
▲シーオーピーの酒巻祐一社長
ロジスティクス健康起因事故は、ある日突然起きない。大半は体の中で静かに進行していた”異変”が現れた結果だ。2026年2月、運輸業界向けの安全管理コンサルティングと利用運送事業を手がけるシーオーピー(東京都多摩市)は、ドライバーの健康リスクをデータで見える化し、健康起因事故を未然に防ぐ方法で特許(第7825108号)を取得した。国土交通省の「事故防止対策支援推進事業」では、25年度に健康起因事故防止に特化した唯一の認定メニューとして掲載されている。シーオーピーはこれまでも事故防止プログラムで継続して認定を受けており、現場で積み重ねてきた支援実績が今回の取り組みの裏付けとなっている。
この特許は酒巻祐一社長が運輸の現場で9年にわたり胸の奥に溜めてきた想いと、現場で積み重ねてきた独自データとそれを使った実績そのものだ。
ファイルの中に眠り続けていた健診結果
このプログラムで分かったことがある。あるドライバーは、自分の視野が欠けていることに気づいていなかった。
シーオーピーの運行管理プログラムはデータというデータを全て分析に使うのも特徴だ。適性診断の結果もレポートに反映する。そのなかで、「左側に注意が必要」という記載が浮かび上がった。通常であれば誰にも深く読まれずファイルの中に眠り続けていたはずのデータだ。酒巻氏はすぐに眼科の受診を勧め結果は緑内障だった。片側の視野が著しく欠けていた。しかも、同じ会社で同様のケースが2名いた。
本人たちに自覚はなかった。視野が少しずつ欠けていく緑内障では「なんとなく見えにくい」という感覚さえも日常に埋もれる。晴れた日に木陰から人が飛び出してきたとき、片側が見えていなければどうなるか。もしあのまま運転を続けていたら、その先に何が起きただろうか。健康診断は毎年受けていた。なのに、その結果は誰にも深く読まれずに、棚に戻されたままだった。
これは事例の一部に過ぎない。目に限らず、身体の内側に潜むリスクを見落としているケースは数多くある。運輸業界の現場では、今この瞬間も、データの中にリスクが埋もれたまま、誰にも気づかれずにハンドルが握られている。
車の動きは見えても、ドライバーの体内は見えにくい
デジタコにドライブレコーダー(ドラレコ)、アルコール検知器など。先進機器の導入で、車両の動きは把握しやすくなった。デジタコは10年以上前から普及し、AIドラレコも2018年頃から導入が進み、クラウド型アルコール検知器も珍しくない。環境は整っている。だがそれでも、健康起因事故は減らない。現場で使われている機能は限られ、複雑で使い切れないのも当然だろう。しかし、機器やデータを掛け合わせれば、見えるものが増え、可能性は広がる。
“内側の乱れ”は、事故が起きて初めて、「あの日は調子が悪かった」と後悔する例が、いまも繰り返されている。
8割以上の事故に、何らかの健康要因
「健康を崩してしまったきっかけは、必ずどこかにあるはず。左を見ていなかった、ブレーキが遅れたで片づけられない、もっと手前の要因だ。実は8割以上の事故に、何らかの健康要因がある」と酒巻氏は語る。この「8割以上」という数字は、国土交通省の公式統計よりも広い独自の定義に基づく。同社は2017年から、国交省の定める健康起因事故の範囲にとどまらず、メンタルヘルスやプライベートのストレスまで含めた幅広い要因を独自に追跡してきた。「公式に報告される健康起因事故は、氷山の一角にすぎない」と酒巻氏は指摘する。
では、その体の中のリスクは、なぜ”見えないまま”埋もれてしまうのか。
「現場では、一日として同じ日がなく、やることも山ほどある。PCなどのデバイスを介するシステムが多く、機器トラブルや連携エラーも起きます。直す余裕がないうえ、やり方が分からないことも珍しくありません。管理すべきデータも国土交通省の管轄から厚生労働省ガイドラインに基づくものまで多岐にわたり、ログインが必要なものもあれば、紙のままのものも。しかも別々のシステムに散らばり、画面やID・パスワードが増えるほど閲覧が億劫になり、結局は必要最低限しか開かなくなるのです」と酒巻氏は語る。見なければ兆しは埋もれ、手当ても遅れる。壁を取り払い、一つに束ねて見える化する。それがシーオーピーの仕組みの核心だ。

▲8割以上の事故に、何らかの健康要因があるという
メーカーを介さずハブを作ればいい
異業種から運輸の世界に入った酒巻氏は、まずデータの分断に驚いた。メーカー間の横のつながりを作ることを考えた。しかしメーカーごとの垣根は想像以上に高く、システムをつなぐには膨大な工数とカスタム費用がかかる。どのメーカーも、自社システムの外に情報を出すことに慎重だった。
そこで酒巻氏はメーカーに頼らず、自分でハブを作ると発想を転換。17年8月にノーコードアプリでデータ連携を開始した。散在するデータを一つの視点で見られる仕組みを作り、見えなかったリスクを可視化した。他業界では一般的でも、運輸の現場ではまだ手つかずだった。
酒巻氏はこの手法を「程よいDX」と呼ぶ。既存のシステムや業務フローを置き換えるのではなく、今あるデータで足りなかった一要素、ドライバーの健康状態の見える化だけを補う。「大がかりなシステム導入は、中小の運輸会社には現実的ではない。今あるデータを生かすだけで、見える景色は変わる」と語る。
9年間、現場に立ち続けた末にたどり着いたのは、誰が見ても一目でリスクの大きさがわかる「見せ方」と、ドライバー自身が改善を実感できる「感じ方」だった。赤から黄色、そして青へレポートの色が変わることが、そのまま行動変容の手応えになる。
「見ていますよ」と伝えれば、人の行動は変わる
手応えをつかんだ酒巻氏は、協力会社の現場にも足を運んだ。だが、見えた景色はどこも似ていた。データはある。けれども使われない。その隙間に、事故の「前兆」が静かに沈んでいる。酒巻氏の原点には、幼い頃に腎臓病で長期入院した記憶がある。だから健康データを、ただの「数字」ではなく、暮らしと仕事の延長線として読む。所長やドライバーと向き合い「見ていますよ」と伝え、現場に存在を残していった。
夜中に営業所を訪ね、出発前のドライバーと言葉を交わす。所長と肩を並べて帳票に目を通す。そうして積み重ねた信頼があってこそ、初めてデータは使えるものになる。テクノロジーと人間力という両輪があって、初めてこの取り組みは機能する。
しかもシーオーピーの役割は、リスクを見える化して終わりではない。浮かび上がったリスクに対して、必要な専門業者を選定し、つないでいく。データのハブであり、人と企業の連携のハブでもある。お客様の輪が広がれば、それがまた新たな企業連携の輪を生む。紹介だけで広がり続ける理由は、ここにもある。
人が足りない時代だからこそ、まずは今いる人を守り抜く
自分の健康を誰かが気にかけていると知るだけで、人の行動は変わるという。わかりやすく見える化すると、最初は抵抗があっても、少しでも効果が見えれば人は良い変化に向かっていく。健診の数値が改善されると、レポートの色が赤から黄色、そして青へと変わる。「微糖コーヒーをお茶系に変えたよ」「油物を控えて、袋の野菜食べてるよ」、そんな声が現場から聞こえてくるようになった。その小さな変化の積み重ねが、事故を防ぎ、命を守り、会社を守る。
ずいぶん前からデータとして出ていた労働人口の減少問題は、ここ数年で各方面で騒がれるようになった。だからこそ、「まずは今いる人を守り抜く」と酒巻氏は力を込める。
安全と健康管理は、結果的に利益を生む
採用には広告費や面接、教育、立ち上がりのロスまで大きなコストがかかる。今いるドライバーが健康を保ち長く働ければ、その負担は抑えられる。「売上より利益。安全と健康管理は、結果的に利益を生む」(酒巻氏)
しかし、守るべきはコスト計算だけではない。健康起因事故で加害者になれば、ドライバー本人の人生も家族の暮らしも一瞬で景色が変わる。被害者側の家族も同じだ。長年ハンドルを握ってきたベテランドライバーが、ある日ふいに「加害者」と呼ばれる側に回る。そんなやりきれなさが、いまこの国のどこかで静かに起きている。
「人が亡くなってからでないと対策が始まらないのは、健全とは言えない。子どもが巻き込まれることだってある。そういうニュースに触れるたびに、もう少し早く手を打てたんじゃないかと、動きが加速する」と酒巻氏は語る。立ち止まって悔やむのではなく、次の一手に向かう。その姿勢が、シーオーピーの現場を動かし続けている。
点呼はアルコールチェックの儀式ではない
遠隔点呼・自動点呼が広がり、人が人を直に見る機会は減っている。人の感覚はあいまいだと言われる一方で、「今日は顔色が冴えないな」と気づけるのもまた、人の感覚だ。ICTやデジタル技術による効率化と合理化は良いことだ。しかし、求めすぎると本来削ってはいけない領域まで削られかねない。結局は、現場の実態がどうであるかに尽きる。現状では、乗務中にドライバーに異変が起きても、車両を止めるところまではいかない。だからこそ、形だけではなく、実態の伴う運用をしていく必要がある。
「点呼がアルコールチェッカーの儀式になっているところも多い。でも、会社は個人事業とは違う。仲間に関心を向けて、無事に帰ってきてくれることを願う。たった数分のこと。やっていて何の損もないはず」と酒巻氏は語る。
同社のプログラムは疾病の診断や治療を目的とせず、運行を中止させるものでもない。一方で点呼には法律とガイドラインで明確なルールがあるのに、認識は会社ごとにばらつく。点呼だけでは見抜けないリスクがあるからこそ、日々のデータで見えた兆しに一つずつ着手し、継続して対応する。その積み重ねが、出庫前の段階でリスクを抑える。
人の目が届きにくければ、データという目を光らせろ
こうした流れが加速する今、仕組みとしてドライバーの状態を捉える重要性は、いっそう高まっている。人の目が届きにくくなる分、データという「目」を機能させる。既存の機器・サービスとの連携と発想の転換が、これからの運輸業界に必要だ。
輸送は、日本の暮らしを底で支えるインフラだ。ハンドルを握る人たちが健康で、誇りを失わず、長く現場に立ち続けられる環境を整えること。誰もが、ある日突然「加害者」にも「被害者」にもならない社会をつくること。健康リスクの見える化は、その第一歩にすぎない。まずは、今業界にいる人を守る。それが、今後の運輸業界に突きつけられた最も切実な課題だと、酒巻氏は繰り返す。(星裕一朗)
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