駅からベルギーのリエージュまで運行され、繊維・靴・電子機器を積んで所要日数は25日前後だった。海上輸送のほぼ半分の日数だ。現在はハイフォン港から広西チワン族自治区の欽州港へ海上輸送し、そこからトラックで重慶の鉄道ターミナルに運び、中欧班列に接続するマルチモーダルルートが稼働している。出発から到着まで35日前後だ。ただしこのルートは海上・トラック・鉄道の3モードを経由するため、積み替えコストと時間のロスが大きい。

新鉄道が完成すれば、ハイフォン(ラックフエン港)から標準軌で直接ラオカイを経由し、昆明に入り、そこから中欧班列に乗り換える。海上区間とトラック区間が消え、積み替えが1回(昆明)に減る。中国-欧州間の鉄道所要日数は現在16-19日、ベトナム-昆明間が仮に1-2日で接続できれば、ハイフォン発欧州着で20日前後が視野に入る。海上輸送(35-45日)と比べて大幅な短縮であり、航空輸送より圧倒的に安い。

ここでホルムズ海峡の文脈が接続する。ホルムズ海峡の封鎖リスクは、中東経由の海上ルートに依存する欧州向け輸送の脆弱性を改めて浮き彫りにした。紅海・スエズ運河の迂回問題に続き、ホルムズまで使えなくなれば、欧州向け海上輸送のコストと日数はさらに膨張する。陸路の中欧班列はこの海上リスクを完全に回避できるルートであり、ベトナムがここに直結する意味は大きい。

ただし、冷静に見る必要がある。新鉄道の完成は30年が目標で、26年の時点ではまだ建設初期段階だ。ホルムズ危機への「今すぐの」対策にはならない。短期的には既存のマルチモーダルルート(ハイフォン→欽州→重慶→欧州、35日前後)を活用するしかなく、その処理能力も限定的だ。鉄道が本格稼働した後も、海上輸送に比べてコンテナ単価は高く、大量輸送には向かない。鉄道が担えるのは時間に敏感な中・高付加価値貨物であり、バルク貨物やコスト最優先の貨物は引き続き海上に依存する。

陸路にも固有のリスクがある。中欧班列の主要ルートはカザフスタン-ロシア-ベラルーシを経由しており、ウクライナ情勢以降の西側制裁の文脈で、欧州の荷主や物流企業がロシア経由ルートを利用することへの抵抗感は根強い。鉄道で海上リスクを回避しても、別の地政学リスクを抱え込む構造は変わらない。また、ベトナムから昆明に入った貨物が中欧班列の幹線に合流する際、昆明のターミナル処理能力や幹線の空きスロットがボトルネックになる可能性がある。「20日前後」という想定所要日数は、幹線が順調に流れた場合の目安であり、中欧班列全体の混雑度次第で変動する点は織り込んでおく必要がある。

それでも、この鉄道はベトナムの物流構造を根本から変える。北部回廊(中国南部→ハノイ→ハイフォン港)が標準軌鉄道で一本化されれば、ベトナムは単なる製造拠点から「中国南部の海の出口」としての機能を本格的に果たすことになる。中国の広東・広西・雲南から中間財がベトナムに流れ、加工されてハイフォンやカイメップから世界に出ていく。この回廊に鉄道という太いパイプが加わることで、トラック輸送への依存が下がり、物流コスト(GDP比16%)の圧縮が加速する。国会の試算では、鉄道が稼働すれば年間2560万トンの貨物と1860万人の旅客を処理できる。現在の狭軌鉄道(410万トン)の6倍以上だ。

パンアジア鉄道構想との接続も視野に入る。中国-ラオス鉄道は21年に全線開通し、ラオスを「内陸国から陸上交通のハブ」に変えた。中国-タイ高速鉄道の第2期は30年完成を目指している。マレーシアの東海岸鉄道のタイ国境延伸、シンガポールとの接続も議論されている。これらが実現すれば、昆明を起点とするパンアジア鉄道ネットワークがシンガポールまで伸び、ベトナムはその西側回廊の出発点になる。

日系荷主やフォワーダーにとって、この鉄道の完成時期(30年目標)は中期の拠点戦略に直結する。北部ベトナムに製造拠点を持つ企業は、鉄道の完成後に中国向け・欧州向けの陸路選択肢が加わることを織り込んだ輸送モードの設計が必要になる。NXグループがインテルのサプライチェーンで唯一の物流企業として受賞したように、半導体や精密機器の時間に敏感な貨物こそ、鉄道の恩恵を最も受ける品目だ。26年のホルムズ危機は、この「陸路シフト」の議論を数年前倒しした。鉄道が走り始めたとき、準備ができている企業とそうでない企業の差は大きい。

▲ベトナム-欧州輸送ルートの比較(想定)(クリックで拡大)

ベトナム、物流インフラ一斉始動

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