荷主衣替えのたびに、クローゼットを前にため息ばかりだ。東京都心のマンションでは住戸の専有面積が年々縮小し、家賃は上昇を続けている。収納スペースは削られ、物は増える一方だ。こうした背景を受け、収納ビジネス市場は2024年度に918.7億円(前期比6.0%増、矢野経済研究所2025年版)に達し、2030年度には1000億円超まで拡大すると予測される。都市部の主要エリアでは需要逼迫感が強く、既存物件の稼働率は90%超を維持する事業者も多い。「収納が足りない」という悩みは、もはや個人の片づけ問題ではなく、都市構造そのものが生み出している課題だ。
外部収納の利用率を見ると、日米の差は歴然としている。米国では世帯の10%がトランクルームなどの外部収納を日常的に活用しているのに対し、日本の利用率は2%に満たない。この差は、文化的な違いだけでは説明がつかない。日本の都市生活者の多くは、収納に困っているのに外部収納という選択肢を「自分には関係ない」と感じている。潜在的な需要は確実に存在するが、それを行動に変えるきっかけを住民が見出せていない。
「預けたいけど、面倒くさい」という本音
宅配型の衣類保管は出そろっているが、日常的な選択肢としてはまだ浸透しきっていない。箱を用意して詰めて、集荷待ちで家に縛られる。そこで「家から」ではなく「街の動線」へ置き直したのが、クリーニング店を窓口にした衣類保管サービス「どこでもクローゼット」(どこクロ)だ。1着から預け、写真で一覧し、必要な日に1着だけ呼び戻す。1着あたり月190円、保管は温湿度管理の保管センターで24時間365日。クリーニングする・しないの都合も問わず、洋服だけを家の外に預けて、必要なときにまた呼び戻せる。

サービスを開発し、展開するサマリー(東京都千代田区)の執行役員CLO・新規事業企画部長の近藤聖士氏は「従来の宅配保管にある『集荷待ちが面倒、家に縛られる』などの負担。その“最初の一手”の脳内カロリーを削りたかった。いつもの動線で、サクッと1点から気軽に預けられる体験を最優先に据えた」と語る。利用者への聞き取りで見えたのは、「狭いから預ける」だけではない本音だ。近藤氏は「収納不足から始めたが、お客様の声を聞くほど“カビさせたくない大事な服だから預けたい” といったニーズも強い」と明かす。暑さでクローゼットが蒸し風呂になりがちな季節、「守るための外部収納」という動機が、確かに息づいている。
クリーニング店という「意外な接点」が生まれた理由
クリーニング業界は、衣類のカジュアル化や「家で洗える服」の増加で、じわりと需要が細っている。だが店は、駅前や商店街の角で、今日も生活の動線に腰を据える。この“駅前や商店街で長年地域の暮らしを支えてきた強み”に光を当てたのが出発点だ。近藤氏は「トランクルーム市場の伸びと、クリーニング店のアセットを掛け合わせれば可能と考え、実験を始めた」と語る。縮む業界と伸びる市場を、テクノロジーで結び直す。そして預かった一点に、店の矜持が宿る。「お客様のお洋服を一点一点大事に保管する。そこは徹底的にこだわっている」(近藤氏)
実証実験で見えた「手応え」と「課題」
25年春、大手クリーニングチェーンのホワイト急便の店頭で実証が走り出した。数字は上々で、利用者数は目標超え、アンケートでは満足が9割、6割が「満足が続くならずっと使い続けたい」と答えた、と近藤氏。

▲保管アイテムはいつでもスマホで確認できる(出所:サマリー)
都心マンション併設の店舗では利用が他店の倍まで伸び、30-40代の女性を中心に、きれいに届いた。ただ、足元には宿題が残る。近藤氏が挙げるのは「収益性」と「展開性」。導入したからといって、店の売上がいきなり跳ね上がるわけではない。現場の手間をいかに増やさず回すか、値付けをどこまで“持続可能”に磨けるか。関係者全員が腹落ちする形に整えることが、次の一手になる。
認知という「最後の壁」
どこクロの使い勝手は見えてきた。次は「見つけてもらう」番だ。近藤氏は「認知拡大にはまだ伸びしろがあると考えている。リアル店舗という接点を活用することで、どのような打ち手が生活者の利用意向につながるのかを検証している」と話す。ウェブ広告は手応えが薄く、店頭ポスターやのぼり、チラシの方が届く。生活動線のサービスなら、知らせ方も生活動線に置くのがいちばん早い。
「使えば便利さを実感できるサービスだからこそ、もっと多くの人に使ってもらいたい」。その素朴なひと言が、どこクロ最大の宿題を言い当てている。26年には首都圏大手のポニークリーニングも加わり、140店超へ広げつつ、「1000店規模」を次の目標に据える。とはいえ近藤氏は「フィジビリティーもある。課題をテーブルに並べ、各社・現場と協議しながら詰めたい」と慎重だ。数字に夢を託しつつ、足元の現実も見失わない。その姿勢が、この事業の誠実さを支えている。
外部収納が「当たり前」になる日は来るか

▲サマリー執行役員CLO・新規事業企画部長の近藤聖士氏
サマリーの狙いは、外部収納を「特別な裏技」から生活インフラへ昇格させることだ。近藤氏が描くのは、服が預けた瞬間にデータ化され、AI(人工知能)に尋ねれば「いま、どこに、何があるか」が返ってくる世界。必要なら、どこかの拠点から先回りして手元に届く。クローゼットが“場所”ではなく“検索窓”になる未来だ
さらに預けた衣類の情報を起点に、ブランドと二次流通をつないだり、デザイナーへデータを提供したりと、「所有」の体験そのものを軽やかに作り替える構想も見据える。
クリーニング業界はこの先、店は減り、無人化と集約化などの構造変化が進むと予想される。そんな時代に、店が「洗う」だけでなく「預かる」も担えば、商店街の灯を一つ増やせるかもしれない。近藤氏は「課題感の波長が合う。一緒に業界を盛り上げたい」と語る。外部収納の普及は、都市の暮らしを軽くすると同時に、クリーニング店の再定義にもつながっていく。
クローゼットの扉が、ため息のスイッチになっていないか。狭くなる東京の部屋で「家の外に預ける」はいずれ小技ではなく生活の作法になる。外部収納の利用率が2%未満から1割へ近づく道は、まだ序章にすぎない。収益性、展開性、認知。この3つの関門を越えたとき、どこクロはクローゼットを「場所」から「検索窓」へ塗り替える。暮らしが軽くなる手応えはサービスの進化と、使う側の慣れが、少しずつ折り重なって生まれるはずだ。(星裕一朗)
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