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事例は解答ではない-入口と出口の違い-/解説

2021年3月10日 (水)

話題ウェブ、紙媒体の別を問わず、物流業務改善に関する事例集や記事は数多い。さまざまな業種業態のさまざまな現場業務、ミスやトラブルの原因と解決方途、そして効果と具体的な実益。改善前・改善後の比較や、その過程と方法論のトレース記事は読者の興味を引くにはもってこいのコンテンツだ。他人の不幸や苦労や混乱のハナシ――という鉄板ネタが何度も繰り返されるゆえんだ。(企画編集委員・永田利紀)

さらには、穴の底から這い上がって、登場人物が報われるという結末も不可欠なのだ。間違えても、穴の底からどうしても這い出せず、最後は皆が力尽きる、などという現実にはよくある本当のハナシなど文字や映像にしてはならない――毒を吐くのはこれぐらいにしておく方が良さそうだ。

■ キラーコンテンツ

(イメージ画像)

他社の体験談や業務トラブル・奏功事案などの実例は、物流情報の検索者にとって最も興味を引くコンテンツの一つ。筆者が経営する会社のウェブにもそれに類するページがある。

本来同じような質問であっても、回答は千差万別。しかしながら文字枠に制限があるQ&Aは、千の差や万の別への細やかな対応になじまないことが多い。当事者以外からは「似たようなQ&A」と感じられることでも、質問者と回答者の双方は微妙なニュアンス、質問時の切迫度、結論に至る経緯や理由にそれぞれの個別事情を意識している。一見して「似ている」のは、当事者以外の感覚であることも少なくない。

物流のトラブルや悩み事、疑問や不安・不満の類は、表面的・部分的にはどの企業にも共通している表現や説明が多い。しかし、「似ている」「同じだ」と食いついてみたが、掘り下げてみると似て非なるものだったということは珍しくない。「他人ごと」と「自分ごと」の正確で偏りのない識別は意外と厄介であり、ましてや「人のふり見て我がふり直せ」はさらに難度が上がるのだと思う。

■ 間違い探し

他社事例を自社に置き換えて読み進み、その結果として、掲載元である物流会社もしくはコンサルティング会社に問い合わせをする。事前に読んだ記事の具体名を告げる場合もあれば、まったく不意の問合せ元として、漠然もしくは具体的な質問やトラブル相談、その解決方法の提示と所要コストの見積提出を希望する。

何社かの物流業務の改善事例を「参照」のうえ選んだ会社なので、「おそらくきっと自社の要望に応えてくれるはず」「期待を裏切らないはず」「相性が良いはず」…そんな膨張して奇形化したとも評せる潜在意識が「この相手はきっと自社の求めるものを満たす救世主」という傾倒への始まりとなる。

この段階で、もはや自身での間違い探しは難しくなっているかもしれない。万人に共通してありがちだし、物流以外の諸事については私も同じ。事例の迷路をさまよった挙句、結局はフィーリングで自分自身を追い込むように納得させることが多い。

■ きっかけと道標の混同

誰もが理解しているとおり、事例は解答ではない。したがって、他所の事例を自社の現状とその打開策に当てはめてみても、ぴたり適合する方策や具体的な行動の指針とはならない。現象として同じであっても、当事者である物流部門をはじめ、関与する他部門まで巻き込んで自社なりの調整が施されないと、他社事例の自社適用は絵に描いた餅としかならないのだ、という先見が持てないことが多い。

たとえそれが同業他社の事例であっても同じ。むしろ同業のほうが錯誤に陥りやすい。自社の課題とその対策は、問題集の一覧にある類似設問とその模範解答とは完全一致しない。結局はヒントや気づきのきっかけにこそなれ、道標やガイダンスにはならないのだと思い知るのみだった。そんな結果が散見される。

特定企業の傾向ではなく、「大多数にあてはまる」に違いない。その事実に途中で気づき、スタート地点まで引き返して再度取り組み開始。私の知る限り、そのパターンが大勢を占める。

■ 出口と入口

事例とはあくまで出口のハナシが主で、事の入口にあたる部分の説明や事由は、表面的な現象や状況にとどまっていることが多い。たとえば「誤出荷がなくならない」という現場があるとする。

(イメージ画像)

誤出荷はあくまでも現象であり、それ自体は珍しくもなければ複雑な事態でもない。単純に出荷ミスが起こっているという記述に過ぎない。既存のロケーションと品番表示を改めるという、「天下無敵のWMS(倉庫管理システム)」が活躍するための下準備を懸命に整え、ようやく新システムによる運用を開始。その結果驚くような効果がみられ、一件落着しました、なんていう一連の改善事例が数多くみられる。

全否定するつもりはないが、肝心要の根本的なところが欠落しているので、トラブルに見舞われてきた当事者の業務体質は何も変わっていない。「咳止めの薬で咳は止まったが、咳の出る原因はそのまま」という状態が、その業務改善事例の裏側には潜んでいるし、そのうち別の場所で異なる種類のように聞こえる咳が出始める。

また咳止め。そして再々度の咳込み。いまやお決まりとなった咳止めを処方。「なぜ咳が出るのか?」を考えないと、対処的な措置しか施せない。誤出荷の生まれる場所は現場になかったり、出荷にかかわる業務パートではないことが多い。

それに気づかず、誤ピックの発生頻度を下げることに躍起となり、梱包時にエラーの最終チェックをバーコードリーダーと端末内のWMSに丸投げして「業務改善」の看板を掲げている。いつまでも業務改善を続けなければならない企業の典型的なパターンと言える。

■ 経営層の横串

そのような企業がなさなければならないのは「業務改善」ではなく「体質改善」。部分的なあてがい処理ではなく、全体を見渡して、業務フローと連動する指図情報の中身、それらが現場実務に及ぼす具体的な影響を書き出してチャート化するべき。

文字化して図表化すれば、一目瞭然にエラーの生まれる場所と具体的な理由がわかる。関与部門の担当者全員でその事実を共有すれば、もはや解決したも同然となるはず。旗振り役は、各部門を横に切れる役職者が好適。つまりは経営層の仕事となる。

併せての指摘だが、経営層が横串を刺したとたんにミスの根本原因が消える。なぜなら、ヒアリングからチャートの作成指示の段階で気づくから。なかなか無くならない物流部門のミスについては、報告を受けるばかりではなく、現場に出向いてみてはいかがだろうか。各企業の経営層の皆様に強く期待するし、その見返りには自信がある。

今までさんざん言い続けてきた言葉なのだが、やはり今回も同様に繰り返す。そして明日からも念仏のように唱え続けるつもりである。